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魔戒戦艦天照  作者: 松井康治
6/14

第六回 皇都

 7月16日

 

 皇都に赴く途上、悌二郎は駅で新聞を購入、道中それを次美と共に読んでいた。見出しには早々に「南大垣島に海賊来襲! 駐屯部隊と魔戒戦艦天照によって撃退!」と大きな見出しが踊っており悌二郎の顔写真も掲載されていた。他には「皇都浅草で大火事、老舗の寄席が焼失」「ネズミ講で荒稼ぎしていた悪徳業者逮捕」地方欄に目を移すと「鹿児島で庖国からの移民と地元民との間で殺人事件、犯人が警官隊と大立ち回り」との見出しが目に付いた。次美は不謹慎だがどれもそう珍しいことでは無いと大して気にも留めずにいたが悌二郎は妙な感じを禁じ得ずにいた。


挿絵(By みてみん)

 

 皇都に着いた2人はまず国防省に出向き、海軍参謀本部で小沢八三郎少将と面会した。悌二郎は小沢少将とは初めて会うが、その印象は「子供の頃は近所の悪ガキ共を束ねていた相当の悪ガキだったろう」であった。小沢少将は山口少将からの連絡もあり、2人を快く迎え入れた。


「おう! 遠くから良く来たな! 山口から話は聞いてるよ。それと南大垣島での働きも見事なモンだってな! 勲章モノじゃねぇか?!」

「有り難う御座います、乗組員が優秀なお陰です」

 悌二郎は形式的に答えた

「あははははは! 丁寧なのは嫌いじゃねぇが、もうちと砕けてくれると話しやすいな!」

 そんなやりとりの後、小沢少将に一通りの話をすると、それまでの押っ広げな態度からは想像も付かないほどの神妙な顔つきになった

「なるほどねぇ……杉坂の懸念も解るよ。頭の片隅にとどめておこう。良い意味で無駄に終われば良いけどな。ちょいとこれを見てくれ、どう思う?」

 小沢少将は悌二郎達を壁に掛けてある大きな地図に向けた。

「今回事件があった南大垣島はここだ、杉坂の懸念通りだとして、南大垣島を奪う目的は何だと思う?」

 悌二郎は少し考えを整理して答えた

「庖共和国はかねてから台南国を侵略しようと幾度となく兵を挙げていますが、台南国がわが皇国と安全保障条約を結んでいる関係上、毎回皇国との2方面作戦を強いられて敗退しています。その2方面作戦を回避するために、皇国の後方で攪乱作戦を行いたい、その拠点として南大垣島を使用しようとした」

「海上ゲリラ戦ですか!?」

次美が付け加えた

「人の行き来の少ない孤島、今回は失敗しましたが、駐屯部隊になりすませば気付かれずにしばらくの間暴れ回る事が出来ると思います」

「海上ゲリラ戦ってのは面白い例えだ、民間船を無差別に狙われたら護衛のための戦力をかなり裂かなけりゃならないからな」

 小沢少将が締めるともうひとつ訪ねた

「で、杉坂大佐、これからどうする?」

「情報収集に努めます、この後外務省に行きますが、その前にここで庖共和国について変わった情報はありませんか?」

「変わってるかどうかは分からねぇが、最新情報ならウチの連中がまとめてる。好きに見ていって良いぞ、俺から話を通しておく」

「有り難う御座います」

 早速参謀本部のスタッフから庖国の最新情報を提供され閲覧した。悌二郎が目に留めた情報は以下の点になる。


1・現在保有、戦力化している戦艦は1隻。

2・輸送船、揚陸艦を増産し、現在歩兵十数個師団を揚陸する能力を保有していると思われる。

3・戦車の揚陸能力は不明だが規模は小さいと思われる。

4・魔獣を実用化した可能性がある。


「魔獣ですか?!」

 次美が驚く。魔獣は召喚獣とは違い先史文明時に魔法科学を用いて人工的に作られたと思われる怪獣で、数十㎝の小型のモノから100メートルを超える大型のモノまで幅広く存在し、魔法使いがコントロールすることにより強力な兵器にもなり得る。

 だがその製造法、制御方法は僅かな文献を除きほとんど残されていないため、先史文明時に作られ野生化したものしか残っておらず、現在世界で大小18種類が確認されているのみである。各国で研究開発が行われているが、実用化した例は殆ど無く、実用化しても一代限りな上に短命で繁殖には到っていない。

「新造なのか野生のモノを制御できる方法を見つけたのかは分からないね」

 魔獣を使われた場合、対応できるのは天照だけである。悌二郎はその点が気がかりだった。そして壁に掛けてある地図に目をやりしばらく考えていた。

「艦長……?」

 次美が悌二郎の顔を心配そうにのぞき込む。

「外務省に行こうか」

 2人は小沢少将に礼を言って、その足で外務省に向かった。


 外務省で2人を出迎えたのは庖国担当部長大藪庄一だった。大藪とは悌二郎の中央勤務時代に何度も顔を合わせている事もあり、すんなりと話は進んだ。


 応接室に通され、お茶と一緒に出されて見せてもらった資料によると庖国の状況は、軍事費の増大で経済危機、北の国境紛争で穀倉地帯が打撃を受けていて食糧事情が悪化、度重なる台南侵攻失敗で指導部が危機に陥っている。台湾と講和を結ぼうにも指導部が失脚を恐れて踏み切れないでいる。


「良くこんな状況で軍備増強に進んでいられますね」

 次美があきれたような顔で言った。

「大陸では問題解決の手段を外部に求める事が多いからね」

 悌二郎が苦笑いにも似た顔で答えた。

「国内が困窮したら外国から奪う、ですか。理解しがたいですね」

「土地で作物を作り、土地が痩せて作れなくなったら余所の肥沃な土地に移れば良い。そうゆう生活を広大な土地で古来から続けてきたんだ。つまり自分のことは自分の所で解決しようという考え方があまり育たなかったんだね。島国みたいに土地が限られていて、その土地をどうにかしないと生き延びることが出来ない、って歴史だったらまた違ったんだろうけど」


「杉坂大佐どうです? 役に立つ情報はありましたか?」

 悌二郎がはたと思い出した。

「そう言えば大藪さんは鹿児島出身でしたね」

「ええ、そうですが?」

「鹿児島でこんな事件があったのはご存じですか?」

 悌二郎は駅で買った新聞の地方欄、鹿児島での庖国移民による殺人事件の記事を見せた。

「ああ、これ見ましたよ! びっくりして鹿児島の実家に電話しました! 母が最近は外国人が増えて何か怖いってこぼしてましたよ。九州の北側なら外国人をよく見るのは珍しくないんですが、鹿児島にもってのは珍しいですね」

 少し考えて悌二郎が訪ねる

「大藪さん、ここしばらくの新聞はありますか?」

「そうですね、ああ休憩所に今月分くらいは残ってるはずです。持ってきましょうか?」

「お願いします」

 大藪が出て行くと次美が不思議そうな顔で悌二郎に尋ねた。

「新聞がどうかしたんですか? それに鹿児島が何か?」

「うん、ちょっと気になってね。ちょっとイヤな想像が頭から離れないんだ、それを確認したい」

「イヤな想像と言いますと? まさか次は鹿児島が襲われるとでも?」

 悌二郎は少し遠い目をして答えた。

「そのまさかだよ」

 その答えを聞いて次美は目を丸くした。

事務員が冷めたお茶を替えて戻ると入れ替わるように大藪が戻ってきた。


 大藪が今月分の新聞を持ってくると悌二郎は片っ端から地方欄を開いて目を通す。その結果は悌二郎のイヤな想像を補強するのには充分だった。他の地域に比べて鹿児島では外国人犯罪の報道が目立っていた。殺人、窃盗、不法滞在。一方で悌二郎は違和感も感じていた。

「秘密裏に鹿児島を襲うつもりの潜入工作なら、少なくとも今は目立つような真似は避ける筈なんだけどな」

「私もそう思います、でも新聞報道だけでもこれだけ目立って多いのも妙です」

 ふたりが考え込んでいると大藪が飛び込んできた。

「杉坂大佐、庖国海軍が7月末から8月にかけて東シナ海で大規模演習を行うと発表しました!」

 悌二郎達は国防省に向かった。


 国防省参謀本部ではこの大規模演習に関する情報収集、分析で蜂の巣を突いたような喧噪に包まれていた。すぐにでも話を聞きたいところだが悌二郎達はここでは部外者なので、ひとまず落ち着くまで見守りつつ、聞こえてくる話から情報を拾い集めていた。

「おう、杉坂! ちょうど良かった、お前さんにも話があるんだ」

 小沢少将が悌二郎達を見つけ駆け寄って来る、悌二郎達は敬礼で向かえた。

「小沢少将、出撃準備命令が出されたようですね」

 悌二郎が聞こえた情報から推定する。

「地獄耳だねぇ、呉、佐世保の第一、第二艦隊に出動準備命令が出た。その他の艦隊にも集結準備命令が出てる」

「庖の規模は?」

「今入っている情報だと戦艦1,巡洋艦4,駆逐艦15,揚陸艦3、輸送船20から30、かなりの規模だな。演習って言ってるが洋上演習で揚陸艦や輸送船なんぞいらんから、どこかに揚陸しようってハラだな。ウチ等じゃ大隈諸島のどれかに来るって読んでる」

「宣戦布告は無いんですか?」

 次美が確認する。

「今の所何も無いな。『元々の領土を取り戻す、これは内政問題である』ってな感じの毎度の主張で押し通すだろうな。一応大使館を通して抗議はするだろうが、のれんに腕押しだろうよ」

「狙いが大隈諸島だとした理由を聞かせてくれませんか?」

 悌二郎が小沢に尋ねた。

「庖のひとつの最終的な狙いは台南の奪取、そのための前段階として安全保障体制を結んでいる我が国と台南を分断したい、そのために大隈諸島を押さえ、拠点化するってのがウチ等の分析だ」

「天照の出動は?」

「天照には今回特に何も出ないはずだ、てかウチじゃ天照に今回みたいな出撃命令は出せねぇよ」

 皇国軍の中において魔物対策課は事実上の独立組織として存在しており、直接作戦命令を出せるのは宮内省内のさらに上位組織である。だが運用は軍に委託されており、先の南大垣島の件の様に聯合艦隊司令部から指示が出されることもある。

「では天照は別途指示が無い限り独自に動くことにします」

 小沢少将は悌二郎のその言葉に何か含むところを感じ取った。

「杉坂、なんかあったら遠慮無く声を掛けてくれよな」

「はい、もちろんです」

 悌二郎と次美は参謀本部を後にした。


 国防省の玄関ホールで2人は聞き覚えのある声に呼び止められた。

「杉坂大佐!」

 渡辺大尉だった。幸福を四角い顔満面に浮かべていて今にもスキップし始めそうだった。

「渡辺大尉はすぐに南大垣島へ?」

「はい、早く皆に知らせたいこともあるので」

「知らせること? 差し支えなければ聞かせてもらえませんか?」

「此度の件で、勲二等をもらえることになりました! 隊の皆にも善行章が授与されます!」

 渡辺大尉はもったいぶること無く答えた。

「「それはおめでとう御座います!」」

 悌二郎、次美共にほぼ同時に祝福した。

「有り難う御座います! でもこれは天照のお陰です」

「いえいえ、駐屯部隊が粘り強く持ち堪えたからこそです。僕たちはすこし手を貸しただけです」

「杉坂大佐もすぐに横須賀に戻られるのでありますか?」

「いえ、少し用事があるので数日皇都に滞在します」

「また新たな任務でありますか? なにやら庖が大規模演習を我が国の近海で行うという話も聞きましたが」

「いえ、天照はこの件では直接指令は受けていません、通常の哨戒に就きます。鹿児島の近海辺りを回ってみるつもりです」

「鹿児島ですか、それでしたら私と同期の牛島充が国分駐屯地の連隊長をやっとります。鹿児島に上陸することがありましたら立ち寄ってみて下さい」

「そうですか、是非寄ってみたいと思います」


 渡辺大尉と別れると次美が悌二郎を見て聞いてきた

「艦長、鹿児島に上陸するおつもりですか?」

「うん、やっぱり現地調査は欠かせないでしょ」

 悌二郎は次美を見ないで遠くを見るような目で答えた。

 目線の先には夕闇が広がっていた。



 皇都ホテル銀座荘


「ようこそ杉坂様」

 ホテルのフロントで挨拶される、次美が驚く。悌二郎は慣れた感じで答える。

「久し振りに厄介になります」


 ‘皇都ホテル銀座荘’皇都中央駅近くの高級繁華街の銀座から少し路地を奥に入った所にひっそりとたつ宿泊施設。豪華さは無いが立派な瓦屋根の上品で落ち着いた雰囲気の宿である。


「急ですがとりあえず二泊で二部屋お願い出来ますか?」

「はい、ちょうど空きが御座います、少々お待ちを」

 二部屋と聞いて次美はホッとしたようなガッカリしたような複雑な心境だった。

「艦長、ここの常連なんですか?」

「常連という程じゃ無いけど外事がらみで時々厄介になってたんだ」

「いったい何やってたんですか?」

 悌二郎は微笑んで答えた

「機密です」



 銀座荘 牡丹の間(次美の部屋)


「真水が遠慮無く使えるって良いわね~」

 次美は部屋で熱めの風呂につかって背筋を伸ばす。海軍艦艇では真水は貴重なので、風呂は海水風呂、身体を洗うのも海水、最後に僅かな真水のお湯で身体を流すだけである。風呂もシャワーも何もかも塩気が無いのは久し振りのことだった。


挿絵(By みてみん)


「艦長は皇都勤務時代は毎日こんなだったんだろうけど、天照に着任してからは慣れない環境で大変なのかしら?」

 少し気になって風呂から上がり、悌二郎の部屋を尋ねようと浴衣に着替えて髪が乾ききってもいない状態でドアノブに手を掛けてハタと気付く。

「(こんな夜更けに風呂上がりで尋ねて変に思われないかしら?)」

 色っぽい妄想が次美の頭の中を激しく駆け回り、どんどん顔が紅潮していく。

「(ぎゃーっ、なんでよ! 艦長を補佐する副艦長としての責務よ! 余計なこと考えなくて良いのよ!!)」


 胸を押さえて高鳴った鼓動が収まるのを待ってドアノブを回して廊下に出る。すると悌二郎の部屋の前に男性がひとり立っていた。

「もし? 杉坂大佐に何かご用ですか?」

 次美が声を掛けると男は殺気を放って次美に駆け寄った。

「何者だ貴様ァ!!」

 次美が声を荒げる。男の手にはナイフが光っている。そのナイフが次美に襲いかかる。すんでの所でかわして男を取り押さえにかかるが素手の女手ではいかんせん難しい話でなかなか上手く行かない。騒ぎを聞きつけて悌二郎が部屋から飛び出して来た。男は殺意を悌二郎に振り向け襲いかかる。振り下ろされるナイフを悌二郎はスルリとかわし、流れるような見事な手際で瞬時に取り押さえる。

「次美さん大丈夫? 怪我はない?」

 次美はあまりの手際の良さに呆然としてたが悌二郎に話しかけられて我に返る。

「は、はい!」


 男は間もなく駆けつけた警察に引き渡された。



 銀座荘 菖蒲の間(悌二郎の部屋)


「いったい、何なんでしょうか?」

「判らないけど、僕に用があったのは確かなようだね」

 警察からの事情聴取を終え、銀座荘側からの謝罪をうけてからふたりは番茶をすすりながら話し合っていた。寝る前なのでカフェインの少ない番茶をあえて選んだ。

「暗殺未遂です! 皇都勤めの頃はこんな任務に就いていたのですか?」

 カフェインの少ない番茶を飲んでも次美はまだ興奮冷めやらぬ様子だった。

「いやいやまさか、こんな事は初めてだよ」

「何か思い当たることはありませんか?」

「庖国がらみかな……?」

「先の海賊船の? 艦長が庖国の工作を疑っているのを知っている人物というと、参謀本部の小沢少将と外務省の大藪さんですか?」

「う~ん、ふたりともスパイには見えないけどな……」

 天井を見上げ、視線を手元の湯飲みに落としてふと思い出す。

「あ、外務省でお茶を持ってきてくれた彼女もそうかも」

「あ、そう言えばそうですね。私たちの会話を聞いているかも知れません。どうします?」

「考えたくないけど小沢少将や大藪さんの疑いが消えたわけじゃ無いので当面はほっとこう」

「放置するんですか?」

「今はね、どうやら召喚獣退治から始まった今回の騒動はまだまだ先がありそうなんで、ひと通り片付くまで置いておこう。ところで副長」

「はい?」

「眠れそうに無いならお酒を少しどうかな?」

 まだ少し落ち着かない感じの次美を見ての提案である。経験豊富な軍人と言っても如何せん海軍士官、人間と直接渡り合うことはお世辞にも経験豊富とは言えない。少し考えて次美が了承した。

「上官に言うのも何ですが、独り酒は寂しいのでお付き合いしていただけますか?」

「もちろん」

 悌二郎も笑って了承する。二人が各々の寝床に入る頃には午前2時をまわっていた。



 7月17日


 一夜明けて悌二郎と次美は二日酔いの頭を抱えながら皇都でさらなる情報収集を行った。国防省のみならず新聞社、雑誌社等をまわり、新たな情報は無いかと歩き回ったがめぼしい情報は得られなかった。

 日が暮れてふたりが銀座荘に戻るとフロントから手紙を一通渡された。差出人は“陸軍少佐徳田新三郎”とあった。それを見て悌二郎が頭を抱える。それを見て次美が心配そうに声を掛ける。

「艦長、お知り合いですか?」

「ああ、まぁ、ちょっとね……」



 銀座2丁目地下 BAR「エイプリル」


 狭い階段を降りて店内に足を踏み入れる。人影まばらな店内、悌二郎と次美が訪れると奥の座席からひとりの背広姿の男が手招きしていた。

「お久しぶりです杉坂-今は大佐でしたか、銀座荘では大活躍でしたね」

「相変わらずの地獄耳ですね」

 悌二郎は疲れたような顔で答えた。銀座荘での一件は報道発表されていない。

 徳田は次美に向き直って挨拶する。

「初めまして井上中佐、陸軍情報部の徳田です」

「あ、こちらこそ戦艦天照副長の井上です」

 次美は戸惑いつつも形式的に挨拶する。

「それで、わざわざ呼び出して何です? 下らない与太話だったら承知しませんよ」

 悌二郎が徳田に切り出した。

「まぁそんな怖そうな顔をしなさんで下さいな、庖国の魔獣に関する情報です。不確定ですけどね」

「魔獣!?」

 次美が食いついた、悌二郎が落ち着けと言わんばかりに制する。

「具体的には?」

「上海郊外にある庖国軍の魔獣研究開発施設でしてね、そこに先月搬入された物資の明細です」

 徳田が十数枚の書類を見せる。次美は庖国語を読めないので悌二郎が翻訳する。

「石灰石20トン、ゼラチン50トン、硫黄5トン、燐1トン……」

 10分ほど掛けて次美に読み聞かせた。終わる頃には次美の額に冷や汗が流れていた。

「艦長、これらを使って人工魔獣、もしくは合成魔獣を作ったとなると、かなりの大型か多数の魔獣になります」


 合成魔獣とは複数の野生魔獣、もしくは召喚獣などを魔法で合成して製造する魔獣である。人工魔獣は魔獣や召喚獣などを使わずに魔法科学などを用いて1から製造する魔獣である。技術的には前者の方が容易であるが、いずれにしても魔法のみならず多量の物資を必要とする。

「副長、魔獣の規模をもう少し具体的に出せないかな?」

「残念ながら無理です、この情報で分かるのはこの程度が限度です」

「そうか、有り難う」

「僕には?」

 徳田がニッコリ笑っていた。悌二郎はやれやれといった顔で返す。

「助かりましたよ、有り難う」

「どういたしまして」

 次美は不思議そうな顔で悌二郎を見ていた。



 BARエイプリルを出て銀座荘へと向かう道中、次美はおそるおそる悌二郎に尋ねた。

「あのう艦長、徳田さんと以前に何かあったのですか?」

 悌二郎はしばし沈黙してから答えた。

「副長には思いっきり話したい気分なんですが、機密事項に抵触する部分もあるので言えません」

「そうですか……」

 次美は少し残念そうだった。

「副長」

「はい?」

「連夜で悪いですが、今夜一杯付き合って下さい」

「昨夜は私が付き合ってもらったんです、私でよろしければ!」

 今度は嬉しそうだった。点滅するネオンサインが二人を照らしていた。



 翌日、二人は皇都から横須賀へと発った。

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