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贈り物の価値を知った日

本当に壮絶な闘いだった。


初っ端ユリアンナの超高位氷魔法が炸裂したかと思うと、後はまるで地獄の様相だった。巨大なサンドワームが身をよじる様は直視できないほど醜悪で、その巨体から降り注ぐ酸の雨は嫌な音を放ちながらあちらこちらを灼いていく。もうもうとあがる煙は視界を遮り、焦げたような臭いは酸を含んで耐え難い悪臭となって辺りに満ち満ちていた。


荒れ狂って乱ぐいの歯をガチガチと噛み鳴らし、奇声を発しながらサンドワームが巨体を振り回しているというのに、ドラゴンのリュー君はもちろんロードもユリアンナまでも、臆した様子は一切ない。


ユリアンナの服から、肌から、溶けた音が聞こえるのに。

生々しい灼け溶けた傷痕が次から次に出来ていくのに。


その度にちょっとしかめるだけで、治癒する素振りすら見せない。ユリアンナの目は真っ直ぐにあの醜悪なサンドワームを捉え、隙を狙っていた。


比べて、見ているだけなのに呼吸が浅くなり、冷や汗が出てくる俺の、なんと情けない事か。俺だけ守られた空間にいるというのに震えて足も立たない。深層の令嬢だと侮っていたユリアンナは、いったい何度こんな恐怖を乗り越えて来たんだろうか。


ガタガタと震えながら、俺は自分の浅薄さを呪った。




荒れ狂うばかりだったサンドワームの動きが、ふ、と止まる。


目すらないというのに、ヤツがハッキリとユリアンナを認識した事を、俺ですら肌で感じとった。



次の瞬間、これまでとは比較にならない速度で、サンドワームがユリアンナに襲いかかる。



俺は絶叫した。



なんて叫んだのか分からない。

腰が抜けていた筈なのに、いつの間にか立ち上がってユリアンナに向かって走っていた。俺なんか何の役にも立たないのに。


実際、透明な何かに弾き返されて、俺は後ろへ無様にひっくり返った。今思えばリュー君がはった結界なんだろうが、何も考えられずただ起き上がって泣きながら透明な壁を叩いた。



「今よ!」



サンドワームの上げる耳障りな叫びを切り裂いて、突然ユリアンナの凜とした声が響き渡る。


なんという事だ。

あの化け物が自分に向かって恐ろしい速度で迫ってきているというのに、ユリアンナはちっとも恐れちゃいなかった。囮になる事も辞さず、むしろ勝機を感じていたのだ。



へなへなと、俺はまた情けなく座り込んでしまった。



格が違う。



ユリアンナは、正しく俺が尊敬の念を持ったプロフェッショナルな冒険者だった。




俺が茫然と見守る中、闘いは終焉をむかえる。


「分かったかー?ユーリはこんなヤツを何十匹も倒してお前にサンドワームの涙を貢いだんだからなー」


ユリアンナときっと長く行動を共にしているのであろうリュー君の言葉が、ズシン、と重くのしかかる。あんな化け物を何十匹も。たった一匹倒すだけで、あんなに傷だらけでボロボロになるというのに。


俺は今になってやっと、今までユリアンナに貰ってきた贈り物の本当の価値を思い知ったのだった。



「あの、リル様……大丈夫ですか?」



「だっ……大丈夫じゃないのは君だろう!」



噛みつくように言ってしまってから、激しい後悔が襲う。


また、これだ。

ユリアンナはちっとも変わっちゃいない。

自分の方が辛い癖に。自分の方がボロボロな癖に。死んでしまうのかと思うほど酷い闘いだった癖に。


俺の事ばっかり気遣って、自分は傷だらけで笑うんだ。


そして俺も、これっぽっちも変わっちゃいない。さっき死ぬほど反省したのに、いたたまれない気持ちになるとすぐこれだ。感情の昂るままユリアンナに噛みついてどうする。


情けない。

本当に情けない。


これまでにない感情が溢れてきて、頭が真っ白になった。口から何か言葉が溢れたが、もう自分でも何を言ってるのか、何を言いたいのかもはや分からない。恥ずかしい事に、俺は涙すら止められなかった。



「そこまでです。うちの大切なお嬢様に抱きつくなどという不埒な真似は止めていただけませんか?」


「‼⁉」



ロードの冷たい声に我にかえる。


俺の腕の中には茹でダコのように真っ赤になったユリアンナが、気絶寸前でおさまっていた。慌てて両手を上に上げれば、ふらふらとおぼつかない足取りでユリアンナが腕から離れる。そのまま、その場にへたりこんでしまった。



「だ、大丈夫か?」


「誰のせいですか。いいから離れてください、早く回復しないと傷でも残ったらどうしてくれるんです」



苦虫を噛み潰したような顔で、ロードがユリアンナに話しかけている……が、ユリアンナは放心したように空を見つめたままだ。


「まったく……‼ユリアンナ様しか回復魔法は使えないというのに」


揺さぶられてもふにゃふにゃと揺れるだけのユリアンナを見て、漸く俺も頭が冷えてきた。懐から強力な傷薬を取り出し、ユリアンナの痛々しい傷口に塗り込んでいく。


フェニックスの尾羽を練り込んで傷薬の性能を極限まで高めた俺の自慢の一品だ。傷口は見る間にうっすらと消えてゆき、ツヤツヤの美しい肌が蘇っていく。


うん、期待通りの効果だな。



ロードの憎々しげな視線を受けながらも、ユリアンナの頬にある傷に薬を塗ろうといた時だ。


いきなり、ユリアンナの目が焦点を取り戻した。

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