押し寄せる真実の波
ユリアンナからのいろんな意味で心臓に悪い手紙を読み終えてパーティー会場に戻れば、親父達が「おう、読んだか」と声をかけてくる。俺は複雑な気持ちでうなずいた。
「まあ、そういうわけだ。お前もこのパーティーからちゃんと色々な令嬢を見ておけよ、誰が将来の妻になるか分からないんだからな。ああそうだ、好みの娘がいるなら言えよ?場合によっちゃ正式に見合いの場を設ける事だって出来るんだからな」
「え、ちょ……待ってくれよ」
親父の言葉に混乱が深まる。今のその言い方、まさか、ユリアンナのこの手紙……。
「俺とユリアンナの婚約って」
「おや?ユリアンナちゃん、書いてなかったか?お前とユリアンナちゃんの婚約は無しだ」
「破棄って事か?」
「そもそも婚約してないからな……ってお前、まさか婚約してると思ってたのか。そりゃ婚約の話は出てたけどな、お前にその気がないのに無理矢理婚約者にしたってムダだろう?お前達が成人した時にどうするか正式に決めようって言ってたんだよ、な?」
ユリアンナの親父さんも、深くうなずく。
「その通りですわ」
「は、母上」
俺達3人が揃ったのを見て話の内容を察したらしい母上が、如才なく貴婦人達を笑顔でかわしながら話に加わってきた。
「ユリアンナちゃんにはうちのお嫁さんに来て欲しかったのに本当に残念だわ。リルったら見る目がないんですもの」
「あれは母を亡くしていますから、貴女を母のように慕っています。これからも可愛いがっていただけると助かるんですが」
「もちろんですわ。ユリアンナちゃんが落ち着いたら素敵な男性を紹介する事もできてよ。お詫びにうちのバカ息子より優しくて気のきく男性を身繕っておきますわ」
俺をかやの外にして、話はどんどん進んでいく。もはや完全に、俺とユリアンナは婚約者でもなんでもなく、互いに他の結婚相手を真剣に探す前提だ。
「落ち着く……か。いつになることやら」
苦笑いするユリアンナの親父さんを見て、母上は悲しそうに眉を下げた。
「ユリアンナちゃん、やっぱりまだかなり落ち込んでいるのかしら」
「まあ片想いの期間が長かったですからね、致し方ないでしょう。今日は目の腫れも少し減ってきたようですが」
「いやぁ、ユリアンナちゃんはそこからがまずいんじゃないか?」
「ああ、さすがに今回は近隣からモンスターがいなくなるかも知れない」
「ふふ、それくらい元気になってくれると安心ですけれど」
え、おいおいおい、今度はなんの話だよ!
「ユリアンナの元気にモンスターは関係ないだろ」
思わず内心のツッコミが口から漏れたとたん、親世代が3人揃って大きく首を横に振る。
「とんでもない!関係大有りだ」
「関係ないわけないでしょう」
「本当に凄まじいからね」
何故か勢い込んで口々に言われてしまった。
「これまではリルフィードが気にするといけないと思って言わなかったが、君の誕生日の後のユリアンナの落ち込み具合いときたら、本当に毎年凄まじいんだよ」
「そう、そんで気がすむまで泣いて泣いて、臨界点を超えたら突然憂さ晴らしにモンスター退治に行くんだよな」
「一日で相当数の戦果を上げるのですってね。やっぱり魔法の才がずば抜けているからかしら」
「私は去年ギルドの主から、あの時期のユリアンナは鬼神のような強さだと言われたよ。嫁入り前の娘だというのに、さすがにあの時は冒険者になることを承諾した事を後悔したものだ」
ちょ……っと待て。
「冒険者?ユリアンナが?本当に?」
今度は3人から一斉に呆れた目で見られた。
「何をいまさら。本当に知らなかったのか?」
「まあ、貴方は一体ユリアンナちゃんの何を見ていたのかしら」
「いやしかし、ユリアンナはリルフィードに話したように言っていたが」
いや、ユリアンナからそう言われた事はある。誕生日のプレゼントも「クエストのついでに自分で採ったものだ」と言っていた。ただ、俺が信じていなかったんだ。
「聞いてはいたんだ。でも、まさか貴族の令嬢が本当に冒険者になるだなんて、俺、信じられなくて」
「まあ酷い。ユリアンナちゃんはいつだってリルのために一生懸命でしたわ。女だてらに冒険者になったのだって、リルの言葉がきっかけだったと聞いているのに」
母上が、滅多に見せない厳しい顔で淡々と言葉をつなぐ。
「ユリアンナちゃんがうちにお嫁さんに来てくれないのは残念だけれど、これで良かったと実感しましたわ。あなたのように相手をしかと見ようともしない人と結婚してもユリアンナちゃんが悲しむだけですもの」
返す言葉もない。
「錬金術だの何だのと部屋に籠って怪しげな実験ばかりしているから、そんな事になるんですわ。あなたはもっと人と交わるべきです。折しも今日はあなたが主役のパーティーですもの、さあ行って沢山の人と話しておいでなさい」
こめかみに青筋を立てた母上に押しやられ、俺は項垂れたまま人々の波の中にのみこまれていった。