2.自称『勇者』が騒ぎを知る!
前日は18時投稿でしたので読み順にご注意ください。
「――悪いな、アリサ。俺は革命することにした」
ぎらり、と目を光らせてコータローはそう告げた。
「待って、コータロー。お願いです、考え直してください。わたしには……王が、女王が、まだ居るんです」
青褪め、懇願するアリサを、だがコータローは一顧だにしない。
「アリサ、そんなものを後生大事に守ってるから君はダメなんだ」
「そんなもの……って」
「ああ、そんなもの、さ。何の意味がある? 今の君を助けるものか? 違うだろう?」
「でも、それはコータローが――」
「違う。すべては君が先を見なかったせいだ。そいつらは、これからただの足かせとなる。君の自由を奪う悪夢となる。せいぜい後悔することだ」
「ま、待って。待って、コータロー」
「いいや、俺は待たない! 待つものか! 貧民を虐げ、自分たちばかりが得をしてきたことを心から悔いろぉ! ――『革命』っ!」
ばん、とコータローが四のカードを四枚さらした。
「おおぉ!」「やりやがった!」「さすがだ、坊主!」
わっ、と他のプレイヤーたちも一斉に声を上げる。
「きゅうぅ……十以上のカードしかないのに……わたしはこれからどうしたら……」
「地を這えアリサぁ! 大貧民候補ぉ! はーっはっはっはぁ!」
ちなみに、ここまでの戦績はアリサが七連続大富豪でコータローは七連続大貧民であった。
「良い戦いっぷりだったぜ、新大富豪様」
「いやいや、俺だけの手柄じゃないさ。あんたのアシストも光ってたぜ、新富豪どの」
くっくっく、ふーっふっふっふ、と怪しく笑うコータローともう一人の男。
「おーし、これで嬢ちゃんの一強体制は崩れたな」「コータロー坊やなら目がありそうだぜ」
富豪になれなかった残りの二人の男たちだが、それでも表情は明るい。そのことがいかにアリサが強かったかを物語る。
「ほれ、新大貧民。上流階級たる俺様に貢物を出すが良い。ふぉっふぉっふぉ」
「ジョーカーと二です、新大富豪様」
「ふぉふぉふぉ、ほれ、三が二枚じゃ。喜んでむせび泣くが良いわ」
「ははぁ、ありがとうございます。新大富豪様」
「さあ、大貧民よ。次の一戦を始めるがいいぞよ!」
口調まで変わって調子に乗りまくっていたコータローは、
「革命です」
「えっ」
アリサの開幕直後の革命であっさりと大貧民に身を落とすこととなるのであった。
「……アリサ強すぎ」
「これでもわたし『北部一の賢者』の称号持ちですから」
げんなりするコータローとは対称的に、アリサは珍しく誇るように笑顔を見せる。
「それにしてもコータローさん。面白いですね、この『トランプ』というゲームは」
「あー、違う違う。『トランプ』っていうのは俺が出したこのカードの束のことで、ゲームは『大貧民』って名前だ」
ぱらぱら、とコータローは手元でカードをいじる。
このトランプはコータローが『記憶にあるものを創る能力』で創り出したものである。
使用制限の多いチート能力にもかかわらず、コータローがわざわざ遊び道具を創るのに使った理由は――
「あーあ、俺らはいつになったら門をくぐれるのやら……」
とある街への入場待ちであった。
「まったく困ったもんだよな」「坊主じゃねえが、ホントどうにかして欲しいもんだ」「嬢ちゃん、これ食えよ。背ぇ伸びんぞ」
と、残りの面子であった三人の男たち。彼らはコータローたちと同じく入場待ちをさせられている行商人である。
「あっ、また抜かされた……」
コータローたちの馬車より後ろに並んでいた豪華な馬車が、彼らを追い越してさっさと門の中へと誘導されていった。
「しかたないですよ、コータローさん。ネーベル市に限ったことではないですから」
「つってもなぁ……納得行かねぇ」
ある程度の街となると、その出入りには税を取り立てるのが一般的である。
持ち物のない人であればその手続きは簡便であるものの、馬車を引くとなれば相応に面倒なことになる。
特に、多くの商品を運ぶ行商人はそこから税として何割かの現物を差し引かれることも珍しくない。
ただし、それを大きく緩和する方法もある。それが――
「ワイロかぁ……」
「はい。路銀があれば良かったのですが……誰かさんがぜーんぶ使っちゃったおかげで、ひたすら待つしかないのですよ。わかっていますか?」
「ぐ、わ、悪かったよアリサ」
ジト目で言われて謝るコータロー。
しかし、釈然としないものは残る。
「はぁ……でも、ワイロなぁ。なんで、んなもん取ろうとするんだか」
「そりゃ、ちゃんとメシ食うためだろ」「まともな給料出さねえからな、領主貴族ってのは」「そのツケが俺ら商人に来るんだからたまったもんじゃねえぜ」
行商人たちの答えに、コータローは目を瞬く。
「えっ……私腹を肥やすためじゃないのか?」
「そらまあ、そういう面もあるがな」「考えてみろよ、やつらは下っ端だぞ?」「下っ端が不相応な金持ちゃ取り上げられるに決まってんだろ」
うんうん、と行商人たちは頷き合う。
「ほ、本当なのか? アリサ」
「はい。本当ですよ。検査官はそれなりに役得の多い官職ではありますけれども……それでも現場仕事です。高位官僚に睨まれるようなことはできませんし、給与は不当なまでに低いのが当たり前です」
そうと聞くと、コータローも押し黙る。
これまで恨めしかった検査官たちが、急にかわいそうにすら思えてきたからだ。
「最初っからまともな給料やって、ワイロ禁止にすればもっと取引も活発になるんだろうな」
日本だったら国内の移動でこんな面倒なことになんてならないし、税なんて発生しない。ましてやワイロなんてあるわけがない。
そこまで考えて、コータローはため息を吐いた。
「いやいや、その国にはその国のやり方ってのがあるよな……」
誰もが納得しているなら間違っていないのだろう、とコータローは頷く。
と、そのとき。
「コータローさん、検問所で何か騒ぎが起きているようですが」
「騒ぎ?」
「はい。何か、小さな子の悲鳴のようなものが聞こえたのです」
悲鳴と聞いてコータローが顔色を変える。
「アリサ。馬車を頼む」
「いいえ。わたしも行きますよ。馬車なら――お願いできますよね?」
「まあ、任せとけ」「坊主、危ないことには首突っ込むなよ」「嬢ちゃん、気を付けてな!」
「じゃあ、アリサ行くぞ!」
「はい。『勇者』コータロー」
そうして、二人は検問所へと駆け出したのであった。