喫茶店“ゴブリン”の変わった1日
鶏肉の日一周年記念です。
キャラクターの登場を許してくださった作者様には感謝のお言葉を送ります。
新しい年を迎えてから早一ヶ月。時間というものは進むのが早いとしみじみ感じる寒空の下、今日も今日とて飽きることなく女の子たちの行列はあった。
毎度のことながら、美味しいランチとイケメンな店主、それと可愛らしい店員とそれが描くラテアート目当てによくもこんなにも並ぶなと実際働いている側の人間としては思うわけだが、今日の喫茶店“ゴブリン”はいつもと違った。
「見て見て、あの人。すっごいイケメン」
「ホントー。刹佳さんと並ぶくらいヤバイよね」
「ていうかー、すっごい絵になるーっ」
暖かい店内でゆったりとお茶やランチを楽しむ客の大半がコソコソとある特定の人物に熱い視線を送り、彼のことを話題にしている。
「やだー、こっちからは背中しか見えないしー」
「顔もすっごいイケメンだよ。ほら、こっち来る?」
「ええー、わたしも見てみたいー」
「あ、あの……お待たせしましたっ」
明らかに聞こえているのに内緒話を続ける女の子たちのテーブルに、稔が人気のカフェラテを運んだ。が、いつもなら彼がテーブルを回るたびに話しかけられ、可愛いとちやほやされるというのに、今日は空気以下の存在感だ。
「あっ……。ありがとう、稔くん」
「ど、どうぞごゆっくりっ」
稔も稔でいつもと違う店内に変に緊張してしまっているのか、身体が強ばっている。
注文を受けていたものを運び終え、彼はこちらに戻ってくると大きなため息を吐いた。そして、
「いつもなら、いつもなら僕が一番人気なのに人気じゃないですぅ」
と、震えた声で悔しそうに言った。悔しそうではあるが抑揚のない口調である。
「仕方ねぇだろ。今日は、ほら……」
オレはカウンターに座って一人コーヒーを飲んでいるとある客に気付かれないよう、そっと指をさし、稔を宥めるように言った。
カウンター席の一番隅、そこには長身の男性が座っていた。髪は銀色でとても長く、黒いコートとすごく似合っている。首には赤いストールが巻かれ、顔立ちはオレたちの斜め前でグラスを拭いている店主と並ぶほど整っている。もちろん、隣にいる稔も端正な顔だとは思うが同じ端整な顔立ちでも種類が違う。
「マスター、このコーヒー……とても美味しいですね」
湯気と香りの立つブラックコーヒーを口に含み、彼は言う。話し方もとても上品で品がある。
「ありがとうございます」
刹佳さんも褒められてにこりと笑う。やはり、彼はどれだけ女の子に持て囃されようとも自分のいれたコーヒーを美味しいと言ってもらえることの方が嬉しいのだろう。
「あーっ! うめぇ!!」
静かな空気が流れたと思ったそんな時、ガシャン! と乱暴に食器を置く音がした。同時に満足げな笑顔を浮かべる青年が言う。
そういえば、今日は変わった客がもう一人いた。周囲の目はカウンター席にいる彼の方に向けられっぱなしであったが、そこから近いテーブル席にも同じような“変わった客”がいた。
短髪に刈った白に近い銀の髪に釣り上がった目。なにかスポーツでもしているのか健康的な肌の色と体格をした青年は、今日のランチであるタンドリーチキンを食していた。服装が少しこの辺で見かけない、ラフといえばラフだけれど一昔前の西洋で暮らしている庶民が着ていそうな格好を見るに、外国の人なのだろうか。
「はーっ、美味かった美味かった! おい、何突っ立ってやがんだよレジしてくれよ」
食事が終わり、ガッと椅子を引いて立ち上がると青年はズボンのポケットに手を入れながら隅の方で店内の様子を見ていたオレと稔にそう言った。言い方がとても乱暴だ。
「は、はいっ。ただいま……」
「ったく、ちゃんとしてくれよなー」
はあ、とため息を吐く青年よりも先にレジに着けるよう足早に満員の店の中を移動し、オレは会計をして彼を笑顔で見送った。
「何で、十一人もいたんだろ……」
稔の元へと戻ろうとすると、ボソリと呟き声が聞こえた。そうだ、変わった客はまだいた。
さっき出ていった青年とまだ奥にいる彼とは違い目立つことはないが、入口に近いカウンター席に座って、ずっと同じことを呟いている。……なにが、十一人いたんだろう。
「ありがとでした」
入れ替わるようにして今度は稔が女の子たちを見送り、外で待っている他の女の子を呼ぶ。本当にこの店は女の子しか来ないのか。
「篤志さん。さっきのタンドリーチキンの方だと思うんですけど、これ日本円じゃないですよ」
「え?」
レジから戻ってきた稔が突然そんなことを言う。オレは首を傾げながら彼の手にある小銭をよく見てみると、確かにこれは日本円ではなく外国の硬貨だった。
「もうっ、ちゃんと見てお会計してくださいです」
「だってこれ、ぱっと見十円じゃん」
「言い訳はめぇですよっ。……全く、これだから篤志さんはダメダメなんです」
……怒られて、しまった。いやでも、間違えた自分も悪いが外国のお金を出したあの、青年も悪い。というか、同じ財布の中に違う国の金を入れるなよな、まったく。
「なんで、十一人いたんだろう」
会話と会話のほんの少しの隙間に上手い具合にあの男の声が挟まる。だから、なにが十一人いたんだよ。
「御馳走様」
十一人いた男にツッコミを入れていると、あの長髪の彼が席を立った。同時に他の客の視線が彼に向けられる。
「はい、またいらして下さい」
「時間があれば是非。ここのコーヒーが飲みたくなったらまた来るよ」
にこりと優しい笑みを浮かべながら刹佳さんにお金を払うと、後ろにいたオレと稔にも会釈をし、そのまま店の外へと出ていった。醸し出す雰囲気は謎であったが、紳士的で人を魅了させるような風貌は、俳優かそれに近い職業をしているのだろうかと勝手に連想させる。
「なんで、十一人も……」
彼が出ていったあと、すぐに男もお金を払って出ていく。やはり、最後まで十一人を気にしていた。なんだか追いかけてなにが十一人もいたのか聞きたくなるくらい気になってきた。
「稔くーん! いつものおねがーい!」
風変わりな三人の客がそれぞれ店を去ると、そのタイミングでようやく稔の人気が通常通りに戻った。稔は三人組の女の子に呼ばれると、はっ。と息を漏らしてオーダーを取りに駆けていった。
まだ昼の一時を過ぎた頃。今日は、なんだか長そうだ。