第八節「仲間」
「シドウもういいのか」
無事新入生対抗戦は幕を閉じた。AクラスBクラスと特進2クラスは大会を盛り上げる熱戦を繰り広げたが奮闘の末、尾を引く負傷で残りの試合はこの2クラスを除くことに。その後いささか盛り上がりを欠くも順調に試合は進行していった。
しばらくは体を引きずっていた燐も試合期間と終了後の余暇のおかげですっかり元気を取り戻していた。
「おかげさまで」
「俺はなんもしてねえぞ」
久しぶりの授業、この教室も久しぶりだと思うと懐かしい。授業の遅れも特にない。それよりかは試合から通常の授業への切り替えの方が大変だ。思い返してもディックとの戦いは燐に小さくない影響を与えていた。ディックは強かった当初考えていたよりもずっと。そしてAWというものをより深く感じることができた気がしていた。あの時の興奮が、熱がまだ燐なかで残り火として燻っていた。
「さて対抗戦もおわってもうすぐGWだ。うちの学園はいろんな国から生徒が集まってるからな休みもまとまってある。規制したり寮で過ごしたりいろいろあるだろう・・・」
桐生の話を耳半分で聞いていた燐は登校時のクラスの様子が気になっていた。以前よりも若干空気が柔らかくなっていたような気がするし、クラスメイト同士の会話も増えている気がしていた。
「それって私たちの試合に触発されたからじゃない?というかリンたちの」
昼休みいつものカフェテリアでいつものように昼食をとる燐とリズのふたり。いつの間にか二人で行動することも当たり前になりかけていた。
「そうなのか?わからなくはないけど」
「イマイチやる気がない人の集まりみたいなもんだしうちのクラス。けど初めてに近いあんな激しい試合見ちゃったらね。わたしもふたりの殴り合いみて引いちゃったもん」
「引いたのかよ」
これまたいつものようにはにかむリズ。
「はいはい、冗談な」
「そろそろかな」
「ん?なにが」
「つぎ、LHRだよね」
食後のレモンティーをのんびりと啜るリズ。燐は無理に先を促すことはしなかった。
「職員室いこっか」
カップをソーサーに戻すとリズは立ち上がった。
「その話ね、いいわ次はHRだし。気になってるみたいならかまわないわよ。けどそれなら私のところに来れば・・・」
レベッカのところに訪れたふたりの用件は置き去りにされてたクラスの噂についてだ。けれどレベッカはこれといって渋る様子を見せなかった。となると燐は結果たらい回しにされたことになる。
「問題児ってほどでもないの。というか面白い子が多くてね」
「面白いって?」
「うちのクラスってAO入試でしょ?その時の面接がいろいろとね」
その面接とやらが曲者らしくその時の話が教官の間で広まり生徒まで広まったらしい。具体的には質問に対して1から10まで理詰めで長々と話し続ける生徒。ひさすら趣味の重火器の性能について事細かく語り続ける生徒。AWの歴史を問題形式に逆に面接官に出題する生徒。人間観察が趣味で面接中問いかけに一切答えず試験管の一挙一動を静観する生徒。そのほかにもいろいろととにかく問題児という言葉の他に変人奇人という言葉の方が似合う生徒の集団だということらしい。話を聞いた燐はただ呆れた。けれど同時にいつかの少女が言っていた言葉を思い出す。
「なんにでもドラマを求めるな、か」
妙に納得していた。
「なら隠すことなかったんじゃ」
そこで燐はリズを睨めつけた。
「わたしも聞いた話だったし」
どうにか誤魔化そうとするリズ。けれど言及は避けた。リズにはリズの考えがある。考えすぎだとしても今まで言わなかったのはリズなりに言わない理由があった、そう思うことにした。実際なんだかんだそれが理由でディックといがみ合うことになったがその結果得たものはマイナスではなかった。そう思う燐である。けれどまだ疑問は残る。
「話はわかった。ならなんでみんなディックの挑発にあんな、なんというか。それに対抗戦へのやる気も」
「それはみんなに聞いてみましょ。私もそこまではさすがに知らないの」
次の時間。
「俺が聞くんですか。先生が聞いてくださいよ」
予鈴のなった廊下。
「いいからいいから」
「先生本当は知ってるんじゃ」
「ううん、全然」
根負けして燐は教室のドアに手をかける。教壇まで進むとクライメイトたちの視線が燐へと向かう。緊張の面持ちの中静かに口を開く。
「よお、みんな元気か。この間の試合どうだった。頑張ったんだけどな負けちゃったよゴメンな。でもでも次は勝つから、絶対。次、いつかは知らないけどさ」
関係のない話ばかり続けてなかなか本題を切り出せずない。それをみかねたレベッカがおもむろに近づいて来る。
「みんな。シドウがねみんなに聞きたいことがあるんだって」
クラスが静まり返る。
「なんだって!?」
燐は驚きを顕に声を荒立てた。レベッカの問いかけの後しばらくは誰も口を開かなかった。けれど沈黙が長引くと観念したように誰かが話し始めた。
「待ってくれよ、試したかったって。ひどいよそれは」
「いやあだってなんか面白い子が入ってくるっていうしどうせなら実力みてみたいなって話になって」
「シドウが嫌がったらほかの連中から代表出すつもりだったんだぜ」
「そうそう」
「それにAクラスの宣戦布告もなあ」
「ほとんどの奴が変人って自覚してることだし」
「けどおどろいたよね。あの手のキャラは雑魚って日本のコミックで」
「そうだよなあ、あの試合は見ててまじ興奮したし」
「シドウスゲーってなったなった」
クラスメイトたちが好き勝手言い合う。顔を伏せ複雑な感情を処理しきれずにいる燐。
「シドウ」
そって肩に手を載せるレベッカ。
「みんな好き勝手いってるけどつまりはあなたのことをクラスメイトとして認めているってことなの、きっとね。個性的な子達ばかりだけどねいい子よみんな」
「シドウ、おまえ日本人ならコミック詳しいよな。こんど最新のオススメ教えてくれよ」
「ねえ和服興味ない私コレクションしてるんだけどいくつか着てみない。やっぱり日本人の方が似合うと思うの」
あらためて教室を見渡す燐。みんなの表情がにこやかでとても華やいでみえる。これが素の彼らなのか今まではそれを隠していたのか。それとも燐が見過ごしていただけなのか。思えばリズ意外のクラスメイトと積極的に話した覚えもないことに気づく。新生活に慣れることに精一杯でAWを学ぶのでいっぱいいっぱいで学園生活自体を疎かにしていたのか。そこまで何も見えてないわけではないつもりだったが。
燐は教壇にて手をついて静かにそして大きく息を吸い込んだ。
「みんな俺獅童燐。改めてこれからよろしく。みんなで一緒に頑張っていこうぜ」
全員に聞こえるように喧騒の中大声で叫んだ。言葉が教室に飲み込まれていく。教室が静まり返る。そして次の瞬間。
「「うおぉおおお!!」」
歓声、指笛、拍手喝采さまざまな音が燐を抱き込む。みんなの顔は先にもましていい顔をしている。この時ようやく自分がクラスの一員であるように感じた。
「面白いクラスになりそうだ」
「リンもその一人ね」
心の中で唱えたつもりの言葉が意図せず口から溢れてしまう。燐はリズに振り向く。
「おまえもな」
燐は入学して一番の心からの喜びの微笑みをその顔に宿した。