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機械仕掛けの神の国  作者: 壷家つほ
第一章 地神の箱庭
13/77

13. 闖入者

 アミュの姿を確認したムルテカとマーヤトリナは安堵の溜息を吐いた。

「見つかったようだな」

「あ……」

「ごめんなさい。怖かったわね。もう、大丈夫よ」

 マーヤトリナはしゃがみ込み、上手く声が出せないでいるアミュを優しく抱きしめた。

 ムルテカはその様子を表面上は温かな笑顔で見下ろしていたが、内心では別のことを考えていた。

(大した女傑だ。その智謀、胆力……酷く頼もしく、そして恐ろしい)

 王宮から大神殿への派兵も、大衆の眼前での神託勝負も、そしてこの結果も。全てが事前の打ち合わせ通り――つまりはマーヤトリナが計画した通りになったのだ。

 唯一の例外は、ミリトガリが自らの意思で姿を現したことであったが、元々「邪神の化身」騒ぎの首謀者として王宮兵達に引き摺り出させる予定だったので、軽微な誤差だ。

 今回は友人である第一王子の為にと王宮に味方してくれたが、彼女が敵に回ったらと考えると冷や汗が出そうだ。

 こうしてムルテカがマーヤトリナに警戒心を抱き始める一方で、当の彼女はこんなことを考えていた。

(ああ、偉大なる先人達よ! 感謝します。貴方がたが造って下さった隠し通路が今とっても役に立ちました!)

 サンデルカ大神殿には有事の備えとして、高位神官を避難させる為の秘密の脱出路が設けられている。

 大神殿が包囲される日時を予め知っていたマーヤトリナは、まず前日の夜にアミュをその脱出路経由で日神宮から神託所へと送り込む。

 次に、神託所側の出口から出たアミュに無人の巫女の間へ侵入し、一晩待機するよう指示を与えていた。

 非力な少女を単独で送り込むことにはやはり不安もあったが、神託所内の移動については庭木等に身を隠して行けば夜闇も味方してそこまで困難なものにはならないだろうとマーヤトリナは予想していた。前もって人を遣わし様子を窺わせた所によると、神託所は外部からの侵入者には異常なまでの警戒を払っているようであったが、そうであるが故に「囲いが堅固であるからこそ、内部は比較的安心」という油断が生じているようにも見えたのだ。

 後は、翌日大神殿が包囲された際にミリトガリが脱出路から逃走を図るなり、神託を授かる為に巫女の間に駆け込むなりされてしまう可能性があった訳だが、脱出路の出口に兵を配置して貰い、なるべく早くミリトガリを神託所から引き摺り出すよう王宮側に頼んであった。だが、この問題については結局杞憂に終わることとなった。

(馬鹿ねえ。獲物自ら、狩人の前に飛び出してくるなんて)

 内心ほくそ笑むマーヤトリナの頭上からわざとらしい咳払いが聞こえた。早く次へ進めさせてほしいというムルテカの合図である。

「で、結局その娘は何だったのだ?」

「そうでした。私ったら、一番大切なことを……」

 マーヤトリナは苦笑して立ち上がり、観衆の方へ向き直った。

「皆さん、大神殿の者達も。どうか聞いて下さい。私は先日、恐れ多くも偉大なる天帝ポルトリテシモ神からこのような神託を受けました。『私が地上の王への使者として遣わした暁神フォルシェトの神子が窮地に立たされている。神子の名はアミュ。邪神を信仰する者達の陰謀によって、冤罪を着せられ捕らえられようとしている。彼等は神子を呪術の生贄にしようと目論んでいるのだ』と」

 預言を的中させ、今や民衆の信頼を一身に集めた日神の巫女からの告白に、観衆からざわめきが起こった。

「おお……」

「何と恐ろしい……」

「カンブランタ教の奴らめ!」

 マーヤトリナは人々の反応を確認した後、話を続けた。

「また、天帝は続けてこう仰いました。『神託の巫女を名乗るその女の正体はカンブランタ教の一味。偽りの神託を以って、人の世を脅かさんと大神殿に入り込んだのだ』」

「言い掛かりです!」

 ミリトガリは叫んだ。

「なんて……なんて女! この、離しなさい!」

 自分を拘束する神殿兵に怒鳴りつけるが、彼等は既にミリトガリを罪人と見なしており、聞く耳を持たない。

 怒りと悲しみに身を震わせる彼女に追い討ちをかけるように、聖都サンデルカの人々が罵倒の言葉を浴びせ掛けた

「黙れ、邪神の使いめ!」

「今迄、よくも騙してくれたな!」

「神子様、どうかこの者に罰を!」

 口々に懇願する民衆の声を聞き、マーヤトリナは一先ず静まるようにと片手を上げて彼等を制した。次に、舞台のすぐ側に控えていた一人の神官を見た。大神殿が包囲された時に交渉役として出てきた高位神官である。

「さて、ライラス上級神官。この者、私が処罰しても宜しいですか? それとも、王宮に引き渡しますか?」

「あ、いや……」

 唐突に話題を振られてその神官は言い淀んだ。

「どうなんだ?」

「それは……」

 自分に集中する人々の視線に冷や汗を滲ませながら、彼が「自分の独断では決めかねる」と答えようとした、その時だった。

 舞台を囲う観衆達の後方から、突如悲鳴が聞こえた。

「何だ!」

「うわあっ!」

「ばっ、化け物!?」

 観衆が逃げ惑い、或いは打ち倒されて、やがて騒ぎの原因が舞台上からでも確認できるようになると――。

 舞台上の一同は声を失った。

「な……っ」

 最初にそう声を漏らしたのは武人として高名なムルテカであった。

「何だ、あれは!?」



   ◇◇◇



 騒ぎの中心に居たのは、聖都の住人達が未だ嘗て目撃したことのないであろう醜く悍ましい姿をした二匹の怪物であった。

 一方は、全身の肌と体毛が深海魚の様に白く滑らかで、人族の細身の女性の形をした上半身に、穀物の粒ほどの大きさしかない目と口が付いた頭部が載っていた。また、腹から下は巨大な蚯蚓の様な下半身が繋がっており、見る者全てに生理的な不快感を与えた。

 もう一方の怪物には人族との類似点すらなく、鰐に似た頭部と見上げる程の巨体が人々を圧倒した。鈍色の堅い鱗に覆われた蛇の様な胴には節の付いた無数の脚が付いており、尾の先に蠍の毒針を連想させる鋭い銛を持っている。

 その怪物達の正体は、光精キロネとマティアヌスだった。

 普段は、天才職人と名高きシャンセ・ローウェン・ヌッツィーリナが製作した〈祭具〉――〈人形殻〉を纏うことで人族の姿を装っている彼等だが、嘗て永獄に収容されていた折にその過酷な環境に適応する為に肉体が怪物に変容してしまっていた。

 そして今、キロネ達は不本意ながら自身が忌み嫌うその本性を剥き出しにして暴れる羽目になってしまっている。

(ちょっと……)

 光精キロネは同じく光精であるマティアヌスに向かって囁いた。

 その言語は音声ではなく、光精独自の光の瞬きによる信号のようなものであった。しかしそれを音声として発すれば、恐らくは平時よりも低目の声音であっただろうことは予測が付いた。

(ひっどーいっ!! ほんと、酷い!)

(ああ……うん、まあ……)

 キロネの勢いに圧されマティアヌスも一応は肯定してみせたが、本心ではこの策の発案者である「彼」に同意していた。

 彼等がこの場所を訪れたのは、地上界における表向きの身分である行商としての仕事を終えて宿に帰還する途上で偶然に、であった。丁度、王宮兵が巫女の間を改めている最中のことである。

 既に「邪神の化身」事件については耳に入っており、「もしやアミュが巻き込まれているのでは」とは思っていたので、「神託勝負」の決着を遠巻きに見届けることにしたのである。そして案の定、渦中の人は彼女であった訳だ。

 そこで、彼等の同行者であるシャンセはある提案をしてきたのだが――。

(あいつの私達に対する本音が、漸く見えたわ! やっぱり、化け物としか思ってなかったのよ! 人の良い顔して、利用して! 許せないわあああああ!!)

(落ち着けって)

(落ち着いてるわよ! 私、超冷静!)

 白く滑った尾で脆弱な地上人達を薙ぎ払うキロネ。人々は成す術もなく吹き飛ばされ、或いは逃げ惑った。

「ひいい!!」

「化け物だあ!」

「なんて醜いんだ!」

「皆、早く逃げろお!!」

 皆悉く彼女の癇に障るような捨て台詞を吐いて散っていく。キロネは怒りの感情を爆発させた。

「この虫けら共があああっ!! 一匹残らす吹き飛ばしてくれるわっ!」

(ただの化け物じゃねえか……)

 必要以上に人々を追い掛け回すキロネを尻目に、マティアヌスはシャンセの指示通り、か弱い種族である地上人族達に致命傷を負わせない程度に、しかしながらやや大袈裟に暴れてみせたのであった。



   ◇◇◇



 舞台上の高官達が身近に迫る脅威に逃げることも指示することも忘れて只々呆然と立ち尽くす中、化け物達の正体を唯一知るアミュだけはやや冷静に事態を捉えていた。

「あれは光精の……」

 一体どうして彼等がここにいるのだろう。彼等は確かシャンセと行動を共にしていたはずだ。

(なら、あの人もこの近くに……?)

「アミュ」

「……!」 

 背後から肩を添えられ、続いて耳元で囁く様な声が聞こえる。

 姿は見えないが、恐らく「彼」だ。〈祭具〉で姿を消しているのだろう。

「事情は後で説明する。付いて来てもらうよ」

「でも!」

 アミュが強めの声を上げたことで、側にいたマーヤトリナがはっと正気に戻り、こちらに振り向く。

「ちっ……!」

「きゃっ!」

 シャンセは舌打ちすると、外套形の〈祭具〉の中にアミュを隠し、そのまま彼女を連れ去った。

 アミュに近寄ろうとして付き飛ばされたマーヤトリナは尻餅を付く。

「大丈夫か!?」

 マーヤトリナの異常に気付いたムルテカが、慌てて駆け寄ってきた。

 動揺を隠し切れないという様子で、マーヤトリナはムルテカに訴えた。

「あ、あの子が急にいなくなって……」

「何!?」

 確かに舞台上を見渡してもアミュの姿は確認できない。

 自らの失態に気付いたムルテカが何かを言おうと口を開いた時、今度は王宮兵の数人が彼の側に来て報告した。

「閣下! ミリトガリがいません!」

「何だと!?」

「大将軍閣下!」

「何だ!!」

「化け物が消えました」

「――は……?」

 彼が周囲を見渡せば、そこには報告通りの状況が広がっている。

 舞台上に沈黙が落ちた。

 誰の目から見ても、明らかな「陽動作戦」だった。アミュとミリトガリを連れ去る為の――。

 ムルテカは呻いた。

「まさかこれも、カンブランタ教の仕業だと言うのか……!」



   ◇◇◇



 居城で事態を見守っていた地神オルデリヒドは、傍らで葡萄酒を呷る女神に尋ねた。

「これもお前の筋書き通りか、ヴァルガヴェリーテ?」

「さあ、どうなんでしょうね」

 渾神ヴァルガヴェリーテは、彼女が時折するように是とも否とも取れない答えを返した。

 両者の会話はそこで途切れてしまったが、狡猾な女神の頭の中は今尚くるくると廻り続けている。

(シャンセ……。それに「あの子」……)

 遠い過去に見たその神の姿を脳裏に浮かべる。

(漸く動き出したって訳ね)

 渾神は、すっと目を細めた。

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