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機械仕掛けの神の国  作者: 壷家つほ
第一章 地神の箱庭
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19. 飛べない鳥

 暫し呆然と画面を眺めているだけだった天帝だが、ふと我に返り、まずは千里先をも見通すその神の目で遥か上方の地上界を観察しようとした。しかし、一部破損はしていても地神の〈結界〉がしっかりと機能しており、彼の敵である天帝の――しかも天帝が使用するものの中では低位〈神術〉である――〈千里眼〉は防がれてしまう。

 次に地上界を映し出している映像〈神術〉に干渉しようとしたが、流石は神族有数の技術者と謳われる地神の〈神術〉だけあって、一見して構造が複雑で解析に時間が掛かることが容易に予測できた。

 このようにして、天帝が画面の前でまごついていると、見かねた渾神が金属の板を投げて寄越した。

「それ、制御装置。この〈神術〉は〈祭具〉と似たような仕組みらしいわ」

「それは〈神術〉を物質に付加したということか? 馬鹿な。精霊や人族が使用する程度の〈術〉ならまだしも、〈神術〉のような高品質の――」

「出来たんでしょ」

「……初耳だな、それは」

 天帝は地神を睨み付けたが、相手は素知らぬ顔で別の画面を凝視している。

(この制御装置で、今すぐお前の見ている映像を止めてやろうか)

 一瞬天帝の内に黒い感情が湧き起こったが、今は地神にかまけている場合ではない。

 説明書の類が一切ないので正確な操作方法は不明だが、何となく制御装置に刻まれた模様を押せば動かせるような気がして、適当に押してみる。すると、予想通りに幾つかの画面の映像が切り替わった。

 暫く地上界の様子を窺っていた天帝であったが――。

「どういうことだ、ヴァルガヴェリーテ」

 結局原因は分からなかったのか、渾神に対して単刀直入にそう問い質した。事件が起これば、とりあえず一番の悪人を疑っておく主義なのかもしれない。宜しくないことである。

「何でも私の所為にしないで頂戴。私だってちょっと驚いてるんだから」

「心当たりがないとでも?」

 声が振るえている。渾神は初め、それが怒りによるものだと思ったが、どうやら違うらしい。彼は動揺を隠し切れていないのだ。ただただ狼狽していた。

「私は何もやっていない。でも、これがどういう現象なのかは見当が付く。……これは〈術〉ね」

「地上人族に『術者』の特性は無かった筈だ。お前の侍神のように、神族や力を持った他の種族が奴等に力を与えない限りは。しかし、大概の種族は地上人の愚鈍さや醜い本質を忌み嫌っている」

「でもねえ、今でこそ彼等は私達の世界から隔絶されてはいるけれど、大昔はそうじゃなかったでしょう。私達神族がまだ彼等に何かしらの期待をしていた時代、地上人族が地上人族以外の種族と頻繁に交流していた、彼等にとっての古き良き時代」

「つまりはその時代に与えられた力という訳か」

 何時の間にか画面に齧り付く様な体勢をとっていた天帝は、漸く幾許かの冷静さを取り戻して画面から離れた。

 顎に手を当て、彼は俯く。

「或いは他種族との混血児の子孫なのかもしれないわね。私達神族の監視の目が離れている隙に、彼等は術者としての能力を鍛え上げ、他の有能な種族に及ぶ程の力を得た」

「そんなもの、奴等に持たせたら……」

「まあ、地上人族は能力だけじゃなく、精神的にもちょっと『アレ』だからねえ。これではもう跡形も無く消し去るか、否が応でも精神的な成長を促す為の教育をせざるを得なくなるわね」

「それがお前の狙いか」

 天帝は侮蔑の眼差しを渾神に向ける。

「いやいや! さっきも言ったけど、私は全くと言っていい程関与してないからね!」

「普段のお前の言動を顧みて、その主張は流石に無理があると自分でも思わないか?」

「しつっこいわねえ。お黙りなさい! ……ちょっとオルデリヒド、この男、私が殺しちゃっても……オルデリヒド?」

 当面は味方である筈の地神の方へと振り向いた渾神は、彼の方を見て硬直する。

「どうした?」

 詳しい事情は分からないが、何か異常事態が発生したことは察した天帝が、首を傾げて二柱の神を交互に見た。

 そして、地神オルデリヒドは――。

「あ、ああ……!」

 今は既に黒煙で覆われ、何も見えなくなった一つの画面を凝視して悲鳴を上げた。

「あ〜……」

 渾神も思わず気の抜けたような声を漏らした。



   ◇◇◇



 話は再度遡る。

 ミリトガリから生じ、道行く人々を巻き込んで肥大化した黒霧は、やがて発生源である大通りをゆっくりと進行していった。また、大通りに繋がる枝道へも流れ込み、じわじわと聖都中を侵食しようとしている。

 風の流れに沿わず不自然な動きを見せるその霧は、まるで意志を持って這いまわる巨大な蛞蝓の様にも見えた。

 霧の広がる速度は大して速くはなかったが、元々の混雑に加えて恐慌状態に陥って我先にと逃げ惑う群衆達は、かえってお互いの足を引っ張りあう。故に、避難は一向に進まなかった。

 そんな群衆の中に「彼」もいた。

(どうして、どうして!)

 つくづく容量の悪い男である。

 斜に構え、「神子行列」の人々を妬み、群がる観衆を蔑み、それでも何か奇跡が起きて自分に幸福が齎されるかもしれないと心の底では期待して、自身が嫌う人々の群れに混じり――そして、彼等と同様に災厄に巻き込まれた。

(どうしてこんなことばかり!)

 自分はいつもこうだ。何をやっても上手くいかない。悪いことばかりの人生なのだから、一つくらいは良いことがあっても良い筈なのに。

 だが、男の不運はそれだけではなかった。

「うわっ!」

 彼は左側から強い衝撃を受け、細い路地へと弾き出された。

 倒れこんだ彼は眩暈を覚え、思わず目を瞑る。そんな彼の頭に低いがなり声が振りかかった。

「糞野郎! とろとろ歩いてんじゃねえ!」

 相手の男はこの大混雑の中、家財の一部を積み込んだと思われる大きな荷馬車を引いていた。その荷馬車が制御を失って彼にぶつかったのだ。

 どう考えても相手側の過失であったが、荷馬車の男は彼のいる路地に唾を吐き捨てて去っていった。

 薄暗い路地に一人取り残された彼は、余りの事態に暫く呆然と大通りを見詰めていたが、はっと我に返り立ち上がろうとした。しかし、途中で彼は再度尻餅を突く。

 右足首に激痛が走る。どうやら、痛めてしまったらしい。

「……っちっくしょう!」

 男は石畳を殴り付けた。

(何で俺ばっかりがこんな目に……!)

 だが、このままではいられない。左足と地面に突いた手を支えに何とか立ち上がり、再び前方を見る。

 頑張れば歩くことはできるが、大通りの人混みに混じって逃げることはもう無理そうだ。そう悟った男は、他に逃げ道はないかと背後の路地を見た。

 路地の正面方向は、建物に遮られて行き止まりになっていた。しかしながら、その少し手前からほんのりと明かりが漏れていることに気付く。恐らくは脇道だ。

「こっちなら……」

 明かりが見えた場所へ行くと、確かにそこには道があり、その更に先は袋小路と脇道が二つ見えた。

 男は大通りとは逆方向を目指し、道なりに進んでいく。

「へへ、馬鹿野郎共め。羊の群れみてえに一緒になって、逃げづれえ所を逃げやがって」

 きっと彼等は逃げ切ることはできないだろう。けれども、自分は正しい道に気付いた。

(俺は勝った。勝ったんだ!)

 男の口から引っ切りなしにくぐもった笑い声が漏れた。

 何時の間にか、男は無意識に道を進んでいた。聖都サンデルカの迷路のような路地裏を全く思考を巡らせることもなく。

(あれ?)

 少しして、男は気付いた。

(この辺、何処かで見た覚えが……)

 景色の記憶はぼんやりとあるが、何時、どこの風景だったかが思い出せない。余程昔の記憶なのだろうか。

 若しくは、ずっと考えないようにしていた――。

「え……」

 ――子供の頃の。

「なん、で、ここに……」

 路地の迷路を抜けた先には、聖都の他の場所よりも比較的綺麗に整備された道路が広がっていた。そして道の向こう側には、裕福な商家のものらしき屋敷の外壁が広がっている。



 ――それは、男が良く見知った屋敷だった。



 男はその場に崩れ落ちた。

(嫌だ)

 自身の動悸が激しくなるのを感じる。

(見たくない、見たくない!)

 息苦しくて、思わず衣服の胸元辺りを握りしめた。

(最期の最期でこんな……)

 耳鳴りがする。頭が痛い。

(止めろ、思い出させるな! そんなもの、かえって俺を苦しめるだけだった。今迄だってそうだったじゃないか!)

 胸が苦しい。声が出ない。

 逃げ出したくても、身体に力が入らない。

 ただそこにあるだけで自分を絶望させる。

(痛い……痛い、痛い、いたいっ!)

 彼は、何とか声を絞り出した。

「幸せだった思い出なんて、もう要らないのに……!!」

 男は最期にそう言い残し、一際大きな黒煙の塊に呑まれた。

 家人達を全員無事に避難させる為に、最後まで屋敷に残った彼の兄や逃げ遅れた人々と共に――。



   ◇◇◇



「ああああああああっ!!」

「オルデリヒド!?」

 それは、過去には兄弟の様に身を寄せ合って育った天帝が、未だ嘗て聞いたことのない弟神の咆哮だった。

 呆気に取られている他の神々の様子を窺いながら、渾神はこっそり後退りしてその場を離れる。

「あっ、いない!」

 渾神が姿を消したことに、真っ先に気付いたのは夜神ヌートレイナだった。しかしながら、相手は既に部屋の外だ。

「ポルトリテシモ! 私、自分とこの子助けに行かなきゃだから、後よろしくっ!!」

 部屋からそう遠くない場所から、渾神の声がする。

「待て!」

「逃げられた!」

 月神と夜神は一度天帝の方を見る。

 天帝は何も言わず、ただ頷き返して許可を出す。それを受けて、二神は扉の向こうへと駆け出した。

 地神の動向は気になるが、渾神よりも格下の月神達だけでは心許ない。天帝は自らも後を追うことに決めた。

「オルデリヒド! お前の処罰は後だ。そこで大人しく待っているんだぞ! 絶対に逃げるんじゃないぞ! ああっ、ちゃんと人手を連れて来るんだった!」

 そう地神に呼びかけるが、反応が全くない。

 天帝は半ば苛立ちながら地神の肩を掴み、無理やりこちらに振り向かせた。

「……オルデリヒド?」

 抵抗はなかった。それどころか、生気が一切感じられなかった。

 天帝は恐る恐る地神が先程まで見詰めていた〈神術〉の画面を見た。

 真っ黒い霧に覆われて何も見えないが、そこに地上人がいれば、確実に死んでいるであろうことは理解できた。

(大切な者でも失ったのか?)

 その者に対する執着心を渾神に利用されたのだろうか。そう考えれば、大罪を犯した地神だが、少々哀れにも思えてくる。

(そう言えば、彼等地上人族もまたオルデリヒドの被造物――子供だったな)

 先程地神の前で地上人族を侮辱するような発言をしてしまったことを天帝は少し後悔した。

「余り落ち込み過ぎて、思い詰めるなよ。渾神を捕らえたら、すぐ戻って来るからな」

 目を見開いたまま俯く弟の顔を覗き込み、先程とは打って変わって優しい声音で気遣いの言葉をかけた後、天帝もまた渾神の後を追って走り出した。



 こうして天帝達が地神の居城から去った後――。

「……ふっ」

 不意に地神の口端が歪んだ。

「ふふ、ふふふふふ……ふはははは!!」

 室内に笑声が反響する。止まらない。

 内向的で寡黙な、喜色を表すことも少ない地神オルデリヒドの、恐らくは誰も聞いたことがないであろう声だった。

 地神は狂ったように叫ぶ。

「初めてっ、殺せた!!」

 彼は「地神役」の男の死を悲しんでいたのではない。そんなことは彼にとってどうでも良かった。

 重要なのは、男の兄――「天帝役」の男が死んだこと。それは偶然の事故のようなものではあったけれども。

 地神は、気が遠くなる程長い間求め続けていた答えを漸く得ることができたのだ。


 ――死なば諸共。


(それならば、あの兄を打ち倒すことが出来るのだ!!)

 地神は笑う。

「ふはははは、あっは、あはははははは――!!」

 壊れたように笑う。

 室外にも漏れ聞こえるその声を、人払いを命じた主神の命に背き隠れて見守っていた地人族の王だけが、沈痛な面持ちで聞いていた。

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