1.自称『勇者』が貴族に怒る!
ちょっと短いお話です。
もし、コータローがチート能力を持っていなかったならば。
もし、コータローがこの世界で目覚めて早々にアリサに出会っていなかったならば。
彼はおそらく――慎重なままで在れたのだろう。
日本に居た椎津光太郎という少年は、元来自信家ではない。
男性として優れた体格を持たなかった彼にとって、他者とのいさかいは負けに直結するものであり、他者の怒りは彼の意志を封殺するものに相違なかった。
だから、彼は慎重であり臆病であった。戦いを回避しようとする少年であり、自身が負うことのできる責任を小さく評価する少年であった。
ゆえに、彼はあらゆる状況において一番最初に考える。
――自分は無事生き残れるだろうか
――自分に負い切れる責任だろうか
前者はチート能力が『身の安全』を保証し、後者はアリサが『正義』を保証した。
だから、答えたのだ。
「あんな人をのさばらせておいていいと思いますか?」
というアリサの問いに、
「――ダメに決まってるだろ!」
と憤慨して。
もし、コータローがチート能力を持っていなかったならば。
もし、コータローがこの世界で目覚めて早々にアリサに出会っていなかったならば。
彼はおそらく――臆病なままで在れたのだろう。
「なあ、アリサ。この道であってるのか?」
「はい、遠回りですがここを通った方が結果として早いのです」
スラムであった。
王都アスミニアに比べて二回りは小さなネーベル市だが、ここにもスラムがある。
ただし、その環境は王都アスミニアとは大きく異なる。
「にしても……ひでぇな」
コータローは顔をしかめ、嫌な空気を吸わないよう払うしぐさをした。
劣悪であった。
全体に薄汚れ、営業している露店も少なく、昼間だというのに静けさがあった。
そこかしこから腐臭が漂い、路端にはうつむいて座る大人があり、手に入れた小さなパンを奪い合う子供の姿まで見られた。
「昔はこのようなことなかったのですよぅ……」
と、アリサは悲しげな顔をして、彼らの様子を眺めながら呟いた。
「前は違ったのか?」
「はい。以前は活気がありましたよ。スラムとはいえ大きな都市に隣接する場所です、人を欲さばまずここへ。ネーベルの露店街といえば、他国でも知った者が居ましたよ」
「それが……これか」
コータローは足を止め、もう一度見やる。
そこにある薄っすらとした気味の悪い絶望を。
生きているのか死んでいるのかもわからない人々の姿に、コータローは焦燥感を抱く。
「アリサはどうしてこうなったのか知ってるのか?」
「きゅう……先ほど聞いて回った際の話ですので正しいかどうかはわかりませんけれど、この地を治める貴族が代替わりとともに横暴になったそうです」
アリサのその言葉が事実であるかどうか、コータローには確かめるすべがない。
「贅沢をするためにスラムを切り捨て、お金を浮かせているとも聞きます」
「そんな……!」
「事実として確認できたのは、民の生活が困窮する中で以前と変わらず……いえ、以前にも増してお金を使っているということです」
「莫迦な! こんなに苦しんでる人が居るのに!」
これは本当の話。
――ただし、無意味な贅沢ではない。
税収の多く、またそれを超えて私財をも使うことで市内の仕事を増やす――いわば『公共事業の創出』を積極的に行った結果なのだ。
もちろんその他にも、炊き出しを増やし、民間投資を増やし、手を尽くしていた。
しかし、それでもなお貧困に歯止めがかからないのは、最近になってスラムへと流入するよその民が増えたからである。
なぜ生まれ育った土地を捨てこの地を目指す民が増えたかといえば、そこにもコータローとアリサが関わってくる。
だが、
「アリサ! この土地を治める貴族の館はこっちでいいんだな!?」
「はい、『勇者』コータロー。間違いなく」
それをアリサは教えるつもりがない。
「待ってろよ……俺が貴族と役人どもに何もしてこなかったツケを払わせてやる!」
ギリギリなんとか一ヶ月連続更新達成ー。
ここから先は少し休みを入れながらの更新になるかもしれません。