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第七節「それから」

重いまぶたを開く。白天井と照明器具が視界に入る。アルコールの匂い、燐は自分が医務室にいる理由を知らない。視線を走らせると人と姿はなくその代わり隣のベッドに誰かが寝ていた痕跡だけが残っていた。すると音を立てて医務室の扉が開く。顔をのぞかせる人影。

「なんだ、おまえかよ」

「俺で悪いかよ」

声の主は中へ入るとゆっくりとこちらへ近づいて来る。そのまま隣のベッドに腰をかける。

「俺の隣おまえだったのかよ」

とても嫌そうな顔で吐き捨てる燐。

「女でも期待していたのか」

声の主はどこかぼんやりとした声で返す。

「なあ、ディック・・・」

「ん?」

うつむき加減で言葉を続ける燐。

「どっちが勝ったんだ」

ディックは答えない。無言の返答はディックの勝利を示すのかはたまたその逆か燐にはわかりかねていた。横目でディックの様子を伺う燐。いまだどこか遠くを見つめる目をしていた。まるでどこかに心をおいてきてしまったように。ふたりの間に沈黙が続く。するとまたしても扉が開いた。

「やっと起きた?リン」

長い金髪をなびかせて彼女が入ってきた。

「さっき起きたとこ」

顔を上げリズに顔を向ける。リズは燐の傍らにまで歩み寄ってくると近くに置いてあった椅子を手に取り腰を落ち着かせる。

「二人共調子はどう」

そう聞かれると布団にもたれかかってため息を漏らす。

「重いな。試合のこともぼんやりとしか思い出せないや」

「相当激しかったからね。まだ記憶が混乱してるのかも」

そう言うとリズはちらりとディックの様子を伺った。

「おまえもか」

首だけディックの方へ向ける。

「まあな」

「どこいってたんだ?」

「便所」

「そ」

数秒天井をみつめまたリズに顔を向ける。

「どっちが勝ったんだ」

ディックが答えなかった質問を今度はリズに向けた。

数秒時が止まったような奇妙な沈黙がすぎる。ゆっくりとリズが口を開いた。

「私たちよ・・・けど実質引き分けね」

言葉の意味が理解しきれず燐は眉根をひそめた。勝った、けれどひきわけとは

「わかんないって顔してる」

可笑しそうにはにかんでみせるリズ。

「判定でね。二人共気を失っちゃって、唯一意識があったのが私だけ」

言葉を区切るリズその様子に言葉を促すように視線に力を込める。

「けど私もろくに動けなかったし次の試合も一人じゃ出れなかったから棄権した」

そこでリズの話は終わる。けれど最後の言葉がどうにも引っかかった。

「したってのは?」

「脳震盪ていってたけど燐二日も寝ちゃってて試合も昨日だったから」

目を点にしてリズの顔を見つめる。言葉の意味を寝起きのぼおっとした頭に少しずつ染み込ませる。白い天井をみつめ理解する。

「そっか」

不思議と何も感じなかった。悔しいとか惜しいとかそんなことは微塵も思わない。ああそうなんだと事実だけが鮮明に記憶された。だがまだ気にかかることが残ってた。

「ごめん、じゃあ俺とディックの戦いは」

そういってリズではなくディックに視線を向けた。ディックは上体を起こして虚ろな目をしている。

「引き分け、かな。その時のことを話とリンは倒れちゃってディックは立ったまま気絶して」

「そうか」

燐も上体を起こしぼんやり思い耽る。

「モンキー、いやおまえなんつったっけ」

虚ろなディッツを燐がみつめる。何が言いたいいんだこいつは。

「獅童燐だ」

間を置くことで意味がわかるまだぼんやりしているのか言い方が悪いのか。するとディッツがこちらを向いた気持ち目にも意思が戻ってる気がした。

「獅童楽しかったぜ」

ふたりの険悪だった関係にあまり似つかわしくない言葉が返ってくる。当然の様に燐は驚いた。

「さっき電話してきたんだ本国の親と」

「便所じゃなかったのか」

呆れ声を漏らす燐。

「ボーイズトークだったら席外そうか?」

リズが気を利かせようと立ち上がる。

「いいそのままで」

一度だけリズに視線を向けるディッツ。

「青臭いもんでもないしな」

言葉を続けるディッツ。

「イエローモンキーに。これももうやめるか、シドウに引き分けたって言ったら怒鳴られてさ向こうの学校に編入させるって。手元に置いて監督するんだとよ、せっかく外国で面白おかしくやろうとしてたのにな」

燐でもわかった、そう話すディッツの言葉には寂しさが宿っていることを。

「らしくないな」

なぜか燐もうつむいてしまう。親に従順なディッツにではない。編入を嫌がっていることでもない。プライドの高い彼が敵意を向けていた燐に愚痴にも聞こえるような言葉をこぼすことにだ。

「そんなペラペラしゃべるやつだったか」

「自分のことだが口は回る方だぜ。けど、ちがうな・・・そうじゃないよな」

横目でうつむいたままの燐を確認する。なぜこいつまでうつむくのかはわからないけれど自分と似た感情なのかなと思っていた。

「すっきりしたよな」

「ああ」

「興奮したよな」

「ああ」

「燃えた」

「おう」

「空っぽだな」

「おう」

一連の流れが止まる。その光景をリズは黙って見つめている。

「次は俺の圧勝だ」

「おれはもっと強くなる」

互いに相手に向けた言葉ではない。どちらもきっと自分に向けた言葉だ。自分への誓い、相手への誓い。強くなって次は必ず決着をつける。つけられなかった決着を次はつける。そう、再会を果たす言外の約束。


数日後、学園を去っていくディックは最期に言った。

「シドウ、俺は俺だ。お前との間に友情はねえ、倒すべき敵だ。けど短い間だったが歯ごたえがあるやつに会えて無駄じゃなかったなここに来たのも」

決して強がりはやめない、プライドは捨てない、馴れ合いはしない。一度敵と決めた相手には。それがディックというNo.3の男だったと燐は記憶に焼き付けた。


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