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機械仕掛けの神の国  作者: 壷家つほ
第一章 地神の箱庭
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01. 箱庭の主

 どうして、俺はこんなにも上手くいかないのだろうと思う。

 そう、小さい頃はそれなりに上手くいっていたんだ。一般家庭よりは遥かに裕福な商人の家庭、親父様もお袋もそこそこ厳しかったが、その厳しさを上回るぐらい子供達に甘かった。俺も随分と贅沢な思いをさせてもらったものだ。

 だが、その家を切り盛りしていた親父様は死んだ。家は長子の兄貴が継ぎ、自立した他の兄弟達もちゃんと成功していった。男も女もだ。俺だけが上手くいかなかった。才能もなく、器も小さかったのだ。やがて、俺の周りからは人が居なくなっていった。肉親さえも例外ではなかった。

 俺は一族の恥晒しだ。始めの内は融資してくれた兄貴も、今は会ってもくれない。お袋の葬式にも入れてくれなかった。

 今は何をしているかって? 色々だよ。日雇いの何か、臨時雇いの何か。まだ、人に雇ってもらえる才能は辛うじてあったということだ。仕事がない時も多いけどな。でも、こんなことが何時までも続かないのは分かってる。俺は何れ歳を取る。そうなれば、全てが終わりだ。

 あーあ。俺、頑張ったんだけどなあ。俺なりに精一杯頑張ったんだけどなあ。でも、上手くいってる奴等は皆「お前は頑張ってない」って言うんだよ。「もっと頑張れば出来る筈」って。こんなに頑張ってるじゃん、俺。お前達よりずっと頑張ってるよ。逆に俺と同じこと、お前達に出来るのかってんだよ。どうせ、出来ないだろう。口で言う程、頑張ってないからな。仕事も生活も。どうせ、理解も出来ないだろうけどな。

 あーあ、王宮が見える。良いなあ。あそこの奴等はあそこの奴等でそれなりに苦労はあるんだろうけど、少なくとも生活苦はないんだろうからなあ。良いなあ、良いなあ。

 あーあ、お金欲しいなあ。もう出世とか夢とか贅沢とかどうでも良いから、人並みに生活できる金が欲しい。どこからか金が降って来ないかなあ。誰か金を恵んでくれないかなあ。頑張っても豊かになれないんだから、もうそれしかないじゃん。



   ◇◇◇



「何なのだろうな、これは」

 荘厳な空気を纏った薄暗い居城の一室。〈神術〉によって映し出された、その堕落し切った男の姿を見て、沈痛な表情を浮かべた神がいた。

 その神には打ち倒さねばならない相手がいた。憎んでも憎み切れない相手が。

 神位は同列で、実力的にも大きな差はない筈だ。否、内心では能力的にも人格的にも自分の方が上だと自負していた。

 だが、相手の「神族の王」としての立場は決して揺るがなかった。また、彼はその荒々しい気質に反して人心掌握にも長けていた。何の努力もせずとも。

 要するに、その神には自信がなかったのだ。自分は彼よりも優れていると、胸を張って口にすることさえ憚られたのだ。

 だからある時から、その神は模擬実験を始めた。他の神々が目を背けて久しい地上界に、自分に似せた「劣った男」と相手に似せた「優れた男」を配置して競い合わせ、何度も検証を続けた。

 結果はいつも「優れた男」の勝利で終わる。それでも諦め切れずに、何度も何度も。どうやったら自分は勝てるのか、本当に自分は勝てるのだろうか、と。

 それは最早験担ぎ、或いは何かの呪いのようでもあった。

 そして、今度の「劣った男」役がこの男だ。はっきり言って、今迄で一番酷い無能である。しかし――。

(これが私の本質ということなのか)

 彼は自分の分身なのだから。

 男の映像から目を背けた神であったが、背けた視線の先に旧知の女神の姿を見て、思わず固まった。

「……ヴァルガヴェリーテ」

 あからさまに嫌そうな顔をする。

「そんな顔しないでよ。まだ、何もしてないじゃない」

「……」

「無言が一番対応に困るんだけど」

 渾神ヴァルガヴェリーテは苦笑した。自分を邪神と罵る天帝と敵対している彼にすら、自分は相当に嫌われているらしい。

 溜息を一つ吐いて腕を組み、渾神は〈神術〉の映像に目を遣った。

「まだやってたのね、人形遊び」

「笑いに来たのか?」

「まさか」

「……」

 豪奢な椅子に座した神は無言で返す。その瞳には、心なしか怒りの感情が滲んでいた。

「本当だってば! ……って言うか、例え笑い事でもここまで来ると笑えない。寧ろ、引くわ」

 その声音は確かに揶揄する様な調子ではなく、心底呆れているという様子であった。

「何時まで続けるつもり?何千回……否、何万回かしら。これ程検証を重ねれば、もう結論は出ているでしょう。貴方はポルトリテシモには――」

「まだだ!まだ……」

 声を荒らげて首を振る。まるで自制を知らない駄々っ子だ。これを「妄執」と呼ぶのだろうと、渾神は決して言葉にすることなく思った。

 暫く沈黙が続いた後、「変革の神」を自称する女神は再び口を開いた。

「勘違いしないでね。別に私も、貴方では彼に『絶対に』勝つことが出来ないなんて、思っている訳じゃないのよ。ただ、こんな模擬実験に意味はないんじゃないかって言ってるのよ。そもそも、この人形は貴方じゃない。似てもいない。その時点で既に現実とは、ずれてしまってるでしょう。……そんなものよりも、本当に必要なのは貴方自身の一歩だわ」

「私に何をさせるつもりだ」

「え?」

 呆気に取られて渾神は聞き返す。

「その為に我が城を訪れたのだろう?」

 自棄を起こしたように座する神は言い放った。

「そんなつもりで言ったんじゃないんだけどね。私が今回何かをして欲しいのも、何とかしたい相手も貴方じゃないの。ただ、その過程で貴方の箱庭にお邪魔することになりそうだったから、挨拶に寄っただけよ。まあでも、『何か』を期待してくれているなら、それに答えないでもないけど?」

「……!」

 勢い良く上げられた面は笑顔ではなかったものの、ほんのりと赤みが差している。希望の光を得た顔だ。

「八年前に天界で起こった騒動、知ってる? あの時、貴方は居なかったけど」

「お前が地上人の子供を侍神としたことに端を発する、天帝・闇神・日神に対する傷害事件、反逆者シャンセ・ローウェン・ヌツィーリナの脱獄、白天人族・黒天人族の王女達の反逆行為の結果による天人族と天帝の権威失墜。ついでに変革の神を自称するお前の出現で皆戦々恐々となっている。神々を束ねる正神六柱の間にさえ、軋轢が生じ始めているようだ」

「そう、事の発端は私。そして、私の可愛い『あの子』」

「まさか……!」

「貴方の箱庭に新しい花を添えましょう。もうすぐ私の侍神が来るわ。貴方の箱庭――地上人の都、聖都サンデルカにね!」

 渾神は歌う様に語り、人差し指を宙に漂わせる。その軌跡から〈神術〉によって純白の花々が生み出され、玉座の周辺に舞い散った。

 変化への不安と仄かな期待に胸中を支配された動かざる神――地神オルデリヒドと、映像に映し出されたサンデルカの街を祝福するかのように。


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