メリネ村
白い土壁と木の柱で組まれた昔ながらの家が並ぶメリネ村は、深い緑の生い茂る森に囲まれたところにある。
小さいながらも人口はそれなりに多く、朝の早い時間帯である今も、立ち並ぶ店や家から活力あふれる人の声が聞こえていた。窓は閉まっていても、起き上がって今日一日の準備を始めている気配が感じられる。朝の食卓も並べられているのだろう。どの家からも食欲をそそられる香りが漂っていた。
村の中心部に位置する比較的大きな建物も同じだった。『ビルの宿』と大きく彫られた木の看板が人目を引いている。古くて色もはげかけているのだが、コケが生えていないので長い間丁寧に扱われてきたのが見てとれた。
その看板が立てかけられている大きな木製の扉の前では、ヤギが三匹草を食んでいる。首についている鈴の音が重なり、今日が始まることを教えていた。その隣では大きな白い猟犬が、気持ちよさそうに自分の小屋で寝ころんでいる。ときどき動かされる太く長い尾が、ゆっくりとした時間の流れを表しているように見える。もしくはこの村の表情そのものなのかもしれない。
犬小屋の上からは、木の窓枠にはめられたガラス越しに、建物の中の様子を見ることができた。質素ながらも小綺麗に整頓されている広間には、テーブルと椅子のセットが三つほど並べて置いてある。二階へと続く階段が一番奥にあり、その横のカウンターでは、男がはたきを持ち、埃をはらっているところだった。おそらく彼がビルだろう。
布切れを束ねただけのそれを器用に振り、カウンターの上を綺麗にしている。羽ペンとインク壺の乗ったペン入れを空いている方の手で浮かし、その下にたまった埃も取り除いていく。大柄な体に似合わない細かな動きだ。着ている白い袖なしのシャツは、たくましいビルの上半身ではちきれんばかりだった。
一連の作業が済むと、ビルははたきを近くの壁にぶら下げて、カウンターの内側の扉を開けた。短い廊下の突き当たりに、こじんまりとした部屋がある。彼はその中に入ると、二つ並んでいるベットのうち窓側の方に行く。朝の日差しを浴びている、少ししみのついた布団は、上半分がこんもりと盛り上がっていた。枕元からは少しだけ、黒い髪の毛が見えている。その髪の主は、ビルが部屋に入ってきた音に気付いたのだろう。はみ出していた髪の先まで隠すように、もぞもぞと布団を引っ張り上げた。
「おい、トルレオ起きろ。いい天気だ」
ビルはベットの中で丸まっている息子にそう言って、窓を開けた。心地のいいそよ風とともに小鳥の鳴き声が聞こえてくる。額縁の中の絵のように、遠くの山々が鮮やかに見えた。ビルの言う通り今日は雲ひとつない。
しかし、明るい外の空とは正反対の暗い声が、こんもりとした布団の中から聞こえてきた。
「嫌だよ父さん……。どうせ、天気に関係なく先生に叱られるんだから」
トルレオと呼ばれたその声はとても幼い。あまりひびかない大きさで父親に訴える。
しかしビルは、手慣れた手つきでその布団を引っ張った。トルレオのちいさく丸まった姿があらわになる。黒く短い髪の下で、綺麗なグリーンの瞳がうっすらと開く。トルレオはビルに布団をとられたことに気づき、慌てて取り返そうとしたが、ビルはすでに畳み始めていた。そして眠気に負けそうな息子を励ますように声をかける。
「何言ってんだトルレオ。今日みたいな日に弱音なんか吐くな」
そう言って笑って見せる。
「そんなんじゃいつまでたっても大人になれないぞ? お前ももう子供じゃなくなる時期なんだ。気合入れろって」
「別に大人になんかなりたくないよ……。それにきっとなれないもん」
ビルは、そのそっけない返事に小さくため息をつく。
――確かに、このままじゃそのとおりなんだよな……。
うつらうつらと、粗末なベットに腰掛けるトルレオを眺めながら、顔をしかめる。
その不安はこのメリネ村の掟にあった。十二歳になるトルレオのような子供は、一年間リトルスクーズと呼ばれる学校に通って大人になるための試験を受けなければいけない。大人として認めてもらえなければ、この村で何をするにも大人の許可がいることになる。その中には、買い物や遠出といったものが含まれていた。
試験の内容は、生きていくうえで必要になる最低限の計算や読み書きだったのだが、トルレオはどうしてもそれらができなかった。トルレオいわく、必要な計算式や文字を覚えることが苦手らしい。
リトルスクーズの教師もその出来の悪さには頭を抱えるばかりで、ビルはよくその教師から苦言を聞かされていたのだ。ビル自身、毎日落ち込んで帰ってくるトルレオに、うまく接してやれずにいた。
「……まあ、行って損はないさ」
少し小さくなった声で、自分にも言い聞かせるように、着替え始めた息子に言う。
ベットの脇の棚に小さなかごが並べられていて、その中の一つにトルレオが外で着るための服が入っていた。昨日ビルが小川の下流で洗ってきたばかりだ。
ビルと同じ白いシャツ姿になったトルレオは、頷いて見せてくる父親に向かってしぶしぶ頷き返した。何も持たずに部屋を出ると、廊下の窓ガラスに映った自分の姿を確かめる。頭のてっぺんに寝癖がついていたが気にしないことにした。
「頑張ってこいよ!」
気合の入っていない顔のまま家を出ていくトルレオの小さな後ろ姿を、ビルは不安そうに見守った。
こんにちは。一葉音羽です。
前に書いた「振り子時計」以降小説を創ることが好きになり、練習がてらずっと書き続けてきました。
推理から日常ときて今度はファンタジーに挑戦しよう!と思っていたところ、「なろうコン」というコンテストが開催されているではないですか!(笑)
これは挑んでみるしかない、と感じキーワードに入れさせていただいたのです。
さて、連載とは言っても、自分で書いたものの面白さは自分では分からないものですのでどれだけ続くことやら……汗
やれるだけやってみたいと思います!
これで少しでも成長出来たら、またそれでいいのではないかと(笑)
ではでは、不定期連載になりますが、トルレオ君はどうなることやらです。
あでおす!