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機械仕掛けの神の国  作者: 壷家つほ
第一章 地神の箱庭
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18. 毒霧

「オルデリヒドよ、正直お前には失望している」

 天帝は息が掛かる程の距離まで地神に近付き、そう言葉をぶつけた。

「お前はもっと賢い男だと思っていたよ。天界に対する反逆行為……いや、私も至らぬ所が多い故、不満を持つこと自体は罪には問わないが、それでもその神と組むことだけはしないと信じたかった。狭量でも最低限のことは踏まえている王だと」

「『狭量』?」

 地神は大地が唸るような低い声を漏らす。

 月神や夜神が不安気な表情で彼等のやり取りを見詰めている。彼女達にとっては、どちらの神も長い付き合いだ。だからこそ、彼等の確執も良く知っていた。

 天帝はそんな女神達に向かって、「安堵せよ。大事にはならない」という意味を混めて、片手を上げてみせた。

 一方の地神は、天帝の他者を慮る余裕のある態度一つを見るだけでも癇に障るようで、ぎりぎりと歯軋りをする。

 天帝は思わず溜息を吐いた。

「違うとでも? 感情的な思考を改めず、軽挙妄動で周囲を不安にさせ、世を乱す」

「だから常に自分より下位であるべきだと? 私では他者の上に立つのに分相応だと――」

「そういう所が駄目なんだよ、お前は! 一体誰が、今そんなことを言っているんだ」

「黙れ!! 傲慢な《天》の神めが。いつもいつも世界を――遍く存在を見下して。お前に虐げられ涙を流している者達が、一体どれだけの数存在しているのか、お前は考えたことがあるか? ……単騎で我が城に踏み入ったが、運の尽き。創世期より貴様に踏み拉かれ続けた我等《地》の者の怨恨、今ここで晴らしてくれよう」

 声を荒らげ、罵倒し合う二柱の神。

 天帝は内心では焦っていた。このままでは本当に諍いが起きてしまう。恐らくは渾神の思惑通りに。

 そこで、はっと天帝は渾神の存在を思い出した。

「待て。一旦落ち着け、オルデリヒド。おい、ヴァルガヴェリーテ、貴様――」

 そこまで言って、天帝は言葉を発するのを止めた。その時、神々の中で渾神だけが全く別の物事に意識を向けていることに気付いたのだ。

 彼女が見詰めているのは、先程まで地神が監視していた〈神術〉の画面の一つだった。そこには、聖都サンデルカの城下街の映像が映し出されている。

「これは、本当に想定外だったわ」

「何?」

 天帝がその画面に視線を向けるより早く、街を映し出した全ての画面が――。



 ――ずああああっ!!



 鈍い音を立てて赤黒い煙に覆われた。

 同時にその場にいる全ての神が、地界の上方――つまりは地上界の方向で禍々しい気配が沸き起こったのを感じ取る。それは既に地上界にはいる筈のない「魔物」の発する邪気に酷似していた。



   ◇◇◇



 話は神々が異常に気付くより少し前に遡る。

 露店が立ち並ぶ聖都サンデルカの大通りでは、神子行列が去った後も聖都の住民や観光客が入り混じり、大いに賑わっていた。

 しかしながら、人混みの中に一か所だけぽっかりと無人の空間が出来ている場所があった。


「はあ、はあ……」


 荒い息遣いが聞こえる。


「はあ、はあ、は……」


 空間の中心には一人の女がいた。

 頭部を含めて体毛は一切なく、がりがりに痩せ細り、全身――顔面にまで不気味な幾何学模様の刺青を入れている。

 また、使い古した雑巾の様に汚れた襤褸布を申し訳程度に羽織っていたが、ほとんど裸に近い状態だった。

 風体だけではなく、挙動も正常ではなかった。彼女は重病人の様にぜえぜえと息を吐き、亡者の様に覚束ない足取りでゆっくりと前に進んでいた。

 その異様な姿に誰もが彼女を避け、遠巻きに眺めながらひそひそと声を潜めて話をしていた。


(だレ、……タ……す……)


 皆が彼女を見ていた。見ていたのに、誰も彼女の正体に気付かなかった。

 更なる異常の兆候にも。


「あー……」


 ふと、女はか細く声を上げ、空を仰ぎ見て立ち止まる。

 それから一拍置いた後に、彼女の身体は頭の先から黒い霧となって散じた。

 観衆は悲鳴を上げる。

「ひっ!」

「いやっ、何!?」

「ぶっ!!」

 女から発生した黒霧は辺りに広がり、周囲に居た数人がその霧を浴びた。

 すると、その者達も女と同様に霧となって散った。

 それを幾度か繰り返した後、呆気に取られて様子を見ているだけだった人々は漸く我に返った。

 その現象の原理は誰にも分からなかった。それでも、彼等は本能で理解する。この霧は間違いなく自分を殺す毒である、と。

 祭りの賑わいはそのまま阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。


 ――故に誰も、嘗て「神託の巫女」として名声を極めた「彼女」の悲惨な末路を憐れむことはなかった。



   ◇◇◇



「……!」

 その毒々しい気配は、王宮内にいるシャンセ達にも伝わっていた。

 アミュと光精達は歩みを止め、瘴気の立ち上る方角へと振り向く。

「今のって……」

「シャンセ」

 シャンセだけは振り向かず、眼前に佇む第一王子の宮殿を見詰めていた。

「気にはなるが、そちらの対応は後だ。今は目の前の問題に集中しよう」

「どうかされましたか?」

 種族的にこの異常を察知する能力のないアルカは、突如足を止めた彼等を奇妙に思って、そう尋ねた。

「失礼しました。何でもありませんよ。さあ、行きましょう」

 シャンセの返答を合図に、一同は、荘厳ながらも何処か寂れた雰囲気を纏う建造物の中へと足を踏み入れたのであった。

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