第五回 南大垣島から皇都へ
南大垣島の玄関口、南大垣港。小さめの港で、3万トンを超える巨体の天照は接岸できないので沖に錨を降ろして停泊、悌二郎は下ろした内火艇に乗り込んで港に向かっていた。港では駐屯部隊司令官、大柄で四角い顔の渡辺啓治大尉と副官の寺内洋司中尉達が待っていた。彼らは近づいてくる内火艇越しに沖の天照を見ていた。
「あれが魔戒戦艦天照ですか、初めて見ます」
「俺もだ」
2人は噂に名高い天照を初めて見て感嘆の声を上げていた。
「対魔、対霊、対怪獣など、通常兵器では対処できない相手を専門にする特殊戦艦だ」
「妖怪退治の一門、鬼狩り士みたいですね」
「鬼狩り士か、聞いたことはあるが是非お目にかかってみたいものだな」
内火艇が港の桟橋に着岸するなり乗員が手際よく舫いを掛け、内火艇を固定する。内火艇から悌二郎が従兵と共に桟橋に渡ってくるなり2人は驚きの声を上げた。
「人員も特殊みたいですね」
「ああ、あんなに若い艦長さんとはな」
2人は悌二郎に敬礼した、悌二郎も返礼し、手を下ろすと笑顔で口を開いた。
「天照艦長杉坂です、良く持ちこたえてくれました。お陰で間に合いました!」
天照の艦橋から副長の井上次美、航海長大野竹二、霊探長マーサ・レパルスが港に着いた悌二郎を眺めていた。大野が次美に訪ねる。
「さて副長、新艦長の仕事具合はどうでしたかな?」
「若すぎて不安でしたが杞憂で済みました」
「こんな逸材だとは思わなかったわね」
マーサが一言加えた、次美とマーサは海軍兵学校の同期で、階級こそ次美の方が一つ上だが普段は友人としてため口で話している。
「ええ、面白くなりそうです!」
次美の顔には冒険を前に胸を膨らます子供のような笑みが浮かんでいた。
悌二郎と従兵は渡辺大尉等に連れられて陸軍駐屯地に案内された。何があったのかを出来るだけ調べて明らかにするためであった。駐屯地で一通りの説明を受けた後、悌二郎が質問する。
「上陸部隊の持ち物からは彼らの身分などを明らかにするモノは何一つ見つからなかったと言う事ですか?」
「はい、まったく。使っていた銃も庖共和国で大量生産されて周辺国に大量に流れている物なので装備からも追えません」
「銃の製造番号から追えませんか?」
「それが削り取られておりました」
悌二郎が少し考えて口を開く。
「それってかえって変じゃありませんか?」
説明していた寺内中尉と渡辺大尉がはたと気付いた。大尉が先に答える。
「確かに、大量にばらまかれているのにここまでやる必要は本来無いはずです。徹底的な秘密管理がなされていると言う事の状況証拠かも知れません」
「他の持ち物からも全く追えないというのも不自然ですね、ただの海賊がここまで痕跡を残さないほど隠蔽工作が出来るとは思えませんしする必要もありません」
「杉坂大佐、そちらで回収した物で何かありましたか?」
「いえ、残念ながら。自爆前にわざわざ証拠物件を投棄しているくらい徹底していました」
渡辺大尉が悌二郎にあらためて向いて訪ねる。
「杉坂大佐、もしかして大佐は彼奴らがただの海賊では無いと」
「はい、憶測の域は出ませんがそう考えていました。これで確信を得ましたが、やはり裏付ける証拠は何も無いことには変わりません」
寺内中尉が思い出した
「そう言えば先週くらいだったか駐在さんが『見ない顔を見かけた』という島民の話をしていましたがもしかして偵察員だったのかも」
悌二郎が同意する
「多分そうでしょう、これは想像以上に大きい事件なのかも知れません」
通信員が渡辺大尉の元に司令部からの電文を手渡した。それに目を通して悌二郎に向き直った。
「杉坂大佐、私はこの件の報告書をまとめて中央に帰朝せねばなりません」
「僕も同様です。よろしければ天照に乗って一緒に行きませんか?」
「おお! 有り難い! お言葉に甘えさせていただきます」
翌日、報告書を携えた渡辺大尉を客人に向かえ、天照は母港横須賀基地に向けて出港した。途中、給油艦による燃料補給を受け、南大垣島を発ってから2日後に天照の母港横須賀基地に到着した。
横須賀基地で渡辺大尉は国防省からの向かえと合流し、皇都の国防省に向かう。ここで悌二郎と別れることになった。最後に感謝の言葉を残し、南大垣島を粘り強く守り抜いた英雄は皇都に発った。
7月15日 横須賀鎮守府
横須賀基地横須賀鎮守府庁舎の一室、「魔物対策部横須賀分室」と札が掛けられた部屋で悌二郎は次美と共に魔物対策部長山口 存少将に今回の事件の報告を行っていた。報告書を読み、一通りの説明を受けて山口少将が悌二郎に尋ねる。
「杉坂大佐、君はこの事件が単なる海賊の仕業だとは考えていないのかね? 確証はあるのか?」
「はい、確証はありますが、物証はありません。その確証が事実だったとしても、今後どういう事態に進展するか判りませんし、もしかしたら今回の事件で事態が収束するかも知れません」
「わからんことだらけか……」
山口少将も悌二郎の言わんとしていることは理解出来るが、この状況では軍としては何も出来ないことも理解していた。しばらく考えて山口少将は悌二郎に提案する。
「杉坂、まずは中央、国防省に行って小沢少将にこの事を話してみてくれ。俺が直接話しても良いが、現場にいたお前の言の方が説得力があるだろう。アポは俺が通しておく。必要ならその後は独自に情報収集をしてくれ、中央ならお前の知り合いも多いしな」
小沢八三郎少将は海軍参謀本部長で海軍全体の作戦立案などに関わっている。各方面へのパイプも太く、協力体制を築く上での調整役としても優れており、天照が活動する際にも一言入れておいて余計な衝突を避けるための調整をしてくれていたりもする。
悌二郎は中央でのキャリアが水上勤務よりも長く、知人も多く、優秀な仕事ぶりだった事から信頼が厚い。
「解りました、情報収集に努めます。副長、同行して下さい」
「艦の方はよろしいのですか?」
次美が確認をする、現在天照は入渠して補修、整備作業中ではあるが艦長、副長がいない状態は好ましくない。
「鶴岡中佐に任せましょう」
戦艦のような大型艦では副艦長は最低2人いる。副艦長は艦長の補佐として仕事が多量にあるが、戦艦ほどの船となるとそれがあまりにも膨大になるため2人、もしくはそれ以上いるのが普通である。天照のもう1人の副艦長鶴岡信道中佐は司令塔に居ることが多い。司令塔は操舵を始め艦の船としての操作をする場所で、戦艦主砲の直撃を受けても耐えられる強固な装甲に守られている。万が一艦橋に被弾して艦長以下幹部が全滅しても船としての機能を維持するための重要な場所である。で、杉坂悌二郎艦長と井上次美副長が不在の場合は自ずと鶴岡信道副長が天照の業務の責任者となる。
悌二郎と次美は一旦天照に戻り、鶴岡副長以下幹部に事情を説明し、翌朝鉄道で皇都に向かった。