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反省とあの日の後悔

ユリアンナがそんな事を考えていたとは。



ギルドでユリアンナが男二人に語った話は、俺にとっても衝撃だった。



ユリアンナは良いように言ってくれているが、あの頃の俺は劣等感と自分の力の足りなさに、かなりやさぐれていた頃だった。正直今もその思いは拭い切れていないのが現状だ。



ユリアンナと出会った頃、俺はちょうど錬金術を始めた頃だった。家の経済状態が悪く、ユリアンナの親父さんに出資して貰うのだと聞いて、子供ながらに自分も何か役に立てないかと思った俺は邸の書棚に眠っていた錬金術の本と出会ったのだ。



『錬金術』、文字からして金になりそうだ。

そして、親父に意味を聞いて『うーんそうだな、何かと何かを混ぜ合わせて、もっと価値の高い何かを作りだす学問って感じじゃねぇか?最終的にはこれを金に変える事も出来るらしいぜ?』と銅貨を見せられた時は、これだ!と思った。


ようはガキの単純な思いつきだ。


ただ、幸運な事に親父の知り合いに錬金術師がいたお陰で手解きが受けられた事、適性があったのかみるみる実力が伸びた事で、俺はすっかり錬金術にはまってしまった。



俺が薬系に特化しているのも、ユリアンナのようにきれいな理由ばかりじゃない。


初歩の薬は錬金術を学ぶ上での登竜門であり、まだガキで財力もない俺が手に入れられる素材なんか野原でも見つかる薬草くらいだったというのが、そもそもの発端だ。苦い薬が嫌だという子供らしい理由で『おいしい』付加効果をつけたらこれが人気になり、『元気が出る』を付け加えたらまた売れた。


そこら辺で採れる薬草が、沢山の人に求められる薬に変わる事に、俺は自信と共に優越感を抱いた。天狗になっていたのだ。



なのに。



大きな病にはほんの気休めにしかならない事を、他でもないユリアンナの母上に、俺は思い知らされたのだった。俺が作っていたのなんかしょせん子供が作る、初歩の薬草だ。苦くて飲むのを嫌がる子供に、軽い風邪だが仕事が休めない忙しい大人に。症状が軽い人が飲む分には十分効果的だったその薬は、ユリアンナの母上の病状を回復するような力は僅かも発揮できなかった。


薬を飲んだ時、一時的に元気になる。一時的に痛みが薄まる。一時的に眠れる。そう、あくまで一時的なものだ。



それを誰よりも分かっている俺は、ユリアンナが無邪気に喜ぶのが辛かった。お礼を言われても騙しているような罪悪感ばかりあって、次第にユリアンナと顔を合わせるのが苦痛に感じるようになっていった。



そんな時だ。

ついに、ユリアンナの母上は帰らぬ人となってしまった。



それでもユリアンナにお礼を言われた時、俺は何故か怒りを覚えたんだ。それはなんというか、とても複雑な感情だった。



泣き腫らして真っ赤な癖に、本心から感謝を告げているのがはっきりと分かる真っ直ぐな目。



いたたまれない。

救えなかったのに、なんでお礼なんか。



申し訳ない気持ちが脹れ上がってくると、不思議なものでそれに比例して自己弁護や、何故自分がそんな気持ちにならなければいけないんだと憤るような気持ちも芽生えてくる。



そもそも自分は家計のために錬金術に手を出したのだ。

借金のカタに結婚相手すら決められているのだ。



ユリアンナは裕福で。大事にされていて。だからあんなに無邪気に、俺の気持ちなんか何も知らないでお礼なんか言えるんだ。





ユリアンナの話に、今の今まで蓋をして忘れ去っていた過去の気持ちがよみがえった。


ああ、俺は劣等感や罪悪感を全部ユリアンナのせいにして、逃げていたんだな……。ユリアンナを見れば何故か焦燥感にかられて『話す暇があったら研究しなきゃ』と思ったし、ユリアンナから何か与えられると無性に腹がたった。褒められると『お前は何も分かってない』と思ったし、尊敬の眼差しにはいたたまれない気持ちになった。


ユリアンナを嫌ってるわけでもないのに、必要以上に邪険にしてしまうのは照れゆえかと思っていたが、俺の心の奥深くにはもっと厄介なトラウマ的感情がどす黒く渦巻いていたらしい。



母を亡くしたばかりのユリアンナが、俺に礼を言った意味すら理解せず憤っていたあの頃から、俺は結局何も成長しちゃいなかった。ユリアンナを『苦労知らずのお嬢様』だと思い込んでいた自分が恥ずかしい。あの頃から、ユリアンナの方が、ずっとずっと大人だったんだ。




今だってギルドでの立ち居ふるまいは堂に入ったものだ。


昼間っから酒をかっ食らい、禍禍しい魔物をどうやって屠ったとか血生臭い話が飛びかっている上、それを話しているのは腕が丸太みたいだったり顔にデカい傷があったり、逆にヒョロっとしているのに眼光だけやたらに鋭かったり、とにかく一癖も二癖もありそうなおっさん達ばかりがたむろする中を、気軽に声をかけたりかけられたりしながら進み、受付ともハードな交渉をしている。


仕事を断るよう進める従者達にも一歩も引かず、仕事を全うすると宣言したユリアンナは、圧倒的にかっこよかった。



しかも。

俺が唯一指名で仕事を依頼する、尊敬すべき冒険者。

あの『ユーリ』が、ユリアンナだったとは。


常に上質の素材を手に入れる選定眼、プロ意識、根性。会った事はなかったが、いつだってその仕事へのこだわりっぷりは尊敬に値するものだった。


これまで俺が思っていた、金持ちの、誰からも大事に甘やかされている深層の令嬢なんかどこにもいない。俺の頭の中のユリアンナは、俺が劣等感と思い込みで作り上げた虚像だったんだ。



情けなさで足が震えるが、もう黙ってはいられなかった。



「ユリア……ユーリ!」

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