謝りたい
かつて無い程食い下がった。
どう考えても、今を逃したらもうユリアンナと和解するチャンスがないように思えたからだ。
二連休明けの明日からはまた登校するわけだが、昨日のパーティーで既に一部の人間にはこの事態を打ち明けてしまっている。すぐに噂は広まるだろうし、そうなればユリアンナに話しかけたくても謝りたくても、傍に寄らせては貰えないだろう。
なんせユリアンナに対する態度がそもそも酷かった俺は、ユリアンナの友人達からすこぶる評判が悪いし、俺の悪友達ですら、ユリアンナを狙っている奴がいるくらいだ。
やっぱり今しかない。
それに、間があけばあくほど、俺自身さらにユリアンナに謝る勇気がどんどんしぼんでいく気がしたし。
「頼む、この通りだ」
頭を下げた。ロードという侍従は眉間の皺を深くし、ユリアンナは驚きのあまり、大きく口を明けて、はくはくと震えながら息を大きく吸い込んでいる。……そこまで驚かれると若干傷つくが、今までのユリアンナに対する態度を思えば仕方ないか。
「しょーがねーなー、ちょっとだけだぞ」
チビドラゴンが化けているらしい長身の男……たしかリュー君と呼ばれていた男が、やれやれ、といった風情で片目を瞑る。
「リュー君!」
「ありがとう」
目を輝かせたユリアンナと、俺の声がかぶった瞬間。
「って簡単に言うとでも思ったか、このバカチンが!」
俺の額に、ヤツの手刀が落ちてきた。
「きゃー!きゃー!リル様の大事な頭がぁ!何するのリュー君!」
ロードの後ろから凄い勢いで飛び出してきたユリアンナが、俺の頭をガシッと掴む。手刀を貰ったのも初めてなら、ユリアンナにこんなに乱暴に扱われたのも初めての俺は、あまりの事になす術なくポカンとしたまま。ユリアンナのなすがままだ。
ユリアンナは必死の形相で手刀を貰った部分をまじまじと見ては、さわさわと撫でてみたり、ふぅふぅと息を吹きかけたり、はっと気付いたように回復魔法をかけてみたりしている。
「バッカやろう!」
そんなユリアンナを俺から引き剥がしたのは、他でもないリュー君だ。
「テメーよくものうのうと言えるなーそういう事!これまでユーリがどんだけ泣いてきたと思ってんだ!簡単に『謝る』とか言って済ませられるレベルじゃねーからな!」
「リュー君、別に私は」
「ユーリは黙ってろ!俺がなんで逆鱗までくれてやったと思ってんだ!フツー竜を殺さねー限り絶対に手に入らねーレベルのお宝だぞ⁉それを与えてでも縁切らせてぇくらい、こいつにゃ腹立ててんだ!去年だってお前が命がけで、傷だらけになって見つけてきた宝物を、こいつ鼻先で笑ったんだぞ⁉お前の苦労なんか、これっぽっちも分かろうとしないで!」
さすがに返す言葉がない。言われている内容はまぎれもない事実で、彼が烈火のごとく怒るのは当たり前の事だ。今さら謝りたいなんてむしがよすぎるのも分かっている。
「……ああ、そーだ。いいこと思いついた」
突然、さっきまで怒り狂っていた声に楽しげな雰囲気が混ざる。不審に思って顔を上げたら、人ではない独特の瞳が俺を見つめていた。にやぁ、と、唇の端が吊り上がる。
怖い、と畏怖を感じた時には、その腕に抱き込まれていた。
襲いくる眩暈のような感覚に耐えきれず目を閉じたら、次に目を開けた時には全く見覚えのない風景の中に立っていて、いきなり砂嵐に襲われる。またもや目を開けていられない。
いったい何が起こったんだ?
「ちょ……駄竜!転移するならすると言ってくださいよ!」
てんい……?転移か!
「わりーわりー」
ロードがリュー君に詰め寄っているが、リュー君は楽しげに笑うばかりだ。
「誠意が小指の爪の先程も感じられない謝罪、ありがとうございます。ところで、なぜこんな所に?明らかに月光の湖ではないようですが」
「ここ……グランハイア砂漠だわ……」
茫然と、ユリアンナが呟く。
「どうして⁉リュー君、すぐに戻って!リル様もロードもいるのよ、危険過ぎるわ!」
「だからなんじゃん。ユーリがいつもどんな思いして、リルサマのために素材探してるのか、あいつに思い知らせてやる」
去年の誕生日プレゼント、確かここでゲットしただろ?そう言ってニカッと笑ったリュー君の後ろに、巨大なサンドワームが現れた。はるか上空にあるデカイ口には、乱ぐいの狂暴そうなギザギザの歯が並び、そこからしたたり落ちてくる唾液は強烈な酸だけあって、砂の上に落ちる度にジャワっと煙をたてている。
怖い。
へなへなと、その場に力なく座り込んだ。
情けない事に腰が抜けてしまったらしい。肝や酸は錬金で使った事があるが、生きてるサンドワームなんて図鑑でしか見た事がない。
こんなにも凶悪で巨大で、ただただ怖い存在だとは。
俺は早くも死を覚悟した。
「リュー君!サンドワームが!早く、早く転移して!二人も庇って戦うのは無理よぉ!」