ギルドにて
仕方なくロードと人バージョンのリュー君を連れたまま、冒険者ギルドに来たわけだけど、早速二人からツッコミを受けてしまった。二人とも、私が受ける依頼が気に入らないからだろう。
「断って下さい」
「バカな事言わないでよ。指名依頼断ったら信用問題なんだから!」
「あの方からの信用などもはや必要ないでしょう」
「違うわよ、そもそもリル様は冒険者のユーリが私とは思ってないし。私じゃなくてギルドの信用がなくなるの!」
まったくもう、いくら依頼人がリル様だからって一も二もなく断れって言われても、そんな事出来るわけがない。冒険者は信用第一なんだから。さすがにギルドの信用が関わってくるとなるとロードもきつくは反対出来ないようで、私は無事にその依頼を受ける事が出来た。
その依頼品、薬草の原料であるムーンラディッシュが採れる月光の湖に行き先を決めたら、そこで合わせて達成できそうなクエストをみつくろっていく。ロードはそれを興味深そうに見つめていた。
「それにしても指名依頼まで受けているとは」
「ユーリはバカだからなー。あいつの依頼っぽいのがありゃー率先して受けてたんだ、品質にもこだわるしそりゃ指名もつくよなー」
私がクエストを選ぶのをぼんやり見ながら呟くロードに、リュー君が呆れを隠しもせずに説明する。あながち間違ってるわけでもないから反論はしないけど。
「ほら、今だって無意識にそーいうの選ぼーとしてんだろ?薬草採取なんか労力の割に報酬少ないのによー。けなげなこった」
リュー君がいらぬ説明をするものだから、ロードのメガネが剣呑に光った。怖いじゃないの、リュー君のばか……!
「ユーリ?」
ロードの笑顔が怖い。こんな時にも『ギルドではユーリと呼ぶ』約束を守ってくれるのはさすがだけど、それで怖さが薄れるわけでもないから、今はありがたみゼロだ。
「違うわよ。私が薬草採取の仕事を受けるのは、それが体の弱い誰かを救える可能性があるからだもの。……お母さまみたいに苦しむ人が少しでも減って欲しいだけ」
だから品質にもこだわる。これだけは誤解されたくないポイントだから、ちゃんと反論することにした。
私は病で早くに亡くなったお母さまの、細くて透き通るように白い儚げな手に散った鮮血が今でも忘れられない。肺を患い咳き込んで、とても苦しげだったお母さま。あの痛みを、眠れぬ辛さを、食べ物さえ受け付けなかった苦しさを思う度、今病で苦しむ人の助けになれる物を探してしまうわけだ。
「ユーリ……」
「リル様は錬金術を志していらっしゃるけれど、中でもお薬の研究に没頭していらっしゃるでしょう?」
リル様の名前を出したことで、ロードの眉がピクリ、と上がったが気にしない事にする。今後のギルドでの依頼の受け方に直結する事だから、これだけは分かって欲しかった。
「お医者様も匙を投げて、高価なお薬すら効かなくなってからも、リル様が持って来てくれる栄養剤を飲むと、お母さまはいつだって少し元気になって笑ってくれたわ。私、リル様が神様に見えた。……良いお薬は、病気の人だけじゃなくて、その家族も幸せにできる素晴らしいものよ」
意外な話だったのか、ロードが珍しく口もはさまずに神妙な顔で私を見ていた。リュー君は「人間は脆弱な個体も多いからなー」
と、なんだか納得したように呟いている。
「あの頃からリル様は『もっと素材の品質が高ければ』『もっと僕の技術が高ければ』って悔しそうだったわ」
子供心に、錬金術という未知の学問の奥深さを感じたし、一定の効果に満足せずに高みを目指す姿は本当に素敵だと思ったのだ。彼ならいつか、お母さまを苦しめ命を奪った病すら克服する薬を作ってしまうのかも知れない。
私は頭は良くなくて、彼の研究を一緒に手伝うことはできないけれど、サポートなら超頑張れる。もはや妻にはなれないけれど、リル様の研究に役立つ素材集めくらいはやっぱり陰ながら応援したい。
私は病気で苦しむ人を助けたい、リル様は効果的な薬を精製したい。利害の一致というヤツだ。未練ではない、多分。
「リル様はすでに薬の精製では宮廷でも一目おかれているそうよ。きっとこれからも素晴らしい薬を作ってくださるわ。お母さまのような苦しみが救えるかも知れない……たくさんの命が、助かるかも知れない。そうでしょう?」
そう言って、クエスト『ジャイアントスネークの牙×5』も追加する。確かこれも薬の原料だ。
「だから、リル様の指名依頼も、薬草の採取も、止めるつもりはないから」
ニッコリ笑って宣言すれば、ロードは「ズルいですよ、そんな話……」と、天を仰いだ。
これはお許しが出たと思っていいだろう。真実に優る説得術はないものね。心の中でガッツポーズをしていたら、横から思わぬ伏兵が現れた。
「ユーリの気持ちは分かるけどさー、俺は単にあのリルサマがいけ好かないだけなんだよなー」
せっかくを終わらせようとしたのに……取り敢えず、もう月光の湖に移動してもいいですか?