第四回 攻撃
翌早朝、朝もやのかかる南大垣島の西砂浜に海賊船からボートが次々と乗り上げてきた。
乗ってきた総勢は120人ほど、先日までの戦闘ですでに30人程戦死していた。それに小型の召喚獣も数体加わる、小型と言ってもその背丈は人間の2倍はあろうかという巨体である。両腕は巨大な鎌のようになっていて、これを振り下ろされたら人間なんて一気に真っ二つにされてしまう。先だって使っていた召喚獣より強力で、機関銃程度で怯むことは無い。
魔術師の魔力はだいぶ回復していた。
黒服の士官が確認する
「準備は良いか、良し行け!」
上陸した全員がゾロゾロと島の外周を回る道路に向かっていった。
駐留部隊は防衛戦を引いて待ち構えているはず、そこまでは何も抵抗は無い。誰もがそう思っていた。道路に入り数百メートルほど前進した所でその考えは打ち砕かれた。道路の右側から閃光が走ったかと思うと召喚獣に着弾、召喚獣が倒され、消滅していった。
「こ、攻撃だと!?」
「召喚獣がやられている!」
「どうなってるんだ?!」
上陸部隊はパニックに陥った
「突撃ーっ!」
道路の両側から駐留部隊と天照陸戦隊の混合部隊が突撃してきた。天照陸戦隊の銃にはケーブルが繋がれ、そのケーブルは背中に背負った装備につながれていた。これは対魔用装備の一つで、この装備を付けた銃から放たれた銃弾には召喚獣などを退治する能力が付与される。これは銃剣にも言えることである。すなわち天照陸戦隊は召喚獣をはじめ、亡霊や魔物相手でも戦うことができる。
天照艦橋に陸戦隊からの通信が伝えられる。
「陸戦隊より入電、『われ上陸部隊と交戦、召喚獣を始め敵を駆逐しつつアリ』」
次美が満足そうな顔で言う
「良いタイミングですね」
杉坂が答える
「僕たちも行こうか!」
「はい!」
天照が不明船に向かって前進していた。
「北方に船影、戦艦です!」
不明船が水平線上に戦艦を発見した。
「戦艦? 馬鹿な! 艦種を特定しろ! 離岸する、抜錨、機関始動!」
船長が指示を出す。観測員が信じがたいという声を発する。
「あ、あれは…」
不明船の視界にその戦艦が姿を現す。観測員がその特徴から艦種を特定した。
「魔戒戦艦、天照!」
船長が驚愕の声を上げた
「この短期間であれだけの大型召喚獣を退治したのか! 信じられん!!」
天照はモールス発光信号で海賊船に通信を行った、艦橋からチカチカとライトが発光する。
「天照より通信、『われ皇国海軍天照、速やかに停船し武装解除せよ』」
黒い士官服の男が叫んだ。
「船長、天照を攻撃しろ!」
「無理だ! 高射砲一門しか無いんだぞ、しかも昨日の爆撃で破壊されている!」
「魔術師、大型召喚獣を出すんだ!」
魔術師が絶望にも似た表情で覚悟を決めた。
「無茶言いやがるが、やるしかないか……」
魔術師が杖を天高くかかげ、呪文を唱え始めるとると、不明船の前方に巨大な魔方陣が出現し、赤紫の光を放ち始めた。
その魔法反応を天照の霊探所は逃さなかった、観測値を見てマーサ・レパルスは「やっぱり」と言いたげな声を上げた。
「来た来た」
マーサは速やかに艦橋に報告を上げる。
「霊探所より艦橋へ、魔法反応増大中、大型召喚獣を召喚する模様です」
それを聞いた杉坂の顔は覚悟を決めた様に見えた。出来れば平和的解決を望んでいたが、それは叶わなかった。
「しょうがない、始めましょう。副長!」
次美が元気に答える。「はい!」
立てに起った魔方陣から大型召喚獣が出現した。全長は50メートルはあろうかという大物である。一目散に天照に突進する。天照まで僅か5千メートルの距離である。
「召喚獣ホンキュラペグスのD型ですね、1400℃ほどの魔炎を吐きます。それほど高温の部類ではありませんが射程がやや長くて4000メートルほど飛ばします」
次美が召喚獣を分析する。
巨大な召喚獣を前にしても杉坂は冷静だった
「ちょっと近づきすぎたか、霊障防壁展開!」
天照艦首側、艦尾側の装甲扉が開かれ、中から大型のレンズを持った機械が出現し、光を放ち始める。魔炎の射程に入った召喚獣が巨大な魔炎を放ち、それが天照を襲うが50メートル程の所でその魔炎が力なく拡散し、消滅した。召喚獣の攻撃が無力化された光景は不明船の面々にはあまりにもショッキングな光景だった。
「な、何だ?!」
「何が起こったんだ?!」
霊障防壁は人工的に発生させた一種の結界である。魔法使いも同様のモノを展開できるが、天照のそれは規模、出力共に桁違いで、これに匹敵する魔法使いはもはや歴史と伝説の中にしかいない。ほぼ全ての魔法攻撃や霊障を防ぐことが出来る。問題点として、これを展開させておくと霊探所が霊障、魔法反応を受信することが出来なくなるのと、連続使用に時間制限があるということである。使用の仕方によって異なるが、最大で連続15分程度しか展開させ続けられない。また、通常の火炎に対しては防御力を持たない。召喚獣が吐いた火炎は「魔炎」と呼ばれている。千度以上になる炎を生物が物理的に発生、保持することは不可能なので、魔法力によって発生保持させている魔法の炎であるが故霊障防壁で防御することが出来る。
砲術長から報告が入る
「主砲撃ち方準備よろし」
それを聞いた杉下が下令する
「撃ちぃ方始め!」
轟音と爆炎と共に撃ち出された36.5㎝破魔砲弾8発は全弾召喚獣に命中した。5千メートルは陸戦では長距離だが、1万メートル以上離れた相手と撃ち合うために作られた戦艦の戦闘距離としては至近距離になるため、砲弾の命中率は極めて高い。
命中弾を受けた召喚獣はあっけなく崩れて消滅した。
消滅していく大型召喚獣を見て不明船の乗員達は絶句していた。その光景を誰よりも信じられないという目で見ていたのは召喚主の魔術師だった。
「たった、たった一撃で……」
黒服の士官が苦悶の表情を浮かべながら船長に指示を出す。
「やむを得ん、船長」
「…わかった」
船長が腰の拳銃に手をかけた。2発の乾いた銃声が響きしめった音を立てて魔術師が倒れた、その下には鮮血が広がっていく。
「海賊船に動きがあります!」
不明船を監視していた天照の観測員が叫んだ。
「何かを投棄しています」
不明船の船員達が船尾から何かを海に捨てていた。
それを聞いた次美が不思議がる
「何を?」
杉坂がはっと気付く。
「しまった! 証拠隠滅か!!」
「あっ、海賊船が!」
観測員が不明船の動きに気付いた、だがそれは動きでは無かった、爆発したのだ。船体がその形をほとんど残さないほどの大爆発、文字通り木っ端微塵になり、数秒後に爆発の衝撃波が天照を微震させた。
ちょうどその時、通信員が艦橋に入ってきた。
「陸戦隊より入電、敵上陸部隊を殲滅したとのことです」
その報告を聞いて杉下が重く口を開く。
「カッターを下ろして海賊船の生存者の捜索と救助を」
「諒解!」
もはや生存者を含め、不明船の正体を明らかにするための証拠はあまり期待できない。杉坂の憶測は憶測のまま終わることになりそうだった。