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第三節「初体験」

翌日の教室でリズの言ったとおり驚きの発表があった。今から一週間後に新入生によるクラス対抗の交流戦が開かれるというのだ。

「今言ったとおりクラスの中から2名の代表を選出、出場してもらう。まあ新入生歓迎イベントの一環だ。気楽にやれ。このクラスならそこそこいいところまでいけるだろうさ」

桐生はどうも人ごとのように言う癖があるらしい。

「先生、自分たち初心者なんですが」

クラスの中から声が上がる。

「嘘つけ。どうせジュニアハイスクール時代になんかしらの特殊カリキュラムに参加してんだろ」

燐にとってこれは初耳だ、けれどほかのクラスメイトたちは大して驚いていない様子。

「まあ安心しろ、今日から一日2コマちゃんとした研修があっから」

昨日の失敗を活かし燐は既に通訳機を手に入れていた。けれど感心すると同時に妙な感覚だ。人の言葉が聞こえると同時に、内蔵されているボイスサンプルが自動生成され再生される。これはすごい、確かにすごいが。

「せんせえ、一週間でなんとかなるんかいな」

「そいつぁ強制参加なんですかい、だんな」

どうにも翻訳言語が標準語からかけ離れているようだ。これは制作上のミス、もしくは開発者の意図もとい趣味なのか。どうやらこれに頼ってばかりいないで、早く外国語をみにつけたほうがいいようだ。

「いっただろう、ふたり代表だせばいいんだよ。ほかの連中は観戦でもしてな」

「それはないでしょう、桐生先生」

教室の外から声が聞こえた。

「あなたはほんとにいつも適当なんですから」

入口からスーツに身を包んだブロンド美女が入ってきた。

「お努めご苦労さんベッキー、今帰りか」

「学校ではレベッカと呼んでください桐生先生」

突然入ってきた女性に、微かに、教室がざわつく。

「みなさんははじめましてですね、私はこのクラスの担任のレベッカ・アルジーンです」

「このクラスの担任は桐生先生では」

「俺も担任さ、うちの学校はダブル担任でな。どちらかが副担任というわけでもない。理由はまあいいさ、そういうもんだって思ってれば」

「キリュウはあいかわらずですね。私は昨日まで海外の関連校に研修に行ってました、今日からあらためてよろしくねみんな」

担任が二人という事態に驚きはしたものの、そのあとの進行はほとんどレベッカが担当するということで、何事もなくホームルームはおわった。当分は桐生が副担任の形に収まりそうだ。


そうこうするまに初めての実技研修が始まった。

燐にとってはもちろんはじめての実機を使った研修である。まずパワードスーツ専用のフィッティングスーツを直に着込む。その後、簡易操作法を口頭で学んだあと、試乗である。専用カタパルトに固定された機体に乗り込み装着を行う。装甲の胸にあたる部分の裏側はタッチパネルになっており、それを操作してOSを起動させる。パネル操作を何度か操作して、武装の関連付け、搭乗者のパーソナルデータを入力していく。最後にオートフィッテングモードを起動させればあとは為すがまま。腕パーツに内装されたグリップ端末を握ることでスーツのあらゆるところに付けられた電極から電気信号が送られる。そしてフィッティングモードがはじまると、機体内部に収納されたバルーンが膨らんで肉体を圧迫し、体型にあった最適処理がなされる。5分ほどすると最適化はおわり電極からの信号で機体各所が手足のように操作可能になる。

一巡目のグループが、最適化が終わったところでレベッカから号令がかかる。

「とりあえず最適化はうまくいったようね。きょうはまず歩行から始めてもらうわ。たかが歩行といっても竹馬に乗っているようなものだから、バランスがとれないとすぐにコケるわよ」

そうは言っても、特進クラスはさすがだった、誰一人として初歩の歩行でコケる者はいない。燐を除いては。

「くそっ、なんでうまくいかないかな」

3度目以降苛立ちが如実に表れている。

「シドウ、もっと力を抜きなさい。足の筋力で動かそうとしないの。全身の呼吸で歩くのよ」

「そうはいってもレベッカ、そう簡単に、うぉお!!」

体制を崩し4度目の転倒を覚悟し前に倒れこんだ。

ガシッ

「大丈夫?リン」

倒れかけた体を誰かに支えられた。だれだっけか、外人の声は覚えづらい。そう思いながら顔を上げる。

「リズか、ありがとう助かったよ」

「これだけ転ぶとか才能ね」

「なんだ、馬鹿にしに来たのか」

「私が教えてあげよっか」

「いいのか」

「みてて、こうやるのよ」

燐の目の前でリズはすいすいと歩いてみせた。更には小気味よくはねて見せてもいる。

「すごいな、ホントすげえ」

思わず、感心してしまった。そのあと、授業が終わるまでリズにつきっきりで指導してもらう燐。

「シドウ、リズベットほかの子に変わりなさい」

「もう少し、もう少しだけ」




「ふぅ~、疲れた」

更衣室でシャワーを浴びたあと廊下に出るとリズが待っていた。

「どうした、リズ」

「リンは遅いからね、これ貸してあげる」

そう言ってリズが差し出したのは指導教本用の記録メディアだった。

「これで勉強しろって?」

「そういうこと、私もう全部できるし」

そのメディアにはbeginnerと書かれていた。

「なあこれ・・・」

「もちろん英語よ、字幕なし」

「げ、まじ?」

「ちなみにリージョンフリー♪」

「聞いてないよ」

それでもこの気遣いは素直に嬉しかった。

「サンキュ。見てろよ、一日で上達してやるから」


その夜、全教室のゴミの収集という雑務をこなした燐は、宿直室でぐったりしていた。

「ゴミ集めとか、普通は清掃業者がやるもんじゃ・・・仕事の基準がわからん」

大きな伸びを何度も繰り返しリラックスしていると、昼にリズに借りた教本を思い出した。

「今のうちに見ておくか、えっと再生デバイスはっと」

辺りを見回してもそれらしきものはない。10分かけて更に隅々まで家探ししたが、出てきたのはVHSと書かれた大きな黒い箱だけだった。

「なんだこれ?これじゃないよな」

大きくため息をついて、仕方なく今夜は諦めることにした。


翌日、昼休みを見計らって視聴覚室の使用許可をとった燐は、昨夜見れなかった資料データを見ていた。パッケージの中にはびっしりと要点が書かれたメモも添えられて

「けど、英語なんだよな。はあ」

リズベットは気の利くいい少女なのだが如何せん燐の英語は中学英語の上位受験レベル。小難しい用語ばかりの専門書を読めるレベルではない。それでもなんとか、自前のポータブル辞書とメモとモニターを交互に見比べながら頭に叩き込む。

「ああ~、やっぱこういうのは実践が一番だよな。けど理屈も理解しとかねえと。せめて字幕さえついてりゃもう少しは・・・」

ウィーン。その時視聴覚室の自動扉が静かに空いた。

反射的に振り向く燐。黒髪の見慣れない少女が入ってきた。

こんな時間にほかに利用者がいるとは思わなかったものの、無視するのは感じが悪いと判断し、

「こんにちは、君もビデオみにきたのかい」

とぎこちない笑顔で話しかける。

「わたしは、日本人よ」

英語の問いかけを英語で返されてしまった。しかも日本人だという。

気まずさに拍車がかかる。燐の作り笑顔に対し、彼女の少し長めの前髪と照明で乱反射するメガネで、表情が読み取れない。

「この学園にほかの日本人がいたのか」

「そりゃいるでしょうね、ここは日本だもの」

「そうだけどさ、クラスにもほかのクラスにも・・・いやいたっけ?」

「あなた、Bクラスの補欠さん?」

「知ってんの?」

「ええそこそこ有名だもの」

「なにかした覚えはないんだけど」

「噂ってものは勝手に広まるのよ」

「そういうあんたはどこのクラス」

「特進Aよ」

「Aってまじか、すげえな」

「すごくないわ、別に」

「そういやどっかで見たな」

何も答えない少女。

「もしかしたらだけど入学式で・・・」

「私よ」

「やっぱり。やっぱすげえよ、日本人で主席って」

「主席じゃないわ、次席よ。あれは代役。主席の人はまだ一度も来てないんじゃないかしら」

「なんで」

「さあ、そこまでは知らないわ」

「そっか、それでもすごいよ。おれは補欠だったから」

「それであなたはここで何を」

「これ。操作教本みてんだけどさ」

燐のそばまで歩み寄りモニターを覗き込む。

「これ初歩中の初歩じゃない」

バツが悪く頬を書く燐。

「昨日初めてだったんだけど俺だけうまくできなくてさ」

「あなた素質ないんじゃないの」

「そういうこと言わないでくれる、割と本気で落ち込むから」

「こっちは英語のメモね」

「そうなんだけどところどころ分かんなくて・・・そうだ、あんた次席なら英語もできるよな」

「ここでは困らないくらいにはね」

音を立てて手を合わせる燐。

「頼む、翻訳手伝ってくんない」

「私も用事があってきたんだけど」

「わかってる、そこをなんとかちゃんとお礼するから。そのうち」

呆れ声をあげる少女。

「さすが問題児ぞろいのBクラスの補欠くんね」

「問題児ぞろい?なにそれ」

「そう言う噂があるってこと、で、どこがわからないの」

「あ~そっちも気になるけど、今はこっち」

少女の協力のおかげで、独力の四分の一の時間で、内容を把握できた。

「理屈はこれで良し。いや~ほんと助かったよ。えっと」

「なに?」

「えっと、名前」

「名前がどうしたの」

「だから教えてくんないかな名前」

「嫌よ」

あっさり断れた。

「いやいやいいじゃん名前くらい」

「いやよ教えたくないもの」

「なんで」

「嫌なものは嫌」

「ん~ん」

唸り声を上げる燐。

「わかった、じゃあ今度の交流戦でそこそこいい成績出したら教えてくれ」

「なんでそういう話になるの?」

「なんとなくだけどあんた俺のこと認めてないみたいだし、要するにプライドの問題なんだろ」

「そういうわけじゃないけど・・・まあいいわ勝手にして、どうせ無理だろうし」

「言ったな、なんかよくわからんがやる気出てきた」

「まあせいぜい頑張ってね」

一人やる気に打ち震えている燐をよそに、少女はさっさと教室を後にした。


その日の実技研修。

「やるじゃん、リン」

「昨日よりはマシになったわね、シドウ」

授業開始時はまだぎこちなかった歩行術も、回をこなすごとになめらかに正確に早くなっていった。

「ビデオもよかったけどリズが書いてくれたコツのほうが効果あったかな」

「そう、よかった。リンには難しすぎると思ったけど」

「おまえなんだかんだで俺のこと小馬鹿にしてるよな」

「そんなこと、あるかも」

満面の作り笑顔を燐に向ける。

「おまえなあ自分が美人だからって調子に乗って」

「うわあ、褒めてくれるんだうれしい。リンもまあまあイケてるよ」

腕を前に垂らし脱力する燐。

「つきあいきれんわ、おまえにゃ」

「でも。実際結構大変だったんじゃない」

「いや、幸運なことに凄腕の助っ人がいてさ」

首をかしげるリズ。

「そういや妙な噂聞いたんだけどさ、うちのクラスが問題児ぞろいってやつ」

途端、急に声を潜めるリズ

「ダメだってリン、大声で言っちゃ」

「なんかまずいのか」

「まずいっていうか、まあいいわ。問題児っていうかねうちのクラスはね素質はすごいけど何らかの理由でやる気がないコが多いの」

「なんだそれ、特進クラスなのに」

「みんなそれぞれ事情があるってことなのかもね。かくいう私もじつは、・・・だったりして」

「おまえはないだろ」

「ひどい、そうかもしれないじゃん」

「お前みたいなやつまでいわくつきならおれ、もう誰も信用できねえもん」

「ま、いっか」

「さ、次。ステップの練習いくか。その次はホバー走行。じゃんじゃん覚えてくぞ」

意気揚々と走り出す燐だった。


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