第十二回 鬼狩り士
天照は魔獣の血で赤黒く染まった海をかき分けて、その死骸に向けて進んでいった。霊探所では僅かだが霊障反応を感知していた。死んだ魔獣の残影と思われた。
魔獣の死骸のそばへと到着し停船した。もはや辛うじて浮かんでいるだけの輸送船の上にそれは力なく横たわっていた。ひと目でサンプル回収は危険だと解る状態だった。
「航海長、どう思いますか?」
悌二郎が大野航海長に確認する。
「この状態で接舷するのは危険です。まずは安全な場所に曳航するのが妥当だと思います」
「霊障反応多数! 本艦のすぐそばです!!」
霊探所からの報告が艦橋に届く。
「前進一杯!」
間髪を入れずに悌二郎が命令する。だが3万トンもの巨体、すぐに加速は出来ない。乾舷をよじ登って魔獣が甲板に現れる。それは人間とほぼ同じ大きさのトカゲとも人間ともつかぬ外観の魔獣だった。その魔獣は艦内に入ろうと扉を叩き始める。戦艦といえどあらゆる場所が鋼鉄で装甲化されているわけでは無い。弾火薬庫、砲塔、缶、機関室などが装甲で守られているだけでそれ以外は普通の船とほとんど変わりない。扉も普通の船と同じただの鉄板である。魔獣に叩かれてみるみるへこんでいく。
「白兵戦用意! 副長、ここを頼む」
悌二郎が艦橋を後にする。次美が後を追う。
「ちょ、ちょっとどういうことですか?!」
次美の問いに悌二郎が答える。
「白兵戦の用意が整うまで僕が時間を稼ぐ! 詳しい話は後で!!」
「え、あ、はい!」
次美は理解できずも悌二郎の迫力に押されて了解した。
悌二郎は駆け足で艦長室へ行き、実家より託された刀を持って最上甲板へと駆け上がる。最上甲板上は多数の魔獣が曲がった扉をこじ開けようとしていた。
「待てーい!!!」
悌二郎が絶叫する。魔獣が一斉に悌二郎に向いた。言葉の意味が理解出来たわけでは無く、大声に反応したようだ。悌二郎が刀を抜いて鞘を置く、刀を構えると全身から殺気を沸き上がらせた。その殺気に魔獣達がざわめき立ち悌二郎に対し戦闘態勢を取る。ジリジリと悌二郎に近づき、自分の戦闘距離に詰めていく。
悌二郎が突進する、魔獣は自分の戦闘距離になる前に突進されたせいで混乱した。その混乱の隙を突いて悌二郎は魔獣を斬った。斬られた魔獣は奇妙な色の光を放ちながらボロボロと崩れ落ちた。即行で悌二郎は他の魔獣達に斬りかかる。
次々と斬られ、倒されていく魔獣達、悌二郎の動きは力強さこそ感じないが、風に舞う木の葉のように魔獣達の間をすり抜けていく。すり抜けた後は真っ二つになった魔獣が転がっていく。魔獣が消える際の光が連なり、なだらかな曲線を描いていく。
その様を艦橋から見て次美が目を丸くする。
「艦長って一体何者なんですか?!」
「もしかして艦長って『鬼狩り士』なのでは?」
大野航海長が思い出した。
「鬼狩り士って太古から続く妖怪退治の? 話には聞いたことあるけど実在するの?」
「私も目にしたことはありません、でもあの艦長の様はそれ以外考えられません。あの刀も専用の特殊なモノの様ですから、それを持っていると言う事はおそらく」
「白兵戦用意完了です!」
艦橋に報告が上がる、次美が答える。
「白兵戦要員は航空機格納庫に集合せよ! 私が指揮します!」
悌二郎は息を切らし始め、動きが鈍くなっていた、多勢に無勢、ひとりで戦うのには限度がある。少しずつ追い詰められていく、精神的にも。
航空機作業甲板のエレベーターがせり上がってきた、その上には対魔、対霊戦白兵戦装備を調えた乗組員達100人あまりが乗っていた。そしてその先頭には次美がサーベルを持って立っていた。そのサーベルも対魔、対霊戦用の特殊な物で、背中にしょった機器からケーブルが伸びて繋がっていて独特の光を放っていた。
急に現れた100人にも及ぶ多数の白兵戦要員を前に魔獣達が警戒して動きが止まった。
「艦長、お待たせしました!」
「副長! わざわざ君が?」
「副艦長として新米艦長をほっとくわけには行きません!」
次美はにっこり笑って答えた。悌二郎が照れくさそうに答える。
「じゃあいこうか、全員突撃-!」
白兵戦要員たちは雄叫びを上げて魔獣の群れに突撃した。破魔銃弾を撃ち込み、銃剣で突き刺し、みるみるうちに駆逐していく。気力が持ち直した悌二郎も次美と共に切り込んでいく。
十数分後、天照の艦上から魔獣は一掃され、甲板には魔獣の残骸が散乱していた。天照側は死者無し、重傷3名、軽傷25名だった。
「どう、にか、なりました、ね」
次美が息を切らしながら笑う。
「詳しい、話は、後で良い、かな?」
悌二郎も息を切らしながら答える。
「はい、お疲れ、様で、す」
後に鹿児島湾口海戦と呼ばれる戦いは天照の完全勝利で終わった。
日が西に傾き、空が茜色に染まっていた。