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第四節「特訓」

翌日の朝、ホームルーム前の穏やかな時間、生徒たちは何事もなく授業の準備を進めていた。そこへ静寂を破る訪問者が現れる。

「ここがBクラスの教室か、まるでお通夜みたいだな。まあうちもだが」

一人の男子生徒を先頭に、数人の学生が教室へ流れてきた。訪問者に対して未だ静観をきめるBクラスの面々。燐も黙って訪問者の行動を観察していた。

「せっかく来たのに誰も反応しないのか。つまらねえな」

それでもだれも口を開こうとしない。張り詰めた静寂が心地悪くなった燐は教室の前へと歩み出た。

「なにか用ですか」

「やっと反応してくれた、おれてっきり幽霊にでもなっちまったかと思ったぜ」

どうにも尊大な態度な男である。

「今度対抗戦があるだろ、その敵情視察というか宣戦布告というか。なんせうちの代表が俺だからな」

この男がいくら口を開こうがBクラスの様子は変わらない。

「すいません、その前に誰ですか」

「ああ、そうだったな。俺は特進Aクラスの代表、ディック・ポールマンだ。お前ら噂の問題児集団だろ、紛いなりにも同じ特進組だからな、宣戦布告に来てやった」

「ということはあんたがAクラスの主席か」

「いや、俺はクラス3位だ。けどまあ大して変わらねえよ。いずれ主席の座はもらうしな」

まるで自信の塊のような男である。よくもここまで自分を過大評価できるものだ。

「あいさつに来てくれたのは結構だが、さすがにさっきのはないんじゃないか」

「あ?」

「噂だかなんだか知らないがよく知りもしないで人のことを問題児扱いするのはどうなんだ」

「ああそのことか」

すると後ろで控えていたほかの男が口を挟んできた。

「おまえ、もしかして例の補欠か?」

「なんだそれ」

「補欠合格のくせにお情けで入学したっていうマヌケ」

「そんな奴がいたのか、それでそれがおまえか」

まるで値踏みするかのようにじろじろと燐を舐めまわすディック。

「なんだかいちいち癪に障るやつだな、おまえは」

さすがにいらだちを覚え始めていた燐、けれどここで騒ぎを起こすのもまずい。

「うちのクラスに文句があるならそれこそ対抗戦で決着つけたらどうなんだ」

「いうねえ、日本人」

互いに相手を牽制し合う二人。そこへ始業のチャイムが割って入る。

「時間か、それじゃ本番を楽しみにしてるぜ。せいぜい楽しませてくれな」

ディックたちは去っていった。入れ違いに桐生とレベッカが入ってくる。

「なにかあったの」

「おまえら面倒起こすなよって、またおまえか、獅童」

「またってなんですか、なにもしてませんよね」

「お前は問題児顔なんだよ、なんとなく。まあいい座れ座れ、ホームルームはじめっぞ」

おとなしく自分の席に戻る燐。

「そろそろ本番も近い、いい加減うちも代表を決めときたいんだが、立候補いないか」

静まり返る教室。誰も関心を示そうとしない。

「おれやります」

そこへまだ興奮が冷め切らない燐が名乗りを上げた。

「獅童か、ほか誰かいないか。どうせやるならもっと勝ち目がありそうなやつ」

「なんですか、それ」

「キリュウ、悪ふざけも程々に」

「このクラスはほんと主体性がねえな、おまえら負けてもいいんだな」

「おれが出たら負けるみたいなのやめてください」

「わかった、うちの代表は獅童できまりな、でもうひとり」

そのまま二人目が決まることなく朝のホームルームは終わった。中休み、屋上から臨海部を眺めている燐。

「なんであそこまで消極的なんだろうな」

他クラスの浅はかな挑発、相手をしないに越したことはないが、誰も反応しないのも気になる。みんなAWが嫌いなのだろうかそんなことにまで考えが及ぶ。

腕時計を見つめ踵を返す燐。屋上の扉を開け階段に足をかける。そこへ下から登ってくる人影。

「よお、休み時間おわりだぜ」

「ん、ああ、あなた」

黒髪めがねの日本人、先日の彼女である。

「そう、屋上で本を読みたかったんだけれど」

残念そうに燐に背を向ける。

「あのさ」

「なに」

燐の言葉に振り返る彼女。

「朝、うちにAクラスの連中がきたんだけど」

「そう」

「そうって。なんか感じ悪くてさ、なんであいつが代表なんだ」

「さあ」

唇を引き結ぶ燐。

「アンタとか主席とか他にいなかったのか」

「・・・」

「俺の話聞いてる?」

「私は彼が出たいというからどうぞといっただけよ。それに今現在での順位なんてあくまで入試の結果でしょ」

「そりゃそうだけど」

「で、あなたがでるのね」

「ああ・・・。え、なんで」

「彼に対して目くじらを立てそうなの、あなたくらいしかいないでしょ、あなたのクラスには」

「おまえさ、なに知ってんだよ。教えてくんない、頼むから」

燐の言葉を袖にするように少女は階段を下っていく。燐から姿が捉えられなくなる手前で足を止める。

「なんにでもドラマを求めるものではないわ」

彼女の言った言葉の意味を理解する間もなく、彼女は去っていった。つかの間、彼女の言葉を反芻する燐。

「要するに、大した理由じゃないってことか」

それでも、真実を知らなければ胸のもやもやは消えない。燐の知りたがっているそれはきっと、三流推理小説のオチのようなものなのだろう。それでも知らないままでは納得のしようもない。燐の胸のしこりは完全にはとれない。



「頼む」

カフェテリアのテーブルで燐は頭を下げていた。

「学生証もらったんだ」

「ん、ああさっき教務部で」

手元の烏龍茶で喉を潤す燐。

「でさ、俺と組んで欲しいんだけど」

スプーンを口元に運ぶリズに対し燐はそういった。リズの顔色を伺いつつ丼をかきこむ。

「ふ~ん、で寮は」

口に溜まった米粒を喉に流し込む。

「もうしばらくかかるってさ」

丼をテーブルの上に置きお茶を飲みながらリズを見据える。

「はぐらかさないでくれるか」

「わかっちゃった?」

愛らしくはにかんでみせるリズ

「ごまかすなって」

「わかった」

目を伏せて一拍置く。

「いいよ」

屈託ない笑みを返してよこす。

「まあなんとなく言われるとは思ってたけどね」

「ほかに頼れるやついないし今回は。な」

リズの返事を聞いたきりしばらく黙り込んでしまう燐。

「噂のことでしょ、聞きたいのは、そういう顔してるよ」

「今はいい」

「そう?」

「なんか今は目の前のことだけ考えてりゃいいかなって」

再び丼に手をかけた。箸を持ったまま開いたり閉じたりを繰り返す。

「それじゃ行こっか」

りんの箸が止まる。

「演習場の使用許可とってあるんだ」

浅い溜息が溢れる。

「見透かされてるようで釈然としないな」

「いいからいいから」



入学後初めての週末がやってきた。古びた目覚まし時計がやかましい鈴の音を撒き散らす。めざましどけいに鉄槌が振り下ろされる。

「きょうは半休だっけか」

窓から射す柔らかな日差しが、宙に浮いた塵を可視化させる。布団の中でもがくようにして姿勢を変え、燐は天井を仰ぐ。手早く支度を済ませた燐は、まだ開店前のカフェテラスへと足を運んだ。昨日のうちに五十嵐から仕事を頼まれていたからだ。約束通りカフェテラスへやってきた燐だがカフェテラスの扉は錠がかけられたまま。

「朝早く済まないね獅童くん」

うしろから声をかけられる。

「おはようございます、五十嵐さん」

「うん、おはよう。じゃあ行こうか」

「はい?」

そのまま燐を連れ立って五十嵐は歩き出した。

「仕事の内容きいてませんけど」

「来週から対抗戦だからね、今日の午後に外の業者にスーツのシステムチェックをしてもらうんだけど、その前に軽い起動テストをね」

「でも授業でも使ってますよね」

「だから君にしてもらうのは使用頻度の低い予備の機体」

そう言って二人は学内第三格納庫にやってきた。扉横のシステムパネルにカードキーをスライドさせると重い自動扉がゆっくりと開き始める。朝の光が薄暗い格納庫に流れこむ。

中に足を踏み入れるとそこには十数台のAWが横並びに格納されていた。

「結構ありますね。奥にあるのって」

「一世代前の機体だよ」

ふたりはその機体の前まで歩みを進めた。

「授業ではもう使われてないけどね、本校にも格好だけの研究施設があるからそこのために残ってるんだ」

「触っていいですか」

「興味あるかい?」

「こういうの触れる機会ってほかじゃないでしょ」

五十嵐の了承を取ると燐はその機体を立ち上げ始めた。

「ん、これって」

「うん、一口にAWもそれぞれ違ってて面白いでしょ」

起動後、授業でやった簡単な歩行動作を試したあと、当初の仕事に取り掛かった。

「おつかれさま」

仕事を終えた燐は格納庫前で五十嵐と別れ、一度宿直室に戻り、それから午前の授業に出かけた。



「うん、ホバー走行もなかなかいい感じじゃない」

「そういうおまえもうまいな」

午前授業が終わると、対抗戦を控えた選手たちは演習場へ流れた。対抗戦間近ということもあり、本日の午後は、3つある演習場の一つが自由解放されている。ただし使用は登録選手に限られていた。

「確か今回に限って特殊装備は使えないんだよな」

「そうね、AWで殴り合うおさむい試合になりそう」

「授業でも基本操作しか教わってないわけだし当然だろうな」

そんな会話をしながら、互いの間に円を描くように二人は対面走行をしている。地表から30センチにも満たない高さに浮かせ、砂煙を静かに巻き上げながら、旋回飛行を繰り返す。

「上級生も観戦に来るんだよな」

「恥はなるだけかきたくないわね、けど心配しなくても大丈夫よ」

「ん?」

「たかだ新入生のお遊びだもの」


訓練後更衣室で汗を流したあと、カフェテリアでお茶をする燐とリズ。ガラス窓の外を見ると、作業服で道を往来する学生らしき姿が、いくつも目に入る。

「あれって先輩らだよな」

「設営の準備をしてるんでしょ」

「学生でもそんなことやるんだ」

「向こうの学校では外注がほとんどみたいだけど」

リズの言葉を聞きながらストローをすする燐。

初めてだらけの日常、そして来週は初めての対抗戦。既に自分と同じ道を通った諸先輩の姿を眺めながら胸に宿る期待と不安を積み重ねていく。そして入学後初の実戦がはじまる。


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