野生の幼女を手懐けた!
「知らない天……岩?」
夢は記憶を整理するためのうんたらかんたら……。
ボクは確かに夢の中で事実として起こった事を反芻していたんだ。
だからこそ満を持して瞼を開けた際の記念すべき第一声はコレしかないと思っていたのに……結局は最後まで言えなかった。
「あーうー!」
「ふおあいたッ!?」
目の前に広がる天井ではなく、岩にしかみえない光景に思考が停止していたらやたら元気な可愛らしい声と共に薄汚れてはいても満面の笑みの幼女が現れた。
唐突すぎる登場に驚いて体を捻った瞬間に激しい痛みに悶絶してそのまま意識がプッツリと途切れてしまった。
……不覚。
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話を整理しよう。
えー……彼女、薄汚れていてどうみても何かの動物の毛皮を剥いで天日で干しただけのような衣装を着ている幼女はボクを助けてくれたみたいだ。
傷だらけだったボクをこの洞窟のような住居に運んでくれて、見るも無残な怪我にドス緑――そうとしか表現できない――薬草っぽい凄まじく苦い匂いを発する物を塗りつけて直してくれた。
ちなみに治すではなく、直す。
血は止まっていたが、肉が抉れていた箇所が逆再生されるかのように見る見る再生していく様は決して治すではない。
これだけを見てもどうやらボクは今まで住んでいた世界ではないことを理解した。
そして満面の笑みでボクを直してくれているこの幼女。
まったく言葉が通じない。
基本的に終始笑顔で可愛らしい。
しかし髪はボサボサ。体は汚れまくり。匂いもかなりきつい。
まぁボクが寝ている寝台らしき藁に毛皮を重ねただけのところも相当匂いがきついけど。
多分ボクも今相当臭うだろう。
彼女がどこかから採って来る食料も基本丸齧りだ。
果物っぽい物や前の世界でも自生していそうな野野菜っぽい物はまだ食える。
背に腹は変えられないしね。
でも生肉。おまえはだめだ、座ってろ。
新鮮なら刺身でも肉は食えるみたいだけど、ちょっとこれは厳しい感じだ。
せめて焼こうよ、幼女君。
一応火は暖を取るためなのか焚き火がしてある。
洞窟の中で焚き火は一酸化炭素的なモノが危ないと思ったが、天井部分にはないが横壁には穴があいていてそこから換気されているようで大丈夫そうだ。
実際もう1日以上ここにいるけど問題ない。
そんなわけでボクはこの幼女に助けられ、傷を直されながら食事を与えてもらっている状態だ。
元いた世界じゃないこんな場所に来てしまった理由は大体想像できる。
目を覚ます前の記憶ははっきりと覚えているから。
でも大怪我したままだし、野生の幼女に助けられている状況が混乱を加速させる。
漫画や小説でよくある異世界トリップ的な物だろうけど、そういう場合って怪我したままとかないし。
最初からクライマックスとかまじ勘弁。
幼女に拾われなかったらトリップ直後に終わってたんじゃない? ボク。
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野生の幼女に養われ始めて5日。
大きな怪我はあのドス緑の薬草で大体修復された。
もう意地でも治ったなんて生易しい言葉は使わないぞ!
でもそこでドス緑の薬草が尽きてしまったのか、小さな傷や怪我はゆっくりと自然治癒的に治すみたいだ。
相変わらず元気で可愛い薄汚れて匂いのきつい幼女だがもう大体慣れた。
あと彼女は基本的に「あー」と「うー」しか言わないので会話は相変わらず成立しない。
この5日看護してくれた幼女だが、大体の大怪我が直ると外出する時間が一気に長くなった。
そして帰ってくると必ず大量の生肉と新鮮な毛皮を持って帰ってくる。
……つまりは狩猟に出ていたと言うことだろう。
毛皮や肉の量がちょっと尋常じゃないのはこの際突っ込んだら負けだと思う。
小さくて可愛らしい幼女だがその狩猟の腕は凄まじい物のようだ。
彼女以外に人はまったく見ないわけだし。例えば親や師匠的な人を。
生肉には手を出さず、果物や野菜を丸齧りしていたボクだけど、大怪我も直ったのでそろそろたんぱく質的な物をとりたい。
それにいい加減生で齧り付いて口の周りを真っ赤に染めている幼女を見ているのも忍びなくなってきた。
むしろ今までよく耐えたボク!
「ほら、幼女君。こうして火で炙ればもっと美味しくなるよ?」
「うー? うー!? ううー!」
これぞ革命。
幼女は肉を焼く事を覚えた!
焼いた肉の香ばしい食欲を誘う香りに幼女は物理的に涎を垂らしながら待ち、熱々の焼肉をそれはもうすごい勢いでペロリと平らげた。
熱くなかったのだろうかと心配になるくらいの勢いだったが、幼女の口内はその狩猟の腕同様すごかったみたいだ。
その日から生肉を食す事はなかったが毎日が焼肉になった。
さすがに見かねたボクは野菜を手ごろなサイズに圧し折って木の棒に刺し、肉を間に挟んで一緒に焼くと言う串焼きを幼女に授けた。
これぞ革命。
幼女は串焼きを覚えた!
あまり野菜が好きじゃなかった幼女はこの日から劇的に変化した。
焼いた野菜をすごく気に入ったのだ。
今では肉と野菜は焼く物として彼女に定着している。
これで栄養バランス的なモノはずいぶんマシになっただろう。
ボクの体の方も大分マシになってきた。
食や体の事が改善されてくると気になってくるモノが色々出てくる。
まずはこの汚さだろう。
すでに慣れてしまったが元は酷い匂いだった。
慣れたというよりは鼻が馬鹿になってしまったのかもしれない。
食事の味も細部までわからなくなっているし。
というわけで幼女にジェスチャーで水場に案内してもらった。
水は木の実の殻を器にした物で運んで来てくれるのでどこか近くに水場があるのだろうと思っていた。
思ったとおり案外近く、というかものすごい近くにあった。
洞窟から出たすぐ側に川が流れていたのだ。
洞窟の側には川。
だがその周りは鬱蒼と生い茂った木々に囲まれた……まさに樹海だった。
ここまで緑が濃いところは初めてだ。
ちょっと目をパチクリしてしまうほどその光景には魅入ってしまった。
幼女の不思議そうな顔とクイクイっとボロボロになってしまっている服の袖を引っ張る感触で我に返ったが、こんなところに放り出されたらボクは生き残れない。
それだけは確信した。助けてくれた幼女に感謝だ。
というわけで水場でしっかり体を清めた。
幸いにして川の水の温度は冷たすぎる事もなく、外気温も温暖だった。
多少嫌がった幼女だったが、焼肉や串焼きを教えたボクがしてくれることだ。
結局は素直に従ってくれた。うむ、可愛い。
石鹸やシャンプーがないのでちょっと大変だったが、苦心して幼女を丸洗いして綺麗にすると汚れていても可愛らしかった幼女の変化は劇的すぎた。
これぞ革命。
幼女は綺麗になることを覚えた!
非常にさっぱりした感じですっきりした顔をしている幼女は大満足らしい。
「あー」と「うー」しか言わないのに「むふー」と鼻息を吹かしていたし。
服を着ていなくても暖かいので風邪を引くことはなさそうなのでそのまま毛皮とボロボロの服も洗濯しておいた。
乾くまで川原で日向ぼっこをしてのんびりとして過ごす。
幼女が狩猟してくる獲物の巨大さを考えるとボクでは到底勝てないが、そこは隣で裸で日向ぼっこしている幼女がいる。
だからこそ安心して過ごすことが出来た。
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服も乾き、綺麗になってさっぱりもした。
となると次は室内の掃除である。
室内といっても洞窟だけど。
ベッド代わりの藁や毛皮を外に出して毛皮は丸洗い。藁は交換。
でも入れ替える前に掃き掃除だ!
青々と茂った葉のある枝を幼女に叩き折ってもらい、簡易的な箒としてせっせと綺麗にする。
溜まっていたゴミを徹底的に掃除し、藁も煙でいぶしてちょっとマシにした。
これぞ革命。
幼女は掃除を覚えた!
匂いは香木っぽいのを藁を燻すときに偶然発見したので運び入れる前に洞窟を煙で充満させてみた。
これがかなり劇的な効果を齎してくれて、染み付いたキツイ匂いは香木の素敵な香りに取って代わっていた。
これぞ革命。
幼女は香り付けを覚えた!
劇的な変化をした洞窟内はかなり快適な空間に変わっている。
ちょっと引くくらい変化したがまぁ快適なんだから問題ない。
幼女もいつもより元気で嬉しそうに満面の笑顔だったし。
その日は頑張ったから大分疲れた。
幼女大好き串焼きをたくさん食べて、いい匂いのするベッドでたっぷりと熟睡することができた。
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「知ってる天井的な岩」
「うー?」
翌日、目覚めたボクは不思議な力を会得していた。
いや元々持っていたっぽいこの力をやっと感じることが出来るようになった、というのが正解だろう。
どうやらこれがボクに与えられたチート能力らしい。
馴染むまでに時間がかかったみたいで今頃になって使えるようになったが、まだまだ自由自在に扱うには時間がかかりそうだ。
「というわけで、見ててね?」
「うー!」
幼女に今ボクの出来ることを見せてあげる事にした。
散々お世話になっている幼女のためだ。
ちょっとくらいは無理をする覚悟でボクは能力を行使した。
「じゃじゃーん! フライパン!」
「うー! うー?」
ボクの能力は無限創造。
ボクの中にある魔力的なものを消費してイメージ通りの物を作り出す能力だ。
ただし、イメージが足りないと消費する魔力が増えたり、全然違うものが出来たりしてしまう。
そして何もしないと10分で作り出した物は消滅してしまう。
消滅を阻止するには10分以内に作り出す際に消費した魔力の10倍の魔力を注がなくてはいけない。
10倍の魔力を注いだらそれはもうこの世界の物として完全に固着されて永続的に残る。
もちろん耐久力なんかは作り出した物に依存するから壊れるし、燃料が必要だったらそれもないとだめだ。
今回作り出したのはステンレス製のフライパン。
フッ素コーティングがされた耐久性も高い28型の大型で深底の万能フライパンだ。
もちろん10倍の魔力を注いで固着済みだ。
さぁこれで幼女にちゃんとした料理を食べさせてあげよう!
ちなみにボクの魔力はもう残りギリギリさ!
これぞ革命。
幼女は炒め物を覚えた!
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それから毎日少しずつ物を増やしていった。
幼女は相変わらず元気で可愛らしく、彼女の10倍以上の体積を持つ巨大な獲物を軽々仕留めて帰ってくる。
それをボクが調理して毎日たらふく食べる。
調味料やら食器やらもなんとか作り出せたのでボクの持つレパートリーの多くを披露することができた。
ただ問題は食材は作り出せないことだ。
どうやっても失敗する。
なのでこの辺は諦めて幼女頼りとなる。
そうそう、この無限創造だけど使えば使うだけ魔力が底上げされていくようだ。
おかげで最初は作り出せても固着がまったく出来なかった物をしっかり固着させることが出来るようになっている。
そこで幼女に服をプレゼントしてみた。
元気で可愛らしい幼女に似合う明るい色のワンピースだ。
狩猟をして生肉を食らう幼女だったが、その感性は非常に幼女だ。
野生動物のソレでは決してない。
だから幼女は垂直に5メートルは飛び跳ねて喜んだ。
……巨大な獲物を狩猟するような幼女だからすごいとは思っていたが実際に見ると凄まじい。
その日から幼女の服は毛皮からボクが作り出す色鮮やかな素敵衣装に変化した。
これぞ革命。
幼女はオシャレを覚えた!
まぁでも狩猟に素敵衣装のまま行って返り血に塗れて泣きながら帰ってきたりといった面白ハプニングなども色々あったりもしたけど。
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幼女と生活を始めてすでに2月以上経過したと思う。
ただいま幼女は畳の上で正座をして幼児向けDVDを真剣な表情で鑑賞中だ。
もちろんこの畳もDVDも大型55インチ液晶プラズマテレビもボクの創造魔法で作り出したものだ。
さすがにプラズマテレビを作り出せたのは極最近なんだけどね。
まだ固着できないので10分間しか見れないけど、その分短い時間をしっかり楽しめるように幼女はものすごく真剣だ。
初めてテレビを見たときの幼女の驚きはものすごかった。
薄い板の中で見たこともない色鮮やかな光景が滑らかに動いているのだ。
思わずテレビの裏を覗いてしまったり、「あー」や「うー」など話しかけてしまったりしたほどだ。
でも幼女の順応力はボクの想像以上だった。
テレビと言う物をあっという間に理解し、ボクの作り出す数々の幼児向けDVDを鑑賞するのが日課となった。
これぞ革命。
幼女はDVD鑑賞を覚えた!
理解力はすごいので言葉もなんとか出来ないかと思ったのだがいつまで経っても言葉は「あー」と「うー」だけだ。
そろそろ本格的に言葉を教えてみようかな。
ボクの魔力が尽きるまでに10分間だけの創造を繰り返し、日課のDVD鑑賞を終えると幼女は狩りにいく。
毎日狩りに行かないと彼女の食欲では食材がなくなってしまうのだ。
この小さな体のどこに入っていくのか不思議なほどに幼女はよく食べる。
調理するボクも一苦労なほどだ。
……料理を完成品で創造できたら楽なのに。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
本日の狩猟から帰ってきた幼女が持ち帰った物は。
・いつものよくわからない生肉。
・野野菜大量
・ボロボロの鎧を纏った少年。
「って、少年!?」
「うー!」
まさに獲ったどー的な元気のよさの幼女の満面の笑みに突っ込みを入れたかったが少年は最初の頃のボク並に大怪我を負っている。
まだなんとか死んでいないようなので、この2月の間に幼女が集めたドス緑の薬草で直すことにした。
幼女を除けば初めての異世界人だし、幼女と違って原始的ではない生活を送っているのがひと目で見てわかる鎧。
情報を得るためにも直すべきだ。
一応暴れられると面倒だし、創造した複合合金の手錠で両手両足を拘束させてもらったけど。
大怪我はドス緑の薬草で無事修復できた。
小さな怪我はボクですら自然治癒で治したんだ、放置でいいだろう。
このドス緑の薬草は貴重品なんだ。幼女ですらここまで集めるのに2月もかけなければいけなかったのだから。
そんな貴重品を惜しげもなくボクに使ってくれた幼女には感謝してもしたりない。
とかなんとか思っていたら思ったよりも早くに少年が目を覚ました。
そして暴れた。
幼女が一撃。
怪我が増えたけど……黙った。
こ、これぞ革命。
幼女は拷問を覚えた……。
同じような事を3回繰り返して、やっと少年は理解したらしい。
4度目は暴れなかった。
その代わり怯えたような目をして震えていたけど。
「まぁ怯えるなって言うのはちょっと無理だろうけど、ボクの言ってることわかる?」
「……ひ、ひぅッ」
暴れた際に口走っていた言葉はボクにも理解できた。
なので恐らく意思疎通はできるはずだ。
だが完全に怯えてしまっている少年はガタガタ震えるだけだった。
仕方ないので時間をかけることにした。
別に急いでいないしね。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
結論から言おう。
少年はあっさり懐柔された。
狩猟用の撥水性の高い服からお気に入りのワンピースに着替えた幼女は非常に可愛い。
少年を連れ帰った時のような返り血に塗れた恐怖の人物とは同一人物とは思えないほどだ。
服以外にかぶった返り血も専用の血落とし用洗剤と素敵な香りのする幼女お気に入りのシャンプーですっかり跡形もない。
それどころかどこのお嬢様ですかっていうレベルの姿をしている。うむ、可愛い。
そして極めつけはボクの作った料理。
涎をダラダラ垂らしながら見ていた少年にも食べさせてあげたら、もうものすごい勢いで態度が軟化してあっさり懐柔に成功していた。ちょろすぎる。
そして得られた情報だが。
やはり幼女の生活が普通なのではないことが確定した。
彼女の生活は少年からしてもありえない原始的に過ぎる生活だった。
少年の話を総合すると近代とはとてもいえない、中世より少しマシな感じの世界だと言うことがわかった。
まぁ実際に見てみないと詳しくは分からないが。
少年は森に仕事で来たのだが、迷ってしまい大型の魔物――毎日幼女が狩ってくる肉――に襲われて死に掛けていたところを幼女に助けられた。
しかし助けられた時の幼女の姿が姿だったためにあの大暴れだったらしい。
一先ず少年の怪我が癒えるまではここで過ごし、怪我が治ったら街まで送っていく事になった。
ボクもそろそろ異世界の街というものを見てみたいしね。
もちろん幼女も連れて行く。
この2月でボクはすっかり幼女の保護者だ。
幼女もボクに懐いてくれているし、言葉は相変わらず「あー」と「うー」だけど、ボクの言うことは理解してくれている。
一緒に来てくれる? と聞いたら満面の笑みで「うー!」と言ってくれた。
一緒に行かないでくれる? と聞けば唇を尖らせて「うー!」と唸ってくれた。
ボクと幼女の物語はやっとスタートする。
これは野生の幼女を手懐けたボクが異世界をのんびり旅するお話である。
おしまい。