■ 後 編
ナツは、後輩マネージャーのスミレから言われたことを思い出していた。
それは、ナツが2年生になり後輩部員が入部してすぐのことだった。
新しくマネージャーとして入部したスミレが、目をキラキラさせて指差す。
『ナツ先輩~・・・ それ、編んだんですか~?』
スミレが言う ”それ ”とは、右手首に付けているミサンガのことのようだった。
一瞬自分の右手首に目を落とし、ちょっと嬉しそうに口許を緩めたナツ。
『ううん、貰ったの。』 あっさり否定したナツへ、スミレは両手を胸の前で
合わせて指をクロスさせると、なにやら興奮気味に言う。
『すご~い!! プレゼントしてくれたんだ~?
カレシさん、ですかぁ~?』
急にスミレの口から飛び出した ”カレシ ”というワードに、
『ちがうちがう!!』慌てて顔の前で大きく手をひらひら振って全面否定した。
『えー・・・ だって、ソレ。 どう見ても手作りですよ~?』
スミレがクスクス笑う。
『ミサンガって自分で編んで願いを込めるんですよ~
そうゆう専用キットが売ってるんで・・・
きっとソレくれた人、先輩のこと好きなんですね~・・・』
少女漫画のようにうっとりと目を細めて、可愛らしく小首を傾げているスミレ。
『ぇ・・・。』 その言葉に、真っ赤になって俯いたナツ。
右手首をそっとつかむと、今まで思ってもみなかった ”手作り ”という事実に
どうしようもなく胸が熱くなる。
ほんの少しだけ、チラっと目線を移動してアサヒを見た。
部員同士で楽しそうに笑っている横顔。
いつもの、あの、陽だまりのようなやさしい笑顔で。
宝物のように右手首を胸の前で包んでぎゅっと目をつぶると、高鳴る胸の鼓動が
手首を通しミサンガにまで伝わり、編み紐がやさしく震えるようだった。
それ以来、毎日毎日、ミサンガを眺めては頬を染めていたナツ。
『アサヒ先輩・・・。』
ナツがどこか照れくさそうに目線をはずし、並んでたこ焼きを食べるカウンター
隣へ呼び掛ける。
『ん~?』 少し冷めた、ラス1のたこ焼きをぱくっと咥えたアサヒ。
もぐもぐとそれを噛みながら、ナツに目を向けた。
『コレ・・・ ありがとうございます。』
そう言うと、ナツはミサンガを目の高さに掲げた。
『・・・なに?今更。』
不思議そうに首を傾げるアサヒを、ナツがじっと見つめた。
『・・・ちゃーんと言ってくれれば、
あの時・・・ もっと、もーーーーっと、喜んだのにさー・・・』
そのナツの声色に、”買った ”のではなくて ”作った ”のがバレたことを
悟ったアサヒ。
『あー・・・ いや、ぁ。 うん・・・。』
片肘を付いて、照れくさそうにポリポリと頭を掻いた。
『つか・・・ いつ気付いたの?』
『春ごろ・・・かな?
スミレちゃんが・・・
ミサンガは自分で編んで願いを込めるんだって・・・。』
『・・・あぁ、セト・マネか。 あいつ、ヨケーな事を・・・。』
ブツブツ文句を言っているアサヒ。 照れ隠しに、スミレに悪態をついている。
『・・・作り方、教えてくれませんか?』
ナツが頬を緩める。
いまだ照れくさそうに口ごもるアサヒを愛しそうに見つめながら。
『ん?ミサンガ?? ・・・なに?来年の大会用??』
『いや、えーっと・・・ とにかく。作りたいんで・・・。』
『じゃぁ、たこ焼き食ったらキット売ってる店、
すぐそこだから一緒に行っか~?』
アサヒの提案に『うんっ!』 ナツが嬉しそうに大きく頷いた。
相変わらず騒がしいその雑貨屋。
ガチャガチャと耳障りなBGMが流れ、統一性のない商品の配置が逆に面白い。
その入口棚に、ミサンガの手作りキットと、編み紐が並んでいる。
『この編み紐には、色によって各々意味があるんだってさー・・・』
アサヒの説明に、ナツが嬉しそうにそれを眺める。
『ちなみにお前のは・・・ 青と赤とオレンジにしたはず。
スポーツ運とー・・・ 希望とか笑顔・・・ だったかな~?』
手に取って、ひとつずつ説明書きを読み込んでいるナツの真剣な横顔。
『スポーツ運が・・・ 青、とー・・・赤か・・・。』
それを2セット掴んだ。
そして、
『ぁ、これだ・・・。』
ピンク色の編み紐を掴むと、それも2セット、棚のフックからはずしたナツ。
ふと、アサヒがピンク色の説明書きに目を遣ると、そこには ”恋愛運UP ”とあった。
『今度はあたしが編みますから・・・ ちゃんと付けて下さいね~!』
照れくさそうに肩をすくめ、3色の編み紐2セットを両手に掴んでレジに
並ぶナツの背中をアサヒは嬉しそうに目を細め眺めていた。
会計を済ませチョコチョコと小走りで駆け寄るナツに、アサヒが微笑む。
『ねぇねぇ・・・ な~に、願掛けんの~ぉ?』
覗き込むように背中を丸め、ニヤニヤ笑っているアサヒに、ナツが肩をすくめて
ククク。小さく笑った。
そして、その問い掛けには返事をせずに、アサヒの大きな手を掴んで歩き出す。
『なに願掛けんのか、きーてんだろー? ナツぅー・・・。』
呼ばれ慣れたはずの名前がやけにくすぐったくて、頬が熱くて、
なのに夏の夜風はまだまだ生ぬるくて、いつまで経ってもふたりの顔は
赤いままだった。
【おわり】




