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機械仕掛けの神の国  作者: 壷家つほ
第一章 地神の箱庭
20/77

20. 魔性

 第一王子の宮殿に設けられた謁見の間は、シャンセ達が想像していたよりも簡素で狭く、よく見れば所々に埃が溜まっていた。

 室内の奥側にある階段を数段上った先――恐らくは王子が座る椅子が置かれているであろう場所は、今は垂布に覆われ見ることはできない。しかしながら、垂布の向こう側から人の気配がしないことは確認できた。

「こちらでお待ち下さい」

 第一王子の側近アルカは一同を導くと、来客を今か今かと待ち侘びているであろう主への報告の為に、謁見の間から立ち去った。

 アルカが立ち去った後、シャンセは改めて室内を見回した。

(他の王族の暮らし振りは知らないが、世継ぎの王子の宮殿にしては少々寂れ過ぎてはいないだろうか? ああ、そうか。そういった不遇さに付け込まれたという訳か)

 シャンセはまだ見ぬ面会相手の浅慮さに、思わず溜息を漏らした。その様子は傍から見ればのんびりし過ぎているように見えて、マティアヌスは焦った。

「シャンセ、神が増えたみたいだぞ。どうする?」

 マティアヌスはシャンセに耳打ちする。地神の居城から地上界へ出てきた天帝達のことを気にしているのだ。無論、シャンセも憂慮はしているが――。

「言っただろう。取り敢えずは眼前の問題に集中する。この場を上手く切り抜けられたら即時撤退だ。恐らく地神の企みは天帝に捕捉された。もう、あの方は使えない。これ以上聖都に留まる意味はない」

「……分かったよ」

 マティアヌスは渋々頷き、隠し持っている〈祭具〉を握り締めた。本音を言えば、マティアヌスは今すぐ撤退すべきだと思っていた。だが、自分達の中で一番戦闘能力の高いシャンセが乗り気なのだから仕方がない。彼の協力なしでは、今の聖都からは脱出することさえ困難だろう。

 気を引き締めなければならない。これから対峙する敵は、彼等よりも更に手強い神だ。余所見や油断を見逃してくれるような相手ではないのだ。

「私、生き残れるかしら?」

 キロネは半泣きになりながら宙を仰いだ。

「皆、何時でも〈祭具〉を発動出来るように構えておけよ。アミュ、渾神は?」

「近付いてきてます。凄く、近くに……」

 アミュも自分の役割を分かっているようで、言われる前から目を瞑り、渾神の神気を追っていた。

「流石に、愛娘の危機には黙っていられなかったか。逆に言えば、それだけ絶体絶命の危機が身近に迫ってるって訳で」

「帰って良いですか?」

「まあまあ」

 怒りの表情で詰め寄るキロネをマティアヌスは苦笑しながら宥めた。永獄では図らずも小競り合い程度の戦闘経験が出来てしまったキロネだったが、元々光神の侍女であった彼女には戦場での実戦経験がない。今迄はそれでも何とかなったが、今回ばかりは苦しいだろう。いないよりはましか、或いは足手纏いになるかもしれない。

(長い付き合いで多少なりとも情ができた。捨ておくことはできない)

 マティアヌスは子供をあやす様に、ぽんぽんとキロネの背中を叩いた。すると矜持を傷付けられたのか、キロネは子供の様な膨れっ面を返す。緊迫した空気に包まれていた場に、僅かながら和やかな風が流れた。

 シャンセは二人の緊張感のないやり取りを半ば呆れ気味に眺めていたが――。



 ――どくんっ!



「――っ!?」

 唐突に、心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚えて息を乱した。

(何だ、この気配は? 奴の神気に混じって……)

 鋭い針のような空気、懐かしい感覚。遥かな過去――神戦の折に傍らにあった、救世王女アイシア・カンディアーナの気配だ。

(いや、違う。これは生物の気配ではない。これは……〈祭具〉か)

「嫌な感じだ」

 シャンセはつかつかと垂布へと歩み寄った。

「シャンセ? あ、おい!」

 異常に気付いていない様子のマティアヌスが、制止しようと声を掛けてくる。だが無視して、シャンセは垂布を勢い良く払った。

 奥から姿を現したのは、無人の席と――。

「これは!」

 シャンセは思わず言葉を失った。

 これから第一王子が座るであろう椅子に置かれていたのは、一振りの抜き身の剣であった。その刀身は透明度の低い水晶の様にうっすらと透けていて、一目で地上人族の技術で作られた物ではないと分かる。

(何故! 何故、「これ」がここにある!?)

 動揺は大きく、剣から目が離せない。だからこそ、彼はその一瞬を見逃してしまった。彼のすぐ真横に、種族の敵たる神が出現した瞬間を。

 マティアヌスが動く前に、神はくつくつと笑い、シャンセの耳元で語り掛けた。

「流石は音に聞こえた大賢者シャンセ・ローウェン・ヌッツィーリナだ。よく気付いたね」

 その声で、シャンセは漸く我に返った。

「貴っ様……」

「何千年ぶりかな、シャンセ。本当に懐かしい」

 芝居がかった素振りで両腕を大きく広げたその神は、聖都サンデルカの第一王子シドガルドの姿をしていた。



   ◇◇◇



「久しぶりだね、シャンセ。それに光精の……ええっと、『君』!」

 シドガルド王子は、長らく会わなかった旧友に再会した時のように、親し気に話し掛けてきた。

「マティアヌスだよ。覚えとけ!」

「あはは、すまなかったね」

「前会った時と、随分見た目が変わってるじゃないか。人形か?」

 神気や性格は、明らかにマティアヌスも知っている「あの神」だ。しかし、見た目はどう見ても地上人族の青年に見える。ならばこの肉体は、神が宿る依代として調整を受けたのだろう。渾神に、渾侍に相応しく在る様にと、肉体を加工されたアミュと似たような境遇という訳だ。

「そう、地上人族の王子の肉体を依代用に加工したのさ。少々手間が掛かったよ。なかなか渾神のようには、上手くいかないね」

 そこで、シドガルドはアミュの方へと振り向いた。

「あ、えっと……」

 会話から完全に置いて行かれていたアミュは、突然視線を向けられても押し黙ることしかできない。内向的な彼女の性格を思い出したシドガルドは、自分の方から声を掛けた。

「無事で良かったよ、アミュ。改めて自己紹介をしよう。私は、聖都サンデルカの太陽王が第一王子シドガルド。そして、《魔》の《元素》を生み出したる雑神――魔神シドガルドでもある。以後、宜しくね」

「えっと……。宜しくお願いします」

「う~ん、真面目に返さなくて良いからね」

 魔神は少し困ったような顔をした。

「え?」

「ふ、くくっ、君が素直な良い子で良かったよ。非常に『やり易い』。いや、やっぱり一周回ってやり辛いかな」

「はあ……」

「おい、腐れ外道」

 どういうつもりか当たり障りのない会話ばかりを続ける魔神に、シャンセはとうとう痺れを切らした。

「単刀直入に聞く。これは〈大祭剣〉だな」

 アミュも光精達でさえも、予想外の言葉に目を剥き、シャンセの顔に視線を集中させる。シドガルドだけは、期待通りの言葉とでも言うように、うんうんと嬉しそうに頷いていた。

「正確にはその模造品だね。威力は本物の百分の一もないよ。実装にはまだまだ研究・検証が必要だ。だが、これはこれで使えないこともないのだよ」

 〈大祭剣〉とは、嘗て白天人族の王女アイシア・カンディアーナが製作した〈祭具〉で、全ての事象の根源である《元素》に干渉、作用する効果を持っている。《元素》と密接に繋がっている大多数の神族に対して強い影響力があり、嘗ては高位神に名を連ねる渾神でさえもその威力の前に膝を屈した「神殺し」の剣だ。

「目的は天界体制への牽制か」

 魔神は光神や天帝と敵対している反体制の神だ。ならば、当然それが目的に違いない。

 しかし、彼の答えはシャンセの予測の上を行っていた。

「最終的には全神族を討伐するつもりだ」

「は?」

「えっ!?」

「……!」

 事情が分からぬアミュでさえ、彼の言葉を聞いて息を止めた。

「貴様も神族の筈だが?」

「忘れていたよ。『私以外の』神族だ。そして、私は世界を変える。か弱き非神族の種族達が、神族という圧倒的な力に抑圧されない世界を」

 何処までが本音なのだろうか。実際、魔神は目的を達成する為には、本当に自死しかねない狂神だ。その上、彼には神族滅亡を謀る動機もあった。神から不当に虐げられてきた者達を彼は長きに渡り保護し続けているのだから。

「神を殺しても、また次の神が《顕現》してくるぞ」

「その為の〈大祭剣〉さ。まだ研究段階だけどね」

「闇神――今は亡きウリスルドマ神が泣いているぞ」

 畳み掛けるように返答し続けていた魔神が、そこで少しだけ躊躇の色を見せた。

「あの方は……分かってくれるさ。優しい母であったもの。それにしても、意外だったな。君は私と同じく、神族に否定的な考えを持っているのだと思っていたが」

「それは……!」

「何だ、唯の反抗期だったのか」

「違うっ! 神族を失った後の世界への影響を危惧しているだけだ」

「だ、か、ら、さ。君達にも協力してほしいんだよ。出来れば他の永獄の住人達にも。戦力は一人でも多いほうが良いからね。その為に、此方も他の神々の目を掻い潜って君達を誘き寄せ、手の内を明かした」

 筋は通っている。単純に天界体制を倒すという目的だけを考えるならば、両者が手を組むのは最善だ。

 しかし、どうにも気が乗らない。

「神々を誤魔化せているとでも? あれだけの神気を放っておいて」

「神気を感じただけでは、私の意図は測れないよ。あの傲慢な愚か者共に理解できるのは、何となく私が悪巧みしてるようだなってことだけさ。何時ものことじゃないか」

 そう言いながらも、魔神はおもむろに偽造〈大祭剣〉を鞘に納めて腰に提げ、シャンセに背を向けて歩き出した。彼はここから立ち去ろうとしているのだ。

 シャンセは驚いて尋ねた。

「どこへ行く」

「もうすぐ渾神がここに来る。それを追って天帝もやってくる。今日は君達と顔合わせに来ただけだ。目的も果たしたし、鉢合わせしたら面倒だからもう帰るよ。君達も早く逃げなさい」

「あの……」

 そこで蚊帳の外に追いやられていたアミュが再び口を開いた。媚びるような笑顔で振り向いた魔神は、「ん?」と小首を傾げてみせた。

「お母さん――渾神様も、殺すのですか?」

「……またね」

 少しの間沈黙した後、魔神は彼女の問いには答えず、代わりに別れの挨拶だけを告げた。

 再びシャンセ達に背を向けた魔神は、さっと右手を横に払った。すると衣擦れの音と共に、彼の姿は蝋燭の灯火の如く掻き消えてしまった。

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