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魔戒戦艦天照  作者: 松井康治
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第一回 計算尺の初陣

 正輝18年7月11日 午前1時8分

 八丈島南方約60㎞の海上

 天候:曇り

 南南西の風4メートル

 波高1メートル


基準排水量3万2千5百トンの巨体の戦艦“天照”が速力15ノットで墨汁のように真っ黒な深夜の海をかき分けて進んでいた。

 全長:222メートル

 全幅:32メートル

 主砲:36.5㎝連装砲塔4基

 副砲:15㎝砲12門


 艦齢20年に達する老艦だが、闘う船としての偉容を失う気配は微塵も無い。

 

挿絵(By みてみん)


 その天照の艦橋下層にある霊波、魔法反応観測所、略して霊探所と呼ばれる一室、戦闘配置中を示すオレンジ色の照明の中、沈黙と電子機器の低いうなりが支配していた。

「霊探に感あり!」

 モニターを見ていた長耳の女性解析員がその沈黙を破る。

「方位0-8-5、距離ひと万5千、感度300」

 簡潔に観測値を報告する。

「新艦長の読み通りね」

 僅かな笑みをこぼしながら霊探所長、白い詰め襟の制服にスリムな身を包んだ長耳銀髪の女性、マーサ・レパルス少佐は速やかに艦橋に報告を上げる。

「霊探所より艦橋へ」


 艦橋と言っても夜戦艦橋である。戦艦の場合、遠くまで見える日中は昼間艦橋と言って艦橋上部にある艦橋で指揮を執るが、夜間戦闘の場合は下方にある夜戦専用の艦橋で指揮を執る。

 完全に照明は落とされ、暗闇と音だけの緊張感が張り詰めた空間。


挿絵(By みてみん)


 霊探所から報告が上がってくる

「霊障を探知、方位0-8-5,距離ひと万5千、感度300」

 艦長の杉坂悌二郎大佐が副長に尋ねる

「照明弾は届く?」

 高めの背に引き締まった体を他の士官同様に白い詰め襟の制服で包み、老艦には似合わない若々しく知性に溢れた顔立ち、だが若すぎて階級章が無ければ誰も彼を戦艦天照乗員1390名の命運を預かる人物だとは想像も付かないだろう。

「届きます」

 副長の井上次美中佐は簡潔に答えた。

 他の士官より明らかに小柄で童顔だが太めの眉が強い意志を醸し出している、そして赤い髪。少女と言っても差し支えない風貌だが、実務経験においては彼女より上回る者は殆どいないであろうほど優秀な海軍士官である。

 だが制服を着ていなければおてんば娘にしか見えないかも知れない。ということを次美本人は気にしているようなので、多くは語らないことにする。

「よし、撃て!」

 杉坂艦長も簡潔に指示を出す。

 照明弾が打ち出され、マグネシウムの明かりが霊探に探知された目標を照らし出す。

 観測所の要員が双眼鏡で照らし出された目標の特徴を艦橋に報告する。

「目標視認!、角1、背中にこぶ3、あご大型」

 その報告を聞いて副長の次美が識別表をめくり、該当の目標を割り出す「召喚獣ポプアグリムのB型と思われます!」

「主砲、破魔砲弾装填完了! 射撃準備よろし!」

 大福のような風貌の砲術長浜田吉次郎少佐から射撃準備完了の報告が入る。

「撃ちぃ方始め!」

 杉坂艦長は速やかに射撃開始の命令を下した。

 天照の主砲36.5㎝砲8門が轟音と共に火炎を噴き、通常攻撃が通用しない魔法や霊力で作られたモノを撃破する専用の破魔砲弾8発が1万5千メートル先の召喚獣ポプアグリムに超音速で突進する。

「ビーッ!」

 着弾5秒前を知らせるブザーが鳴り響く

「ダンチャーク!」

 着弾観測員からの報告が入った。

 ポプアグリムの周囲に水柱が2本上がる、6発が命中したことになる。再び着弾観測員からの報告が入る

「挟叉!」

 挟叉きょうさとは砲弾の散布界(グルーピングと呼んだ方が分かり易いでしょうか)に目標を収めた状態のことで、この状態で射撃を続けて目標の撃破まで維持する。

 しかし杉坂は次弾発砲の下令を出さなかった。6発も当てれば大抵の召喚獣は撃破出来ると判っているからである。だが、何が起こるか分からないのが戦場である、常に注意は怠ってはならない。

 しかも杉坂にとってこの作戦航海は天照に着任して初めての実戦である。本来なら彼は戦艦艦長になるような経歴でも年齢でも無い。通常軍艦艦長になるのは砲術や水雷術、航海術等を専門に学び、長年の充分な経験を積んだ人物があてがわれるが、杉坂の専門は外国語、本来なら後方で研究や情報分析などを行うのが本分である。一応の水上勤務経験はあるものの、扱うモノは大砲でも羅針盤でも無く書類だった。天照艦長拝命前は皇都の国防省作戦課外国情報担当官だった。軍務以外での杉坂の能力が無ければ、最後まで艦長という職を拝命することは無かっただろう。

 戦艦の運用は経験も無く専門外な事もあり、勘に頼らずにあらゆる事を計算し、慎重に進めなければならなかった。

 ここまでの航海と戦闘でその理詰めの艦運用から他の乗組員に「計算尺」というあだ名を付けられていた。学者肌の彼らしいあだ名だった。そのあだ名で呼ばれていることを杉坂はまだ気付いてはいないようである。


 命中弾を受けたポプアグリムが魔法によって召喚され、魔法によってこの世につなぎ止められていた物体が消滅する際に発生する特徴ある光を放ちながら崩れ落ち消滅していった。


「魔法反応消失」

 霊探所から報告が入る、召喚獣が消滅したという報告でもある。


 再び静寂に包まれる、聞こえるのは機関音と船体が切る波の音だけである。

「これで月でも出ていればいい夜なのにね」

 杉坂がぽつりとつぶやくと間髪入れずに次美が突っ込む

「まだ戦闘配置中です!」

 彼女は厳しい、真面目なのは有り難いが、度が過ぎると堅苦しい。そんなことを悌二郎は感じていたがマイペースな所がある彼にとっては自分を引き締めてくれる有り難い存在だった。


 これで杉坂悌二郎大佐初の作戦航海で退治した召喚獣は12体になった。


「艦長、そろそろ仮眠を取ってください」

 時計をみて杉坂に告げた

「ん、じゃあそうさせてもらおうか」

 草木は無いが草木も眠る丑三つ時、一息ついたという事でひとまずこの場は副長に任せ、杉坂は艦長室に行って仮眠を取ることにした。


 杉坂が艦橋から去り、足音が遠ざかるのを確認して大野航海長が次美に話しかける。

「ここまでは完璧ですな」

「杉坂大佐はホントに水上勤務経験が皆無なんですか?」

「自分が戦艦比叡に居たときに半年ほど自分の部下でした。それ以外は無いはずです」

「半年って…… その時の仕事ぶりはどうでした?」

「専門外の仕事で当初は戸惑いがあったようですが柔軟性があるんでしょうな、最終的には何でもそつなくこなしていました。書類仕事だけは特級でしたね」

「事務屋としては優秀ですか、それが何で本艦艦長に? しかもかなりの特進です。コネでもあるんですか?」

「コネでなれるほど天照の艦長職は緩くないって知ってるでしょ?」

 マーサ・レパルス少佐が割り込んできた。

「マーサ! 霊探所は良いの?」

「副班長に任せてあるから大丈夫よ、天照は他の艦艇と違って常に有事なんだから、只のハク付けだけのための人事なんてやらないわよ」

「解ってるわよ、だから解せないのよ! ここまで完璧にこなしてはいるけど、経歴のどこをとっても本艦どころか水上勤務を拝命するような人じゃないわ、後方で情報相手にドンパチやる類いの人種よ、何があるのよあの人には?」


 天照艦尾 艦長室


 艦長室で悌二郎は誰も居ないことを確認して、

「あーっ、つかれたあああ!」と思いっきり声を上げた。

 初めての指揮官、初めての操艦、初めての実戦、何もかもが初めて尽くしで緊張の連続。それらからの解放だった。明かりにぼんやりと照らされた天井を見ながらひとつずつこれまでのことを思い出して整理していく。

「明日からは報告書の作成だな。また忙しくなるけど書類作りの方がまだ気が楽だ。実戦は大変だよ、文字通りの命がけだ。乗組員に死傷者が出なかったのは助かった、副長を始め皆に感謝しないといけないな。とても僕ひとりではこの天照を運用することなんて出来ないよ」

 戦艦という巨大な武器の運用はたったひとりで行うことは無い、そんなことは当たり前なのだが、右と左程度のことしか解っていない悌二郎にとって今回の実戦はそれを痛感することになった。

 艦長室に置いてある自分の軍刀を手に取る。支給品では無く実家から預かった特別な一降りの刀である。しばらく抜いていない、素振りでもしようかと思ったが巨大な戦艦とは言えさして広くは無い艦長室、調度品を切ってしまいかねないし刀を痛めてしまうかもしれないので思いとどまり刀を置く。

「まったく上も僕に対しての期待が過剰なんじゃないかな? すぐにヘマをやらかして元の階級、所属に飛ばされるかも知れないけど、出来る範囲で出来るだけのことをしよう。出来れば死傷者はひとりも出さずに…」

 そんなことを考えながら悌二郎は眠りに落ちていった。


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