第二回 孤島へ急行されたし
翌朝、昼間艦橋でここまでの戦果を確認する。
副長の次美が戦果を読み上げた。
「これでこの海域で目撃された召喚獣は全て退治出来たはずです」
「念のためにもうしばらく哨戒を続けよう」
杉坂はまだ全てが終わったとは限らないと考えていた。
この海域は良い漁場で、ひと月程前から操業中の漁船から大型の召喚獣の目撃報告が入るようになり、襲われて沈められる漁船も出たため、天照に出撃の命令が出ていた。
召喚獣とは先史超文明と呼ばれている時代に確立されたと言われる魔法技術を用いて異世界から召喚した怪獣である。一般に魔法などで生成されたモノには通常兵器があまり通用しないため、退治するためには天照のような特殊な装備と武装が必要になる。
航海長の大野竹二少佐が海図を見ながら怪訝な顔をする。大野は天照幹部で数少ない妻帯者であり、長身でがっしりとした体型のハンサムな青年である。
「これだけの召喚獣が集中していたのは例がありません、召喚主がこの近辺に居ないというのも妙ですね」
「これだけの召喚獣を召喚したらかなりの魔法力を使ったはず、しかもその召喚獣を放置、勿体ないにも程があるね」
杉坂も同調した。
「召喚主に何かあったんでしょうか? 召喚したは良いけど召喚主が死亡とか魔法力が尽きたとか」
次美が意見を述べると杉坂もその可能性を認めた。そして杉坂も自身の考えを述べる
「あと、考えすぎかも知れないけど、何らかの意図があってわざと召喚獣を放置した…… とか」
現在ある情報ではどれも憶測の域を出なかった。今はただあらゆる可能性を考慮して対応策を検討する以外に無い。
「失礼します! 艦長、司令部より暗号文です」
通信室から通信員が司令部からの暗号電文を持参してきた。
「ご苦労さま」
杉坂は持参してきた電文を受け取って通信員を返した。
暗号文を解読して少し難しい顔をしているのを大野が感じ取った。
「司令部からなんと?」
ひと呼吸おいて杉坂が口を開く。
「南大垣島が何者かの襲撃に遭い、駐屯部隊と交戦中だそうです。しかも火器が通用しない怪獣がいるとの報告です」
次美が驚く
「それってまさか召喚獣!?」
「艦長の『考えすぎ』が当たってしまいましたかな?」
杉坂から電文を受け取った大野が興味深げに電文を見る
「そうかも知れない、この海域はまだ気になりますが急いで南大垣島に向かいましょう」
杉坂の顔に不安と戦意が混ざった複雑な表情が浮かんできていた。
大野航海長が素早く該当海域の海図を広げて進路を設定する。それを見ていた次美が天照搭載機の作戦行動半径に収まることに気付いた。
「艦長、偵察機を出しましょう。作戦行動範囲内です」
「そうしよう、爆弾を搭載していける? 支援攻撃が出来ないかな?」
「行けると思います、飛行科に確認してみます」
天照には航空機が4機搭載されている。600馬力の水冷エンジンを搭載した3人乗りの複葉機“九四式水上偵察機”やや旧式の機体だが、それでも搭載4機というのは戦艦としてはかなり多めの搭載数である。単独で行動することが多い天照にとっては貴重で重要な補助戦力となっている。
九四式水上偵察機、略して九四水偵は五〇キロ爆弾2発を搭載し、天照中央部の格納庫からエレベーターで航空機作業甲板まで揚げられ、レール上を作業員の人力でカタパルトまで運ばれる。
天照の両舷に設置されているカタパルトにセットされた九四水偵2機が、射出されて南大垣島に飛んでいった。
杉坂が通信員を呼んで暗号文の作成を指示する。
「南大垣島駐屯部隊へ通信『われ戦艦天照、南大垣島救援に向かう。戦況を報告されたし』」
「はっ!」
通信文を書き終えた通信員が敬礼して通信室へ向かった
天照より南西約900㎞ 南大垣島
陸軍南大垣島駐屯部隊司令部
通信員が天照からの通信を受信した。
「指令! 入電、天照からです!」
「天照が来てくれるのか!」
駐屯部隊司令官渡辺啓治大尉をはじめ司令部が沸き返った。
天照は怪獣退治などで内外で名をはせており、救援に来るとなるとどこも喜びで沸き返る。ましてや南大垣島は本土から遠く離れた南端近くに位置する絶海の孤島、駐屯部隊も僅か一個中隊規模なのでこういった救援は大きな救いである。
駐屯部隊はすぐに天照へ返電した、その返電を受信した天照はそれを速やかに艦橋に送った。
天照 戦闘艦橋
「南大垣島駐屯部隊より入電『敵の数、150から200と推定。 村を包囲中。 装備は小銃を使用、弾丸がなかなか効かぬモノが若干居るとの報告あり。 島民は本隊の駐屯地に非難、、保護』」
通信員が南大垣島駐屯部隊からの返電を読み上げた。
「島民が無事なようで何よりです」
大野航海長が安堵の声を漏らす。だが杉坂の表情は冷静を装うも険しい。
「にしてもかなりの大人数ですね、やはりただの海賊の類いでは無さそうです」
「東南アジアの小国で、島ひとつが海賊に乗っ取られて拠点にされているという話はありますが、我が国の領海でこのようなことが起こるとは驚きです」
「敵の手際の悪さが気になりますね」
次美が疑問を挟む。
「そうだね、銃が効かない戦車のような代物がいるのに防衛戦を破れていない、こっちにとっては好都合だけど」
海賊の出自は多くが元漁民だったり、元水兵だったりと様々だが、軍人のように継続的に戦闘訓練を行っているわけではないので、たとえそれなりの装備を持っていても練度は大きく劣る。だが悌二郎は微妙な違和感を感じていた。それを察した大野航海長が口を開く。
「先の召喚獣が陽動だったとしたら、その所為で魔法力を消耗している所為では?」
「そうかも知れない、だとすると魔法力が回復する前に叩かないと面倒なことになるかも知れません」
不安を吐露しつつ、悌二郎の頭の中ではいろんな疑問が渦巻いていた。南の外れの孤島に海賊がどこから来て、なぜ攻め込んだのか? 召喚獣は? 陸軍に劣らないほどの武装の出所は? 等の理由をある一点を除き想像することが出来ない。その一点が杞憂であることを祈っていた。