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機械仕掛けの神の国  作者: 壷家つほ
第二章 埋没都市
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05. 天女達の戯れ

 都市国家カンブランタは今から凡そ千年程前に、当時は聖都サンデルカと一、二を争うほど栄えていた国であったと伝えられている。

 元々は国民が複数人の議員を選挙で選ぶ共和国家だったらしいが、やがてその内の一人を国家元首に据え、更にその元首の身内や子孫が政治に関与し始めたことで、君主国へと移行していった。

 君主国となると必然的に王位継承権争いが度々起こり、多くの民が命を落とした。周辺国が巻き込まれることもあった。

 カンブランタ最後の王の父であるメルセト王の御世も、後年から見ればその様な時代であったと言えるだろう。しかしながら、彼の最晩年に至るまでは寧ろ平穏で争いごとの殆どない治世だったのだという。

 彼は艶福家で沢山の王妃と子供である王族がいた。王妃やその後見の貴族達同士の仲は余り良いとは言えなかったが、王子王女達の仲は概ね良好で、皆、国の為に勤めて諍いも起こさず王政を支えていた。

 ――しかしある時、それを良しとしない者が現れた。



   ◇◇◇



「おお、嫌だ嫌だ。どうして反逆者の一族の者が天宮にいらっしゃるの? 黒く陰気な身形がまるで虫のよう。早く出て行ってもらえないかしら」

 場所は天界、天帝の居城たる天宮内部。

 白い大理石の上に黄金と色とりどりの宝石によって装飾が施された回廊で、二人の天人族の王女が出会った。先に喧嘩を吹っ掛けたのは白天人族の第二王女ティファズ。その相手は黒天人族の第二王女タルティナである。

 タルティナも負けじと嘲笑を浮かべて言い返した。

「これはこれは、無法者にして詐欺師の一族のお姫様じゃございませんこと? 他所様の王太子に冤罪を着せた上、天帝様の許可も得ず勝手に追放しておきながら、よくもまあ恥ずかしげもなく天宮に顔を出せたものですわね。今度は一体どんな汚い手をお使いになったのかしら?」

「何ですって!?」

「何よ?」

 睨み合う二人をお付きの侍女達が慌てて止めた。

「お二人とも、天帝様の宮殿内でその様な振る舞い、不敬ですよ」

「そうでございます。我々にはもう後がないのですから」

 時期的には天人大戦が終結して、まだ数年という頃である。大戦の原因となった天人族に対する風当たりは未だ厳しい。主神である天帝でさえも彼等を見る目は冷たかった。

 そんな中、天宮で両種族の王女同士が諍いを起こしたとあっては――。

「う……」

「分かった、わ……」

 二人の王女は渋々侍女達の忠言を受け入れ、名残惜しそうにしながらもこの場を去っていった。



 白天人族の王城内にある自室に戻ったティファズは、寝床へ仰向けに倒れ込んだ。寝転がった状態で背伸びをした後、彼女は深い溜息を吐く。

「あーあ、やり辛いったらないわね。誰がどう見ても悪いのはあちらの方なのに」

「抑えて下さいまし。それでは渾神の思う壺ですよ」

 侍女が「お行儀が悪いですわよ」と窘めた後、寝そべったままのティファズから上着を剥ぎ取ろうとした。ティファズは侍女の動きに合わせて寝床の上を転がった。

「それ、真実なのかしらね」

「どういうことでございますか?」

「だから、大戦を無理矢理終わらせる為に『渾神黒幕説』をでっち上げたんじゃないかってこと」

「まさか……」

 侍女は困惑した。彼女は身分こそ低くないが、政に関わらない立場の女性だ。そんな自分が聞いて良い話なのだろうか、と。

 天人大戦は、兼ねてより天帝に不信感を抱きその神命に背いた黒天人族の王太子シャンセ・ローウェン・ヌッツィーリナに、忠誠心の強い白天人族の第一王女アイシア・カンディアーナが「〈禁術〉研究」の冤罪を着せ、彼を永獄へ〈封印〉したことに端を発する。

〈禁術〉とは、大雑把に言えばこの世界の《理》を変質、或いは破壊する可能性があると推測される〈術〉の総称だ。創生期から《光》側《闇》側双方の《顕現》世界でその開発を禁じられている為、表向き該当する〈術〉は実在しないとされている。

 因みに、〈祭具〉という括りでは〈大祭剣〉が該当するが、この神殺しの剣が製作されて以降は〈禁術〉特性をもつ〈祭具〉も〈禁術〉の一種として扱うこととなり、同様に製造が禁じられている。

 要するに、シャンセは天帝への謀反を疑われて投獄されたのだ。

 後に、全ては天界を陥れる為に渾神が謀ったこととされたが――。

「まあ、それを真に受けてしまう気持ちも分からないではないけどね。あのシャンセ様が謀反を計画していただなんて、私も信じられなかったもの。確かにちょっと変わった方で評判は悪かったけど、天才肌の人ってそんなものじゃない? 出世欲が強いようにも見えなかったし、それこそ邪神に嵌められでもしない限り……って、これじゃあ私も『渾神説』を肯定してることになるじゃない」

「穿ち過ぎではありませんか? いくら多大な功績のおありになるシャンセ様と言えども、本当に御自身の意志で謀反を企てていらっしゃったのなら、とうの昔に永獄より連れ出され処刑されているのではないでしょうか。本当に渾神の声に耳を貸してしまったこと以外の罪がないからこそ、あの御方のご処分は禁固刑に留まっているのではありませんか?」

 実際、今尚アイシアの言を信じ切っている一部の白天人族からは、シャンセの処刑を望む声が強い。戦後、彼女の賜死があったから余計にだ。

 しかし、天帝はシャンセの行いが謀反ではなくただの命令違反だと判断して懲役刑相当との結論を下した。それを永獄での禁固刑に引き上げたのは、反発を強める者達への譲歩の意志を示す為だろう。

「確かに、過去の功績があるから表立っての処刑は難しいとしても、本当の謀反人なら内々に処分されているか」

 脳裏にシャンセの整った顔が浮かぶ。

 性格は苦手だったが、ティファズは彼の優秀さには素直に敬意を持っていた。黒天人族とは敵対関係にあるにも拘らずだ。天人族は神族以外で最も優れた種族だと自称しているが、その中でもシャンセと今は亡き長姉アイシアの能力は抜きん出ていた。

 だからこそ、あの二人に下された処分に、ティファズは内心抵抗を覚えた。シャンセの様に天帝に対する反意を持つまでには至らなかったが。

「事の真偽はともかく、アイシアお姉様はひょっとしてシャンセ様を守る為に永獄に〈封印〉したのかしらね。仲が良い様にはとても見えなかったのだけれど」

 ふと、その様な考えが浮かぶ。俗事を嫌う傾向のあったシャンセが、今のどろどろとした権力闘争渦巻く天界の状態に堪え切れるとは、とても思わなかったからだ。遅かれ早かれ、彼は何れ天界を去ったのではないだろうかと。

 その様な主人の疑問に対し、侍女はそっけなく「そうかもしれませんね」と返した。そして、それ以上この話を続けたくないと言うように顔を背け、茶を淹れ始める。

 一見非常識に見える侍女の態度を見たティファズは、確かに危うい話題であったと反省した。少なくとも側付きとは言え侍女風情に振る話題ではなかった。

(しかし目下の問題は、どうすればあの目障りな女を天宮から追い出すことができるか、だ)

 現在、ティファズとタルティナはあることで揉めていた。どちらがシャンセやアイシアの後任――即ち天帝の近侍の長を務めるか、だ。

 天帝の近侍長はアイシアとシャンセが二人で務めていた職責だ。シャンセが投獄され、少し後にアイシアも誣告罪で拘束されたことで近侍長の位が空位となった際、白天人族と黒天人族はどちらの種族の者がその地位を独占するかで揉めに揉めた。お互いに前任の近侍長が失脚したのは相手種族の所為だと思っていた為、決して譲ることはなかった。

 そこへ他の種族も名乗りを上げて、更に状況は混乱した。天人大戦の規模を拡大させ、終結を遅らせた要因の一つである。

 結局、現在ではティファズとタルティナのどちらかが、その任に就くという方向で纏まり掛けているが、大戦の火種は未だに燻っていて最終的な結論が出るにはまだまだ時間が掛かりそうだ。

 ティファズ自身、タルティナに譲るつもりは毛頭なかった。前任のシャンセについては文句なしの人選であったが、その妹となれば話は別である。

 タルティナは無能ではないが、然して優秀でもない。また、両大戦時にティファズは前線に出てそれなりの功績を上げたが、タルティナの方は神戦は不参加、天人大戦では後方支援のみという状況である。

(近侍長は実質天帝の護衛も兼ねるというのに、そんな女に任せられる訳がない。これ以上は比較されるのも、耐えられないわ!)

 ティファズは、ぼすんっと枕に顔を埋めた後、少し顔を上げた。

(天界で競い合っていては妨害が入る。だからと言って、人目のない所で決着を付けたのでは私があの女より優れていることを他者に示すことが出来ない。一体どうすれば……)

 悶々と思い悩んでいる所で侍女が茶を勧めてきたので、起き上がって口を付けた。ティファズの好きな茶菓子も出てきたが、それを口にしても彼女の胸のつかえが取れることはなかった。



   ◇◇◇



 数日後、天宮にて――。

(うっ……)

 タルティナに遭遇したティファズは心の中で呻き声を上げた。無意識に身体が逃げようとするが――。

「ああ。漸く見つけたわ、ティファズ。あなたを探していたのよ」

 タルティナの言葉で足が止まる。

 ティファズはタルティナの方に向き直り、怪訝な表情で問い掛けた。

「何の用かしら、タルティナ? まさかここで決着を付ける気じゃないでしょうね」

「『惜しい』と言っておくわ」

「……何言ってるのよ?」

 本当に何を言っているのだ、この女は。先日、騒ぎを起こさないと双方納得したばかりではないか。渋々だが。

「貴女に一つ提案があるのよ。まずは人払いを」

「貴女ねえ……」

 ティファズは愈々眉を寄せる。黒天人族は知能の高さを売りにしている種族ではなかったのか。評判通りに優秀なお前の父と兄達に謝れ、と叫びたくなった。

「腕力で私が武闘派種族の白天人族に叶う訳がないでしょう? 今は何もしないわよ」

「そう言って私を嵌める気じゃないでしょうね。狡猾さだけは全種族一なのだから、黒天人族は」

「頭の良さを褒めてくれているなら、光栄だわ」

「誰も褒めてないわよ」

 一応何か考えはあるようだが、どうしてもタルティナからは「小物」の印象が拭えない。仮に小狡い企みをしてきても負ける気はしないが、さてどう対応したものか。彼女に応じる前に、まずは父王に相談するべきか。

 だがしかし、やや迷った末にティファズは独断でタルティナの要望を受け入れることに決めたのだった。この程度の些事、自分一人で解決できないようでは天帝の近侍など勤まるまいと考えたのだ。

「まあ、良いわ。話だけは聞いてあげる。人払いまでさせて、つまらない内容だったら承知しないわよ」

「きっと貴女のご期待にも添えると思うわよ」

 タルティナは自信満々にそう答えて、自分の侍女達に目配せをした。



 侍女達を下がらせた後、二人は場所を天宮内の小庭園へ移した。

 だが、やはり忠誠心の高いお付きの者達は主人が心配なようで、柱や木の陰に隠れている姿が確認できた。その様子をティファズはやや愛らしく感じてしまった。

「で、何よ」

 ティファズはタルティナの方を向いて尋ねる。

 すると、タルティナは一度口元に人差し指を持っていった後、声を潜めて話し始めた。

「私と貴女の『決着の付け方』よ。貴女も今のまま膠着状態が続くことを良しとしている訳ではないでしょう」

「勿論。でも、今は――」

 ティファズが言いかけたのをタルティナが言葉で遮る。

「問題点は二つ。一つ目は、終戦直後の現在、大戦の原因となった二種族には衆目が集まっているということ。今、人目のある所で争い事を起こせば間違いなく我々は世界中から非難される」

「まあ、当然よね」

「二つ目。仮に人の居ない所で決着を付けた場合、その勝敗を他の人々に証明する術はない。殺し合いでもすれば分かり易いのでしょうけれど、そんなことをすれば後から糾弾されるのは必至」

「だから、分かってるわよ! そんなことは私も考えたわよ!」

 遠回しな物言いにティファズは苛立ちを覚える。声を潜めているとは言え、こちらの様子を窺っている者達も居るのだから、内緒話は簡潔に言えと彼女は思った。

「この二つの問題点を解消する方法があるとしたら?」

「……だから、早くそれを言えって言ってるの」

「ちょっとした盤上遊戯の様なものよ。場所はやはり人の見ていない所で行います」

「いや、だから――」

 またもタルティナはティファズの言葉を遮る。

「場所は地上界、駒は地上人族を使って」

「……!」

 予想外の提案が飛んできて、ティファズは思わず目を見開いた。

「国一つを使って、お互いが支援する人間を競い合わせるの。そして、勝者となった方を支持していた者が勝利という訳。これなら競っている間妨害も入らないし、結果は盤上に残るから、後日皆に勝敗を証明することも可能だわ」

「恐ろしいことを考えるわね。普通の盤上遊戯じゃ駄目なの?」

 周囲の様子を窺いながら、タルティナは更に声を潜めた。

「そんな程度じゃ収まりが付かないでしょう?」

「確かにそう、なんだけどね……」

 ティファズは言葉を詰まらせた。地上人族は神にすら見捨てられた下等種族だが、それでもその扱いは流石に酷薄ではないだろうか。

 しかしながら、タルティナには一切の迷いがない。

「ねえ、私達は共に天帝という『王』をお支えする種族だわ。その実力を示すのにこの遊びは打ってつけだと思うのよ」

「つまり、駒は王族を?」

「条件に適しているのは、『カンブランタ』という国ね。『サンデルカ』の方は王族とは別に神官達が力を持っていて、ややっこしいことになりそうだから」

「呆れた。よくそんな悪巧みを思い付くものね。後で怒られるわよ」

「あら、大丈夫よ。何かあっても損害を被るのは『見捨てられた種族』である地上人族だけなのだから」

 酷い言い様である。ティファズは迷った。意外な、興味深い提案ではある。何よりこれでタルティナが手を引いてくれたら、こちらとしては有難いことこの上ない。

 しかし同時に、ティファズの身体の奥底で言い知れぬ不快な感触が湧き起こるのも感じていた。それが具体的に何に対しての抵抗心なのかは自覚できなかったが。

 タルティナはティファズの迷いに気付いて、追い打ちを掛けてきた。

「ねえ、ティファズ。上手くやれば、この方法で彼等の質を矯正できるかもしれないわ。それは天帝様やこの世界にとっても悪いことではないと思うの。どうかしら?」

「それは……ちょっと良いかもね」

 それが、世界の為ならば。

 実に耳心地の良い大義名分である。ティファズは警戒心や猜疑心が強いように見えて、実際にはタルティナよりも単純で純粋な娘であった。結局、彼女は黒の天女の誘惑に負けてしまった。

「そうそう。良いことをして、皆に褒めてもらいましょう」

「分かった。了承したわ。では、細かな決まりを話し合いましょう」

(犠牲者を出さなければ良いのよ。神族の王によって生み出された我々天人族の力を以ってすれば、それも可能な筈だわ)

 ティファズはそう自分に言い聞かせて、タルティナの提案を受け入れたのである。

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