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第五節「実践」

「新入生のみなさん、入学から一週間経ちましたが学園には馴染めましたか。今日は入学後はじめての実戦イベントということで、選手のみならず観戦の方も期待を膨らませているかと思います。幸い天気にも恵まれ青い空の元、大いに楽しみ奮闘してもらいたいと思います。在校生の皆さんも入学当時を振り返って暖かく応援してください」

学長の言うように清々しい春の晴天の下、対戦アリーナには、学長の挨拶が会場に広がる。天井が吹き抜けた円状の建築物。さながらスペインの闘技場かローマのコロッセオのように、戦士の闘志を高める空気が、選手たちを包み込む。観客席で開会式を迎えた燐は、すぐさま試合の準備にとりかかるため観客席を後にした。

今回の試合はすべてこの闘技アリーナ一箇所で執り行われ一試合ずつ順繰りに進められる。これから一日五試合が数日にかけて進められる。選手控え室に入った燐は、専用ロッカーでフィッティングスーツに身を包む。

「いよいよ本番か」

念入りにスーツの着心地を確かめながら時間とともに湧き上がる緊張を瞑目して鎮める。

「ようBクラス」

顔を見ることなく声の主がだれなのかわかった。一度しか言葉を交わしていないが、この挑発的な言葉遣いはAクラスのディッツ・ポールマンしか思い至らない。

耳に通訳機をつけて振り返る。

「そういや試合中は通訳機は使えないんだっけな。おかげでおまえの挑発は気にせずに済みそうだ」

「なんの心配をしているんだ?俺と当たる前に負けるお前が」

ディッツは上半身を逸らし伸びをしている。

「ルーキー同士なんてやってみなきゃ結果はわからないだろ」

ディッツの横をすり抜けながら視線をそのままに言葉を紡ぐ。

「わかってないなあ、できるやつってのは生まれた時からきまってんだって」

口の端を僅かに引き上げて燐は答えた。

「おまえの自信の源泉はいったいどこにあるんだか」

ディックに背を向け更衣室を後にする。



「そんなふうに喧嘩売ったんだ」

更衣室とは別にある選手用ラウンジ、スポーツドリンク片手にリズに先のディックとのやり取りを語って聞かせた。

「少しは見えきっとかないとな、かっこつかないし」

ボトルに刺さったストローを指先でコロコロといじくりまわす。

「どうせ勝算なんてないんでしょ」

「あるなら俺のほうが聞かせて欲しい」

まもなくはじまる第一試合をラウンジに置かれたモニターをみつめながら待っていた。周りにはほかの選手たちもいる、だが幸い先ほどのディックはいないようだ。

「できることは一通りこなしたからいいんじゃない」

「ああ、勝とうなリズ」

燐のその一言は珍しく、妙に、気持ちがこもっていた。


「時間終了、勝者ベーシックHクラス代表」

第一試合、第二試合とも決定打のないまま制限時間切れの判定審査になった。AWには種類の異なる二つの内蔵エネルギーが使われており、主に演算処理を行うメモリエネルギーと姿勢制御、追加武装に回される動力エネルギーがある。動力エネルギーが底をつくと搭乗者の力では動かせなくなる鉄の塊になるため、それを防ぐための補助エネルギーもわずかながら備え付けられている。そして試合において重要なのはこの動力エネルギーで、それが底をつくと搭乗者の負けとなる。前二試合の場合においては機体制御に注力しすぎたため、攻防が疎かになり、結果がつく前に時間切れによる試合終了になってしまった。

「次は俺たちだな」

「緊張してる?」

燐の横顔を見つめながらリズは問いかける。

「してるさ、けど同時に興奮もしてる。デビュー戦だからな」

「そうね、わたしもじつは楽しみだったりして」

「さあ行くか」



出場口の奥はそのままカタバルトと繋がっていて加速装置によって会場まで送り出される。

「機体の最終チェックを行います」

整備担当者が数人で装着後の機体各部を点検していく。

「さあ、あなたたちの出番ね」

関係者通路からレベッカが姿を見せる。

「桐生先生はいないんですね」

「さあ?どこかで観戦しているんでしょうね」

「各部異常なし、カタパルトデッキに進んでください」

「行ってきますよ先生。リズよろしくな」

軽く手を振ってレベッカは観客席に戻っていった。

「カタパルト射出します、衝撃に備えてください」

係員の指示に従い、燐とリズは射出態勢に入る。

「AW獅童機、リズベット機射出しますどうぞ」

合図とともに脚部を固定した滑車が音を立て滑り出す。ゴオと鈍い音と火花を散らす甲高い音が混じり合い、光指すその先にからだが突き進められていく。徐々に視界を占める光の面積が広がっていき、それが眼前いっぱいに広がると、機体はステージへと飛び出していた。

「すげえなこの感覚、ゾクゾクするっ」

斜め上方へと打ち上げられた機体は、空中で制御装置から噴出される推進剤をまき散らしながら、舞台中央へと滑り降りていく。ドスンと地を叩く音と共に脚部のショックサスペンダーが駆動し、機体に伝わる衝撃を軽減する。

「ふう」

ドスン

「なんかクセになりそう」

「その感想はわからなくもない」

遅れて着地したリズの方へ振り向く。

「これより第三試合、スタンダードCクラス代表対特進Bクラス代表の試合を始めます」

スピーカー越しに司会の案内が会場いっぱいに広がる。

「さあ一発かまそうか!

試合前の緊張を吹き飛ばすように、また闘志を限界まで高めるように、燐は自信を鼓舞した。

ブォォゥン

試合開始の合図が天井を突き抜け鳴り響いた。合図と同時に燐は前傾姿勢に切り替え、ホバーによる突進を仕掛ける。

「いっけえ!」

ホバーをさらに加速し一気に相手との間合いを詰める。眼前まで迫られた敵は回避行動を取ろうとするも逃げ道を決めかねその場を動ききれずにいる。

「く、くんなあ!」

「うおああ!」

バゴン

燐が仕掛けたショルダータックルは見事に相手の胸に多大な衝撃を与えた。そのまま相手十メートルほど後方へ吹き飛ばされる。対する燐は攻撃を命中をさせたものの、勢いを殺しきれず同じく数メートル流される。流れに逆らうように脚部の推進装置をフル稼働し、制動エネルギーを相殺させる。そして相手チームを正面に捉えるように胸を開き、目の端に収まる距離まで後退する。

「開始早々やるわね」

頭部マスクからリズの声が流れる。このマスクは通信機が内蔵されているが、通訳機能はついていないため、会話はすべて英語でなければならない。

「文字通り先手必勝だ。いまのでどれくらい効いたかな」

そういって吹き飛ばした相手を見やる。相手はまだ起き上がる途中だ。それを確認すると即座にリズに視線を向ける。向こうもこちらを見ている。互いに一度だけ頷くと次の瞬間、残り一人にめがけて三角系の二辺を同時に駆け抜ける。ブゥン、地上の砂が後方へと巻き上がる。

「リズ!」

刹那、リズに目配せをし燐はさらに加速した。相手は先ほどの燐の攻撃を警戒して防御体制を取る。両腕を交差させレッグパーツをフィールドに固定する。戦闘時は通常時よりもさらに期待制御は難しい、咄嗟に避ける判断や操作は新人には難易度が高い。そして敵が突進してくる今回の場合、多少の衝撃を覚悟の上で防御行動をとる方が手堅くまた、高速で近づいて来る相手には、反動ダメージを与えることもできるいい判断である。だが、それは燐たちにとって作戦通り、むしろそう誘導した結果である。そして燐は接触数メートル手前で、上昇飛行を始める。そのまま相手の頭上を通過。虚をつかれた相手は姿勢そのままにほんの少しの間、固まってしまう。そこへ側面に位置する形でリズが直進してくる。相手がリズの存在に気づいたときはもう目と鼻の距離、そのまま両腕を振り回す。その攻撃は敵の頭部にクリーンヒット、人体への衝撃は機体性能でカバーされるが機体自体へのダメージはそのまま、多大な制動エネルギーは一人目と同じく相手を吹き飛ばす。そして数メートルの壁に打ち付けられる。

「グァア!!」

うめき声を上げる相手選手。息つく暇もなく相手が起き上がる。燐たちはまたしたも相手を対面に距離をとって合流する。

「Great!!リズ!」

燐の賞賛にリズは微笑みで応える。見事に決まったふたりの攻撃。けれど相手チームを機動不能ににするにはまだまだ足りない。



「レッベカ、なにかないか」

放課後の教室、凛とリズはレベッカに戦術指南を受けていた。

「そうね、今の時点で高度な機体操作を伴う戦いは諦めたほうがいいわ。火器がつかえれば行動の幅は増えるだろうけど今回のケース、一番のオススメは格闘による電撃戦ね」

「電撃戦、特攻か」

机の上に腰をかける燐はレベッカの言葉を促す。

「単純だけど、開始早々の突撃は場馴れしていない相手には有効のはず、そして一度で畳み掛けようとせず、慎重に何度も機会を伺う」

「特攻とは真逆じゃないの」

リズの反応も最もだ。

「これは電撃戦とは別よ、いや決まってもそうでなくてもね。まだあなたたちにとってAWは手足とは言い切れないわ。そのことに十分注意して」



「次のては」

「どうしよっか」

相手から目を離すことなく戦況を確認し合うふたり。

つかの間の逡巡の後リズが口を開く。

「今度はわたしにまかせて」

そういうとリズは飛び出した。蛇行走行のようにゆらゆらと敵の視界いっぱいに左右に動きながら距離を詰めていく。緩慢な動きのリズに対して相手も動きに出た。燐に倣うように突進を仕掛けてくる。それに対し、ほんの少しの加速を加えするりと避ける。相手の背後を取ったあとも仕掛けることなくまた緩慢な飛行を繰り返す。リズの動きを真剣な目で観察する燐。繰り返しリズは、二、三相手の動きを躱したその時、相手の機体が音を立て煙とともに吹き飛んだ。煙の中から姿を見せたのは燐。何が起きたかもわからず倒れふしたまま動かない相手機体。



「面白いな、Bクラスにはもったいない」

観客席の群衆の中、そんな言葉が浮かんでは歓声にかき消された。


互いに親指を突き立て健闘をたたえ合うふたり。まずはひとり確実にダウンした。起き上がるそぶりもない、燐はなにをしたのか。リズが狙っていたのは自身によるワンヒットより、もうひとりによるより大きなワンヒットだった。リズに振り回されている敵の死角から初撃と同じように突撃し今度も初撃とほぼおなじポイントに衝撃を加えた。重撃によるダメージで胸から肩にかけての伝送系と駆動系にダメージを与えた。ただそれだけで壊れる代物ではない。訓練機はあくまで訓練用であるための軽装甲、反対に搭乗者への肉体的負担は限界まで軽減できるよう設計されている。ともあれまずは一機を撃退した、特進Bチーム。

「まだ気は抜くなよ」

「それ自分に言ってる?」

通信から聞こえるリズの声は柔らかい。

「ああ、そうだよ。リズゥ」

試合中にも限らずリズをジト目で睨む。未だに手玉に取られてる感じが気に入らない。

「さあ残り一機!」

ブゥウン!

「搭乗者戦闘不能により勝者、特進Bクラス代表!」

勝利のアナウンスが鳴り響く。

「搭乗者が伸びちゃったみたいね」

「なんだよ、それ」

壁に打ち付けられた敵の機体は損傷を受けているがまだ稼働可能な状態にあった。けれど搭乗者は気を失ったきり目を覚まさない。これは機体性能とは別に搭乗者の身体的能力の高さ精神力の高さが勝利を決める、一つの例であった。

「勝ったんだからいいよね」

「文句はいってないだろ、勝ちは勝ちだ」

今回の対抗戦初の、戦闘不能による勝利判定に会場は湧き、生徒たちの歓声が飛び交った。会場を見回す燐、自分たちに向けられる歓声に素直に喜びを感じていた。

「うれしいもんだな、こういうの」



機体をカタパルトに戻すとちょうどそこへレベッカが笑顔でやってきた。

「おめでとう、シドウ、リズベットよくやったわね」

レッグパーツを脱ぎ地に降り立った燐。

「サンキュウ、レベッカ!」

燐の弾んだ声からは、いまだ試合の興奮と勝利の喜びが覚め切らないのが、存分に伝わった。

「一回戦では負けたくないしね」

続けてこちらへ近づいて来るリズ。

「私の授けた作戦が当たったのは嬉しいけど、正直あなたたちの頑張りが大きいわね」

喜びを顕にしようとするふたり

「ぺーぺーにしてはって意味だがな」

そこへ水を差すようにのんきな男の声が届く。

「キリュウあなたも祝福?には聞こえないいいようね」

担任の桐生がのっそりとやってくる。

「いいよレベッカ、こういう人みたいだし桐生先生は」

喜びを抜かれた燐は落ち着いた顔に戻っていた。

「ふん、次もその調子で頑張んな」

手をひらひらふりながら桐生は踵を返す。

「桐生先生」



その後も順調にその日の試合を消化し今日の全5試合は終了した。一次試合は今日明日の二日、二次試合は二日後だ。何かと因縁をつけてくるAクラスのディックの試合は明日である。

「みるの?」

「気になる試合だけかな」

試合終了後着替えを済ませた二人はほかの試合もほどほどにカフェラウンジでティータイムをとっていた。

「3位くんのはみないの?」

「正直興味ない。当たった時のためにも見たほうがいいんだろうけど」

「ふうん」

アイスティーのレモンを噛みながら生返事をするリズ。

「次も勝てると思う?」

リズの何気ない問いかけ、これといった意図も含まれてはいない。

天井のファンを仰ぎ見る燐。くるくると回る羽は送風目的よりもインテリアとしての向きが強い。

「運、なのかな。それか・・・」

再びリズの顔に目を移す。

「入学したての今勝敗を分けるのは実力というより地力だろうな。先んじてどんくらい力があるのか」

「かもね」

リズも柔らかく言葉を返す。肘を付きながらストローをすする姿は行儀良さにいささか欠けるがそれがまた海の向こうの女性らしさを際立たせる。細い毛束の金毛は照明をうけ煌びやかに他者の瞳に映る。

ガタン

椅子を引いて立ち上がる燐。

「程々に疲れてるし今日はもう休むか」

「こんくらいでバテるなんておじいいちゃんみたい」

「うるせえ」

そう言いながらリズも腰を浮かせる。

「次も勝ちたいな」

ぼそっと呟いた燐の瞳に確かな闘志が宿っているのをリズは覚えていた。


その夜、普段より少し早く床に就いた燐だったが、興奮が冷め切らぬためかなかなか寝付けずにいた。

「この煎餅布団がわるいのか」

宿直室に置いてあったその一式はとても薄く、その上若干かび臭い。加えてシーツも真っ白とは言い難い白さで燐の悩みの種の一つでもある。これでもほぼ毎朝登校前に窓干ししていているのだが簡単な話ではないらしい。

布団から抜け出てカーテンのない窓を開ける。まだ少し肌寒い夜風が中に染み入ってくる。

「4月だもんな、さみぃ」

そういいながらも窓のさんに肘をつき星空を見上げる。そこまで多くないが比較的澄んでいいるのかぱらぱらと星も見える。臨海部にほど近いこの学園からは目を凝らせば黒光りする海面が少しだけ見える。

燐は窓を開けたまま宿直室を出て行く。

「自販機動いってかな」

校舎への出入り口のうち一箇所だけ開閉できる鍵を燐は特別に貸与されていた。それども夜間の出入りは好ましくはないのだが。

非常通用口から外へ出た燐は正面口が使えないため大きく迂回する形で食堂エリアに向かう。道中、薄着で出歩いたことを僅かに公開しながら人気のない敷地内を外灯を頼りに歩を進める。

「よく言うけどやっぱ夜の学校ってかでかい建物は不気味だよな、今更だけど」

ぶつぶつ人いごとを口にしながら両腕を寒さから守るように抱きながらようやく自動販売機を見つけた。

「何にしよっかな、寒いしあったかいもの・・・ココアでいいか」

ボタンを押すとガタンと缶が転がりでる音がする。その音が真夜中のためかいつもより大きく聞こえゾクリとさせる。そのまま近くにベンチを見つけ腰をかける燐。

「寮だと門限とかあんのかな、今度誰かに聞いてみるか」

プルタブをあけ喉に温かいココアを流し込む。

「あまっ」

買ってはみたもののそこまで甘いものが好きなわけではないようだ。

再びのどに流し込む。缶を脇に置いてぐるりとあたりを見回す。当然のように人の気配はない、不思議な優越感に浸る。

カツカツ

ビクッとすぐさま目を彷徨わせる燐。誰かの足音のようだ、ゆっくりとこちらへ近づいて来る。どうやら学生寮の方からくるようだ。逃げるか隠れるか悩みはしたものの結局しれっとココアを飲むことにした燐。缶へ腕を伸ばすが、奇しくも手元が狂い指で弾いてしまった。ベンチから転げ落ちる。カランコロン、音を立てそのまま転がり続ける。急いで拾いに駆け出す。

「こんな夜更けに誰だい」

暗闇から燐へ向け声が掛かる。缶を手に声の主の方へ振り返る。次第に外灯のもとへその姿が浮かび上がる。

「返事がないということはゴーストかな、それとも」

「わるいわるい、脅かしっちゃった?」

慌てて燐は答えを返すが、脅かされたのはむしろ燐である。

「こんな時間に人に会うなんてね。ゴーストも捨てがたかったんだけれど」

「あんたこそ夜遅くに何を、学生のようだけど」

相手の身なりをみて燐は学生であろうと判断する。赤褐色の髪、綺麗な形の鼻に立体的な目元が特徴的であった。

「きみも、だよね。僕は寮に少し用があってね今から帰るところさ」

「帰るって外にか?寮生じゃないのか」

「まあね。君は、夜の散歩かな」

朗らかな表情で燐の手元に目を移す青年。

「僕はコーヒーの方が好きだな」

「え、ああ」

視線に気づき自分の手元に一瞬視線を向ける。

「けど、夜眠れないっていうぜ」

「たとえそれでも飲みたいものは飲まなきゃね」

目を細めて笑を返す、どことなく不思議な雰囲気漂う青年であった。

「それじゃ、僕はもう行くよ。警備の人に見つからないようにね」

「おまえはいいのかよ」

片手を上げ校門の方へ去っていく青年。燐はその背中を怪訝な目で見つめていた。

ガサッ

缶をカゴに放り捨て燐もまた元来た道を引き返した。

「変な奴」


翌日、少し遅めの目覚めを迎えた燐はのんびりとした所作で支度を済ませる。リズとは昨日の段階では自由行動ということで話はついていたがおそらくは彼女も会場に向かっていると燐は考えていた。

「それでも急ぐ必要はねえわな」

会場近くまでたどり着くとホールからの歓声が外にまで漏れ出ていることに驚く。

もうすぐ11時になろうとしている頃、早ければ今日の第一試合は既に終わっていることであろう。入場口までの少し長い一本道を黙々と歩いていると同じくこちらに近づいて来る一段が目に入る。ディックだった。取り巻きを引き連れ少し浮かれた表情、まだ燐には気づいていないらしい。先に取り巻きの一人と目が合う、男の視線に気づきディックもこちらを向いた。

「よう、モンキー。遅かったな」

「今日もまた嫌味がきてるぜディック」

一定の距離を保ってその場に立ち止まった両者。

「あんまり遅いから俺の試合終わっちまったよ」

「その浮かれようじゃ残念ながらお前の勝ち上がりらしいな」

「まったく残念だな、これで完全にお前の勝利の芽を摘んじまった」

「浮かれるのは結構だが、浮かれついでに足元掬われないようにな」

すれ違いざま視線で怒気を飛ばし合う二人。

「大丈夫さ、AW着てりゃ空もスイスイだからな」

仲間と楽しげに笑い合いながらディックはその場を後にした。

しばらくしてから背後を振り返りディックの背中が見えなくなるのを確認するとフゥっと息をはいて肩の力を抜いた。燐もなかなかつよがりな性格らしい。どうにも嫌悪感より負けん気の方が強く燐を動かしている向きがある。

「負けたくはないよな」

晴れ渡った天を仰ぎ誰に言うでもなく燐はそう呟いた。


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