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機械仕掛けの神の国  作者: 壷家つほ
第一章 地神の箱庭
15/77

15. 遭遇

 大神殿内の庭園を一人、とぼとぼと歩く女性がいた。

 マーヤトリナだ。

「何やってるのかしら、私……」

 そう呟きながら、シドガルド王子への状況報告の為に、彼の臣下であるアルカを呼び付けた時のことを思い起こした。



『申し訳ございません。第一王子殿下は体調を崩されて、伏せっておいでです。また、日を改めてお声がけ下さい』

『ご病気なのですか? ならば、私が祈祷を……』

『いつもの病でございます。王子殿下におかれましては、ここ最近の記憶が曖昧でいらっしゃるようで……』

『それって……』

『殿下は例の件についても、何も覚えてはいらっしゃらないようです』

『……』

『国王陛下は既にご存じのことですが、どうか他の方には内密にお願いします。殿下の為にも』



 利用価値がなくなったから今後関わるつもりがない。――そうとも取れる反応であった。

(アミュを守れなかったから? いいえ、違うわね。初めから利用されていただけだったのよ、私。いつもそう。こうなるって分かってるのに、舞い上がって使われちゃうの)

 一人になりたくて人払いを済ませた後なので、ここには誰もいない。自分を見ている者はいない。

 いっそ泣いてしまおうか。そう、思った時である。

「日神の神子様? 神子様ではありませんか! このような所に従者も連れずお一人で、危のうございます。一体、どうなさいました?」

 見知らぬ男に声を掛けられる。身形を見れば下位の神官のようだが、神官にしては体格が良過ぎるような気がする。

「貴方は?」

 無人の筈の場所に現れた怪しい男に対して、あからさまに警戒した態度を取りつつ、マーヤトリナはそう尋ねた。

 彼女の態度で自らの不審さを自覚した男は、慌てふためく身振りをした後、跪いて答えた。

「私はサンデルカ大神殿より巡礼監視の役を仰せつかっておりましたブラシネと申します」

「『ブラシネ』……何処かで聞いた名ですね」

「聞いておられるかもしれません。先頃、『邪神の化身』騒ぎがありましたが、その疑いを持たれた少女をサンデルカ大神殿へ連れてきたのは、他ならぬ私でございますので。その咎で暫く拘束されておりましたが、娘に掛かった嫌疑が漸く晴れて、私も開放された次第でございます。最も、肝心の娘は何処かへ浚われてしまったそうですが」

「あ、ああ、そうだったわ。アミュから貴方の名を聞いていたのです。……ごめんなさい。私は結局アミュを救うことができませんでした。彼女を保護して下さった貴方に、何とお詫びをしたら良いのか。その上、貴方を囚徒にまで貶めて……」

 マーヤトリナは漸く男――ブラシネに対する警戒心を解き、続いて肩を落とした。

「いいえ! 神子様は、あの子を邪な企みから守って下さったと伺っております。何の力にもなれず、お詫びを申し上げなければならないのは寧ろこちらの方です。……彼女にも。こんな目に合わせるつもりで聖都へ連れてきた訳ではなかったのに……」

 悔恨の表情で俯く彼を見て、マーヤトリナは少し視界が開けたような感覚を覚えた。

(この人は自分だって随分と辛い思いをしたでしょうに、これ程までにアミュのことを……他人のことを思いやっている。それに比べて、私は自分のことばかりだ)

「『神職たる』と言うのは、どういうことなのでしょうね?」

「え?」

 不意に、呟くように彼女の口から零れた言葉に、ブラシネは思わず面を上げる。

「突然ごめんなさいね。ただ、最近それについて考えさせられる事件が、幾つかあったものですから。アミュの件やミリトガリのこと、そして自分のことも」

「それは……やはり、『神や人を信じ愛する』という一点に尽きると私は考えます。神子の位にあられる方に、下位の神官に過ぎない私が申し上げるのも無礼かと存じますが」

「『信じ愛する』――そうね、その通りね。けれども、その行為は恐らく理解も実行もとても難しいこと。それがどういうことなのか、きっと本当の意味では誰にも分かってなどいないのだわ。それぞれの人が思い思いの定義を与えては見るけれども」

 マーヤトリナの口から、するすると言葉が紡がれていく。このんなことは、今迄考えたこともなかったのに。

「でも、貴方はその答えに――少なくとも私よりは近い所にいるような気がする」

「そのようなことは!」

 ブラシネは顔を赤くして激しく両手を振る。まるで幼さや純朴さを体現したかのような男性だ。

 一方、我が身を振り返ると。

(私は今迄「神官」や「信仰」がどういうものか、真面目に考えたこともなかった。ただ幼い頃から抱いていた漠然とした印象を今迄引き摺っていただけだった。それは、「日神の神子」という地位にある私にとって、自分を知らないことに等しいと言うのに)

「神子様!」

 突然ブラシネが立ち上がり、マーヤトリナを手で庇った。

「え?」

 二人の目の前にもう一人、見知らぬ男が現れたのだ。



   ◇◇◇



 その男は明らかに神官ではなかった。

 否、恐らくは聖都の人間ですらないのだろう。彼はマーヤトリナが見たこともない異邦の衣装を身に着けていたのだから。

 だが、一番の問題はそこではない。

「ああっ!」

 マーヤトリナは思わず指を指した。彼の背後に隠れるように佇んでいるその少女は――。

「こんにちは、サンデルカ大神殿の神官様方。私は宝石商のシャンセと申す者です。ブラシネ巡礼長とお会いするのは、これで二度目になりますね」

「失礼、どこかで……?」

「八年前、行方不明になった彼女を貴方の許へ戻した」

「……ああ、失礼! 恩人の顔をすっかり忘れてしまっていましたよ。その節はどうも有難うございました。ひょっとして、今度も彼女を見つけて下さったのですか?」

「ええ。本当に不思議なご縁ですね。まるで、神に仕組まれた運命のようだ」

 芝居めいたその口調や身振りに、マーヤトリナは警戒心を起こした。

(この男……)

 マーヤトリナの不信感を察したかのように男はちらりと彼女を見たが、すぐにブラシネの方へと視線を戻す。

「実は数日前、不思議な夢を見ましてね。蜂蜜を流したようなそれはそれは見事な黄金の髪を持った美しい女神が、私にある場所へ向かうようにお命じになったのです。然してそのお告げ通りに致しますと、以前に縁のあった少女がいるではありませんか。その後は彼女の言う通りにこちらへお連れしたという訳です。いやあ、本当に不思議なこともあるものだ」

「……」

 男の背後にいる少女――アミュの身体がやや硬直する。マーヤトリナはそれを見逃さなかった。

「ブラシネ神官、ちょっと」

「神子様?」

「彼は何者? ちょっと、状況を把握出来ていないのだけれど」

「これは申し訳御座いません。お気を悪くさせてしまいましたね。実は以前、巡礼の旅の途中にアミュが迷子になってしまいましね。その折に、偶々彼女を見つけてブラシネ神官の下にお連れしたのが、私なのでございますよ」

「そうだったの……」

(それにしては、何だかアミュの様子が……)

 納得し難いという顔をしつつアミュの方を見るが、少女の様子は相変わらずだ。

 しかしながら、アミュは助けを求める言葉も、それどころか一切の不平不満も口には出さなかった。

 その時、男はわざとらしく語気を強めて言った。

「おお、もしや貴女様は日神の神子様!?」

「え?」

「シャンセ殿、それは――」

 ブラシネの言葉を遮り、彼はまた芝居がかったような口調でこのようなことを言った。

「いいや、そうに違いない! 夢の中の女神様の面影がおありになる。あの御方は、自らを『太陽を司る神』と名乗られていたのです!」

「ええっ!?」

 何と恐れ多いことを平然と言ってのけるのだろうか。マーヤトリナの疑念通りに口から出任せの言葉なら、このシャンセという男はとんだ詐欺師である。

「マーヤトリナ様!」

「ぶ、ブラシネ神官……」

 ブラシネが憧憬の眼差しでこちらを見ている。シャンセの言葉を完全に信じ切ってしまっているようだ。

(何て単純な人なの!)

 ブラシネは勢い付いて語り出す。

「ああ、ああ、ああっ! 何ということでしょう。その夢は神子様の哀れみの結実に相違御座いません。アミュを思う神子様のお優しさが、或いは魂が、貴女様の本質たる日神の形を取って彼の夢に宿ったのです!」

「あ、え……? ああ……」

 相手の言葉に気圧されて、目が回りそうだ。

(本当にそうなの? 私はちゃんと「神子」としての役割を果たせていた……?)

 それはマーヤトリナにとって都合の良すぎる話だ。彼女の願望を形にしたような――。

「神官様方、まずは彼女を安全な場所へ保護して下さいませ。それから、今後の相談もしなければなりません。果たすべき使命の為に」

「……!」

 唐突にシャンセは話を戻すが、マーヤトリナは思考が追い付かない。彼に対する不信感も何時の間にか紛れてしまっていた。

「そうでしたな」

 話に付いていけているらしいブラシネが先導し、一同を日神宮へ連れていく。

 地上人二人をまんまと言い包めたシャンセが、その途上でこっそりこちらに顔を向けて片目を瞑ってみせたのを見て、アミュはそっと溜息を吐いた。

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