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■ 前 編

 

 

陸上大会予選の翌日。

 

いつもの部活後、アサヒとナツはどこか照れくさそうに部室を後にしていた。

 

 

 

夕焼けが差し込む廊下を靴箱に向けゆっくり進むふたりに、開け放した窓から

穏やかでやさしい風がよそぐ。


学年が違うふたりは離れた位置にある靴箱で外履きに履き替える。

先に行ってしまう訳などないのに、靴箱で遮られ互いの姿が見えなくなった

途端どこか慌てたように外履きに替えて、今まで履いていた内履きを乱暴に

そこに押し込めた。


そして片足の爪先をトントンと打ち付けながら、小走りで昇降口に出てきた

互いの姿に顔を見合わせて、ぷっと笑った。

 

 

 

 『慌てなくても待ってるってー。』


 『慌ててんのは、先輩でしょー。』

 

 

 

ふたりの弾けるような笑い声が、昇降口の低い天井に跳ね返って踊った。

 

 

 

グラウンドを抜け、校舎脇を通り、

ジャージ姿のふたりが肩を並べて帰る夕暮れ。


長身の影と、その頭ひとつ低いそれがアスファルトに伸びている。

アサヒの左手が、ジャージのポケットから出たり入ったりを繰り返す。


本当はすぐにでも手をつないで歩きたいけれど、まだ部員の目が届く

グラウンドから程近くのその距離に、一応、部長の威厳を保つため少しだけ

それを我慢して歩く。


しかしあの校舎脇の角を曲がったら、迷わず手をとって歩こうとアサヒは

思っていた。

 

 

すると、どこからともなくヒソヒソと悪意ある声が耳に流れてきた。

それは、アキではなく、ナツがアサヒの隣を歩く姿に対してのものだった。

 

 

 

 『なにあれ?』 『略奪~?』


 『うわ、最悪じゃん』 『姉妹で泥沼じゃね~?』

 

 

 

聴こえたその声に、笑顔だったナツの顔が急に悲痛の色に曇って反射的に

顔を伏せる。

咄嗟にほんの少し、アサヒから離れて距離をつくった小柄な影。


すると、ナツの肩掛けカバンをぐっと引っ張り寄せたアサヒ。 

離れた距離が再び近付く。

 

 

 

 『なーんにも悪いことしてないよ~、俺ら。』

 

 

 

アサヒが俯くナツを覗き込み、やさしく言う。

 

 

 

 『俺らは、ちゃーんとケジメつけて、


  きちんと今、ふたりでいるんだぞ~?


  もし誰かになんか言われたら、すぐ俺に言うこと。 


  ・・・わかった~?』

 

 

 

頼もしいアサヒのまっすぐな言葉に、ナツがコクリ頷き再び笑顔を見せた。


そして、ナツの手をぎゅっと握ると

イヒヒ。白い歯をこぼし笑って見せるアサヒ。


繋いだ手を高く前に後ろに振り上げて、ふたり、笑いながら歩いた。

 

 

 

 『せんぱーい・・・ 関節はーずーれーるぅーーー!!』

 

 

 

ふたりの笑い声は、悪意の呟きなんか簡単に蹴散らすほど、

大きく愉しげに夕空に響いていた。

 

 

 

 

 

駅前のたこ焼き屋へ向かっていた、ふたり。


ロータリーでバスを待つ人の列の間をすり抜け、丁度一番混み合う駅前の道を

アサヒとナツ、しっかり手をつないで愉しげに進む。


駅地下にあるお目当ての店の少し軋む引き戸を開け、狭い店内に入ると

目に入ったメニュー表を睨むように見つめたナツ。

一口にたこ焼きと言っても意外に種類が多いことに、

どれにするか選びきれずに真剣に悩んでいる。

 

 

 

 『腹減ったよなぁー・・・ 3種類くらい食えるかな?』

 

 

 

アサヒがナツに目を遣ると、

『えー!ヤッター!!』 ナツが嬉しそうに頬を染めた。


3人座ればギューギュー詰めとなる狭いカウンターに、ふたり並んで座る。

他に客はまだ居なかった。 

ひとつだけ空いてる席にふたり分のカバンを置く。

互いのジャージの二の腕を触れ合わせ寄り添って座るのは、店の狭さだけが

理由ではなさそうで。

 

 

オーソドックスなたこ焼きと、めんたいマヨそしてねぎたこ焼きを注文した。


ただ隣に並んで座っているだけで幸せそうなふたりの姿に、目を細めた店主が

『カップルにはおまけしてやるよ』 と、コーラをサービスしてくれた。

 

 

 

 『あざ~っす!』


 『あざ~っす!』

 

 

 

同時に言って、ふたり、嬉しそうに顔を見合わせ瓶コーラをカチリと

ぶつけ合い乾杯した。

 

 

 

 『チョォ~、美味しい!!』

 

 

 

ナツが熱々のたこ焼きに、はふはふ息を吹きかけて火傷しないよう注意

しながら食べる。

そんなナツを目を細めて笑いながら、アサヒも爪楊枝ですくって食べた。

 

 

 

 『たこ焼き器ほしいなぁ~・・・そしたら、たこパ出来るのに・・・。』

 

 

 

ナツが、たこ焼きをふ~ふ~冷ましながら言う。 『高いかなぁ・・・?』


すると、『俺、買おっかな~? 陸上部で集まって出来たらいいな~?』

アサヒがたこ焼きパーティーの案に乗った。

 

 

 

 『え?ほんと?? やりたいやりたい!』

 

 

 

話に夢中になったナツの注意力が散漫した爪楊枝から、たこ焼きがぽとりと

テーブルに落ちた。

 

 

 

 『アイツら、みんな来るかな?』

 

 

 

ナツの落としたたこ焼きを慌ててすくって『3秒・セーフ!』 と呟き、

アサヒがナツの口にそれを突っ込む。

 

 

 

 『ん~・・・ まぁ、全員は無理だとしても・・・


  来るんじゃないですか~? 


  スミレちゃんとか、ノリ良いから来てくれそう!』

 

 

 

もぐもぐ食べながら、まだ ”たこパ計画話 ”に集中するナツは、今アサヒに

”あ~ん ”された事にも気付いていないようで。

 

 

 

 『・・・スミレちゃんて??』

 

 

 

そんなナツを横目で見てちょっと笑いながら、”スミレちゃん ”という

聞き慣れない固有名詞に首を傾げる。

 

 

 

 『ちょっ、ブチョー!! 新人マネちゃん、じゃないですかー!』

 

 

 『・・・あああ、モチヅキの弟子かー・・・ セトさんの事だろ?


  つか、下の名前スミレってゆーんだ? 知らなかったー・・・。』

 

 

 

基本的に誰のことも下の名前で呼ぶことがないアサヒ。

苗字を覚えていれば問題ないので、下の名前をイチイチ気にしたことが

無かったのだ。

 

 

 

 『えー、今のはヒドイー! 


  ・・・もしかして、あたしの名前も知らないんじゃないでしょーね?』

 

 

  

すると、アサヒが一瞬動きを止めてまっすぐナツを見た。

そして、口許を緩めてククっと笑う。

 

 

 

 『え!!! まじスか・・・ まじめに、あたしの名前・・・。』

 

 

 

目を眇めて恨めしそうにそう言うナツに、アサヒが無言で指を伸ばす。

そして、ナツの唇に指先で触れるとそれを目の高さにかざした。

 

 

『ねぎ・・・ たこ焼き、の。』 

ナツの口横についたそれを指先で摘んで見せる。 ナツが照れくさそうに

ペコリと会釈すると、アサヒがパクっと自分の口に放った。

 

 

 

 

 

 『ちょおおおおお!!! なななななんで・・・食べちゃうの・・・??』

 

 

 

真っ赤な顔をしてパチパチと瞬きを繰り返し、アサヒの手を掴んだ。


『え? ・・・ダメだった??』 ナツがそこまで照れまくる理由が分からず

ぽかんとその顔を見ているアサヒ。

自分だって、さっきは ”あ~ん ”して食べたくせに。

 

 

狭いカウンターの下でジタバタと足をバタつかせるナツは、くすぐったい様な

恥ずかしくて堪らなそうな顔をして、小さな拳でアサヒの太ももをポコポコと

グーパンチする。


その過剰な反応が可笑しくてケラケラと笑いが止まらないアサヒ。

テーブルの下の、ナツの暴れる拳をやさしくにぎった。

 

 

 

 『なーにを、そんなに照れちゃってんだよ~?』

 

 

 

更に真っ赤になるナツを横目で見ながら、尚も笑いは鎮まることがなかった。

 

 

 

 

  (なんだよ、もう・・・ 可愛いなぁ・・・ 萌え死ぬっての。)

 

 

 

 

 『つか、ほんとにたこパやりたいな~』


『うんうん』 と、ナツがまだ少し照れくさそうに赤い頬で頷いた。

ふたり一緒にいると、次々と愉しい事、やりたい事、行きたい所が湯水の様に

溢れだした。 それが嬉しくて嬉しくて、仕方なかった。

 

 

カウンターに頬杖をついて、嬉しさにどんどん緩んでゆく口許を

両手で隠したナツ。


その右手首には、まだアサヒのミサンガが2本やさしく結わえられていた。

 

 


 


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