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機械仕掛けの神の国  作者: 壷家つほ
第一章 地神の箱庭
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10. 独善家達の策動

「アミュ、アミュ! 」

 翌朝、マーヤトリナは悪戯を思い付いた少女の様な顔をして、アミュを呼び付けた。

 一方、昨晩の得体の知れない神気のお陰ですっかり目が覚めてしまい、それ以降一睡も出来なかったアミュは、見るからに具合が悪そうな様子だった。マーヤトリナはそれを追っ手から身を潜めている心労によるものだと勝手に解釈した。

「聞いて頂戴、アミュ。私、昨夜神夢を見たの。きっとご神託だわ!」

「『神託』、でございますか」

 マーヤトリナは昨晩の夢の詳細をアミュに語って聞かせた。

 全てを聞き終えたアミュは眉を顰めた。

 明らかに彼女の知る事実とは異なっている部分もあったが、唯の夢にしては少々話の筋が通り過ぎている。そこにアミュは違和感を覚えたのだ。

 そもそも、地上人の「神託能力」とは一体何なのか。ミリトガリにしても、絶好の頃合で「神託」を出してきているのが引っ掛かる。

(やはり、本物の神族が神託を?)

 しかし、神々は地上人を嫌っていた筈だ。そんな彼等が地上人に助言を与える理由があるだろうか。今回に限って言えば間違いなくアミュに関係したことであろうが、これが聖都の人々の得た初めての神託という訳でもあるまい。

(彼等はこの都で……一体何をやっているの?)

 そんなアミュの思惑はどこ吹く風。不安げに黙り込む彼女に、マーヤトリナは言いたくて堪らなかった言葉を言った。

「ねえ、アミュ。思うのだけれど、『日神の神子』と『神託の巫女』、大衆にとってより神聖に見えるのは一体どちらかしら?」

「え? それは……」

 勿論、日神の神子であろう。神の化身と人間の巫女、比べるまでもない。

 だが、アミュはそれを改めて問うマーヤトリナの真意を測りかねた。

「ふふふ。私、一つ思い付いたことがあるの」

 そう笑って、マーヤトリナはアミュに耳打ちした。



   ◇◇◇



 太陽王エスニオル――即位の儀の神託によって「日神の神子」の顕現が確認されたことから、「太陽王」の称号を得た当代のサンデルカ国王である。人となりは可も不可もなくと言われているが、勤勉で国王としての職務を忠実にこなしている。

「陛下」

 夕刻の頃、執務を終えて後宮に戻ろうとした彼を道中で呼び止める者がいた。先触れもなく現れた不届き者に慌てた近衛兵達は、槍を握り締めて前に出る。

「ご無礼をお許し下さい、陛下」

「アルカか。以前、顔を見たのはどれくらい前であったかな。……どうした? 愚息に何かあったのか?」

「当たらずとも遠からず、と言った所でございます。まずはお人払いを」

「……分かった」

 アルカの只ならぬ様子に不信感を抱きながらも、エスニオルは近侍の将軍のみを残し他の者は下がらせた。

「何があった? 何やら深刻な用向きの様だが」

「まずはこちらを」

「うん……?」

 一通の書簡を手渡されたエスニオルは、それを紐解き中身を確認する。読み進めて行く内に彼の表情は険しいものへと変わっていった。

「これは、どういうことだ?」

 側に控えていた将軍に書簡を手渡し、内容を確認するよう目配せで命じた後、彼はアルカに厳しい口調で問い詰めた。

「先日、第一王子殿下は内々にサンデルカ大神殿を訪問されました。かねてより患っていらっしゃった病気治癒の祈願の為に」

「浅はかな行いを。無防備に敵地へ飛び込むとは……」

 エスニオルは眉間に皺を寄せる。

 シドガルドの欠点は記憶障害の病だけではない。彼の情緒不安定さは認識していたつもりだったが、よもやここまでの愚か者とは。

(見張りを増やして奴を離宮から一生外に出さないよう手を打つべきか)

「お叱りは後に」

 シドガルドに――否、正確には彼の母親の実家に忠誠を誓うアルカは、エスニオルの怒りを察した上で水を差す様に話を続けた。

「そこで、我々は件の邪神騒ぎに遭遇したのでございます。偶然、邪神の化身と呼ばれる娘に遭遇された殿下は、一先ず娘を日神の神子マーヤトリナ様にお預けになりました」

「そうして、この書簡の内容に繋がる訳か……。シドガルドがこれを私へ渡せと?」

「いいえ。殿下は件の病が原因で大神殿へ訪問されたこと自体もすっかり忘れてしまわれたようで、こちらの書簡も捨ておけと命じられました。しかし差出人が差出人ですから、不忠な振る舞いではありますが、私の方で中を確認させて頂き、独断で陛下にお持ち致しました次第です。そのことに対する罰は後程お受け致します。しかし――」

「いや、良い。良くやってくれた。まったく、使えぬ馬鹿息子め!」

「いえ、殿下は――」

 言い掛けて、エスニオルに止められる。

「庇うな。そうした周囲の善意があ奴めを甘やかしておるのだから。それにしても、マーヤトリナ様には御礼を申し上げねばならんな」

「陛下、では……!」

 一同は色めき立った。

「これは好機だ。不穏分子をこの都から一掃する為のな。無事成就した暁には、お前にも褒美を取らせようぞ」

「勿体無いお言葉にございます、陛下」

「そういう訳だ、ムルテカ。書簡は読み終えたな。至急、軍事大臣に使いを出せ。私は謁見の間に行く」 

「かしこまりました!」

 将軍は遠巻きに控えていた近衛兵達を呼び寄せ、帰宅途中であろう軍事大臣を連れ戻しに行かせた。



   ◇◇◇



 聖都内某所――。

 薄暗く少し肌寒く感じる石造りの部屋、その中央に設置された小さな祭壇の前に一人の男が立っている。また、彼からやや離れた背後には数人の配下達が傅いていた。

 彼等は皆一様に濃紺色の似たような意匠の衣服を纏っており、その姿は隠遁者か、或いは地方の神官の様にも見えた。

「聖都は『邪神の化身』の噂で持ち切りのようだな」

 指導者と思わしき祭壇前の男はそう問い掛けた。

「はい。サンデルカ大神殿は神殿兵を大神殿外部にまで派遣して日夜捜索を続けていますが、当の『化身』は未だ捕らえられてはいないようです。また、神殿兵の強引な手法に聖都の民達からは不満の声が漏れ始めています」

「……『邪神』。『邪神』か……」

 呪文の様にその言葉を反芻した後、男は手に持っていた長杖で祭壇を殴り付けた。

「忌々しい。偽りの支配者の下僕共め!」

「如何致しましょう? 我等を誘き寄せる罠かもしれませんが」

「しかしこのまま放置すれば、何れ我等の拠点も炙り出されるやもしれん。何かしらの手は打っておかねばなるまい。それに――」

 彼は柔らかな口調で配下達を諭した。

「もし本当にその娘が実在するならば、保護してやるべきだろう。神の化身の噂が真であろうが、偽りであろうがな。我等は正しき神々の信徒であり、正義の為に戦ってきたのだから」

「……失礼を申し上げました。では、聖都に潜伏する信者達に何時でも行動を起こせるよう準備させておきます」

「うむ」

 そう返事を返すと、指導者の男は静かに目を伏せ、彼等――カンブランタ教の信仰する神々に祈りを捧げた。

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