第十壱節「嵐」
GIC社での課外研修も残すところ今日明日と明明後日の午前の部のみその日の夕方には帰路につくことになる。実習に関していえばあと二日だ。曇天の空の下始まった本日の研修。
「実技もあと2回か、ここの暮らしも慣れてきた頃だな」
昼間にもかかわらず空は薄暗く覆う黒雲でまるで既に夕方のような光景だ。
「みんなとももうすぐお別れかさみしいな」
暗い空を見上げながらペドラは心境を吐露する。
「まだ2日もあるわ。明後日も講義はあるんだし」
「天気が悪いと実習は中止なんだろ?今日はなんとかもってるけど」
「この分じゃ明日はわからないね、今にもって感じだし」
「ほらほらそこさっさとこっちに来て並びなさい。始めるわよ」
「このところGICの株価の伸びがすごいわね、噂通りなにかあるのかしら」
「あれ?ここ携帯端末使えないんじゃなかったっけ?」
風呂上りまだ乾ききらない頭髪をバスタオルでゴシギシと荒く拭きながら燐は疑問を口にする。ここでの演習中、企業の内部情報漏洩のためネットワークを介した外部接続は著しく制限されている。
「ニュースを見る分には問題ないわ。情報発信は検閲が入るけども」
「そうだっけ?」
ボンと座布団の上にあぐらで腰を下ろす。
「皇さんそう言うのも見るんだね。株価が上がると何かあるの?」
依然小型の携帯端末の画面に目を落としたまま睦海は答えを返す。
「企業がなにかしらアクションを起こすということよ」
燐と睦海ふたりっきりの空間。はじめの2,3日は互いに僅かな緊張を漂わせていたものの何日も共に寝起きしているうちにふたりの間はもはや同居人のような距離感にまで達していた。基本的に朝は睦海の方が早く目を覚ますため燐が起きる頃にはすっかり支度を整えているのが常だ。睦海のパジャマ姿という少し特別なエッセンスも妹のそれを見るのと同じ感覚に近づいていた。
「今日はヘアピンつけてるんだね」
ちょっとした異変も気兼ねなく尋ねる。
「読み物をするのに邪魔だったから」
「なんか新鮮だけど似合ってる。うちの妹もさ寝る前はいつもヘアピンしててさ」
とりとめのない言葉も軽く口からこぼれ落ちる。
睦海は読み物を終えると端末を卓上に置きメガネを外した。
「彼には感謝しなくちゃね」
「彼って?」
「ディック、だったかしら?」
「疑問形はかわいそうだよ。ディック泣くよ?泣かないだろうけど」
「彼のおかげでこの研修に参加できたわけだし」
「おかげって言ってもあいつは編入したくなかったろうな。あいつが一緒だったら」
手を畳について上体を少し反らせる。天井の一点を見つめそれから睦海に視線を向けるとはにかんだ。
「互いに意地張って張り合って険悪だったろうな。俺も皇さんと一緒で楽しかったよ。なんか最後まで同じ部屋みたいだし」
「そのへんは先生に文句を言いたいところだけどこの際もういいわ」
寝支度を済ませ布団を敷くふたり。横に並んだ布団は初日と比べると明らかに距離が縮まっていた。それは互いが無意識に意識しなくなったことそ意味している。改めて口にしなくても共同生活を通してふたりの間に友情が芽生えていることを表していた。
「ここに来てすっごい勉強になったって思う」
「そうね学内では学べないことも多かったと思う」
「社員さんに話を聞けたりしたのも大きかったよね」
「そうね」
「ペドラとかほかの学校の子とも知り合えたし」
「そうね」
「教授とか教官とかその道のプロにも会えたし」
「そうね」
「皇さんとも仲良くなれたしね」
「・・・」
言葉は帰ってこなかった。気になりそちらへ顔を向けると目を閉じ安らかな寝息を立てる少女の姿が。しばし優しい顔でその寝顔をみつめる。
「ポーカーフェイスでもやっぱ疲れるもんは疲れるか」
起き上がり部屋の明りを消し続いて枕元の間接照明に手を伸ばす。
「おやすみ皇さん」
寝室が穏やかな暗闇に包まれた。
びゅうびゅう
朝から憂鬱な顔で箸をつつく燐の姿にペドラが声をかける。
「元気だしなよリン。台風なんだからしょうがないじゃん」
対面に座った睦海は顔色一つ変えない。
「実技の最終日に屋内トレーニングはないよ」
尚もブウたれる燐。味噌汁を啜る睦海に目を向ける燐。
「皇さんもそう思うよね」
「確かにせっかくの研修が屋内でというのもそうね」
睦海から共感を得られたことで僅かながら燐の表情に光が射す。
「けれども天候に文句を言っても始まらないわ。気象には抗えないもの」
すぐにまた落胆の色を示す。
「そうだけどさ」
社員食堂の窓から外の景色を眺める。横殴りの雨が激しくガラス窓を叩いていた。びゅうびゅうと勢いを変えない風の音が屋内にまで入り込んでくる。テーブルの上に肘をつき窓の外を見つめ誰に言うでもなく燐はこぼす。
「雨か」
「mission start」




