狩りに行きたいだけなのに
「だから大丈夫だったら!」
リル様の誕生日パーティーの翌日、私は邸の門のあたりで激しく押し問答をしていた。相手は子供の頃から従者としてついてくれているロードだ。
「ダメです、私もご一緒させていただきます」
「しつけーなー、およびじゃねーんだよ!せっかくユーリと水入らずで冒険にいけるっつーのに、邪魔すんじゃねーよ!ちったぁ気ぃ効かせろってんだ」
「あなたのために気を効かせる気など微塵もございません。私はユリアンナ様の従者であって、あなたの従者ではありませんからね。あなたはユリアンナ様のペットみたいなものでしょう?あなたこそ身の程をわきまえてはいかがです?」
「ぺ、ペット……⁉この俺が⁉」
まあ主に舌戦を繰り広げているのはリュー君とロードの二人なんだけど。口が達者なこの二人が本気で話し始めたら私の出る幕など限られてくる。
ああ本当に騒々しい事この上ない。私はただ、ちょっぴり体を動かしたいだけなのに。
これはもう毎年の恒例行事みたいなもので、リル様へのプレゼントが不発に終わる度にひとしきり泣いて、泣きあきたら気持ちを切り替えるために町の外へ狩りにでるのだ。
私だって冒険者のはしくれで自分の実力だって分かっているし、かなり強いリュー君だっているからさほど危ないわけでもない。そもそも割と普段からクエストをこなしてるわけだから何をいまさら、と言いたいところなんだけど、本当に何故かこの時期だけロードは頑なに『一緒に行く』と言ってきかないんだよね。
ロードは武術も得意なようで、足手まといにはならない。むしろ戦力になるんだけど……なにせ口うるさい。行く先々であれはダメ、これはダメ、はしたない、言葉が悪い、とやたらめったら口を挟んでくるものだから、気持ちの切り替えを目的とした場面ではハッキリ言って面倒に感じてしまう。
よって、なんとか回避したいんだけど。
「俺がいるから無茶はさせねーって!」
「ユリアンナ様に甘っ甘で快楽主義なあなたが止められるとでも?」
「えっ?ちょっと待って、私は別に無茶なんか」
「言っておきますがユリアンナ様と周囲の認識は違っております。この時期のユリアンナ様は毎回私がこうして付き添ってお止めしているにも関わらず『鬼神のようだ』『触らぬ神に祟りなし』と恐れられるほどの有様でございます」
丁寧に言ってるだけで実は結構酷い言われようだ!
「とにかく、私はお館様からも頼まれておりますので、絶対に、何があってもお供します。諦めて下さい」
「えー、今年はスゲー事になりそーだって楽しみにしてたのによー」
「ほらご覧なさい!止める気など毛ほどもないではないですか!この駄竜が!」
リュー君じゃないけど、私もがっくりと肩を落とす。これはダメだ、諦めるしかない。そうしたら明らかに肩を落とした私を見て、珍しくロードがちょっぴり傷ついた目をして苦笑した。
「そんなにあからさまにがっかりしないでください、傷つくじゃありませんか」
「ごめんなさい……」
つい。でも確かに失礼だったか。
「お館様に頼まれたのは本当ですが、私自身、本当に一緒に行きたいのです。確かにユリアンナ様が無茶をしないかも心配ですが、やっとユリアンナ様がリルフィード様を諦めてくださったんです。私にも名乗りを上げるチャンスがあるでしょう?」
突然ロードが優しく頬に手を添えてきたものだから、私は心底ビックリして固まってしまった。かつてそんな話聞いた事もない、どころか言葉や態度の端っこにすら好きですオーラなんか感じた事ないんですが!
「あっテメーやっぱりそうだったか!」
「駄竜に気取られるとは私もまだまだですね……とにかく、生意気にもあなたに惚れている様子のこの駄竜と二人っきりで冒険になど行かせませんよ。出来るだけユリアンナ様のお考えを尊重致しますし、出来るだけ口うるさく言わないように努力致しますので、どうか私も一緒にお連れください」
出来るだけを連発したロードだけど、彼の『出来るだけ』がどのレベル感かが勝負の分かれ目になりそうだ。
「……そうですね、要所要所でちゃんと優しく致しますよ?女性はギャップに弱いと聞きますからね、覚悟して下さい」
ロードが優しく微笑む。そう、いつだって口調は辛辣なのに顔も笑顔もとっても優しいのがこのロードだ。今までだってギャップ凄かったけど、怖かっただけだ。……萌えない。萌えないと思うよ?
ただ、それは怖くていえなかった。
「ギャップなら俺の方がスゲーに決まってる!」
今度はリュー君が空中でくるんっと前転したかと思うと、一瞬で人の姿に様変わりした。リュー君は人の形もとれるのだ。
「ドラゴンの時は小さく愛らしく!人バージョンは長身イケメン!これ以上のギャップはねーだろ!」
ああもう、収集がつかないって、きっとこういう状態を言うんだと思う。