1.自称『勇者』が少女を救う!
『アーボ』と呼ばれる獣がいる。
黄金色の美しい毛並を持つ獣であり、滅多に獲れないこともあってその加工品は少々の贅沢品として認識されている。
そんなオオカミやキツネのような外見の中型肉食動物は、集団で狩りをすることでも知られている。
狩りの対象は主に中型草食動物で、群れで群れを襲って数頭を得るのがこの獣のやり方である。
だからなのか、群れではない人間が襲われることは稀だ。
しかし、稀であってもゼロではない。一定数の悲劇は必ずある。
とある集落でコータローに仇討ちを懇願したのは、運悪くその悲劇に直面した幼い女の子であった。
「お父さんは、集落で一番の弓の使い手でした……」
女の子は涙ながらにコータローとアリサに語る。
父が優しかったこと。
父が誰よりも強かったこと。
偉ぶらず働き者の父が尊敬されていたこと。
集落の誰もが父の死を悼み、ボロボロになった亡骸に手を合わせたこと。
みんなが獣への復讐を望み、しかし力なく、何ら手を出せずに今も悔しくあること。
嗚咽とともに支離滅裂になりながら、けれども必死に気持ちを伝えようとする女の子をコータローもアリサも邪魔はしなかった。
「お金は……これだけしか、ないんです……」
震える手で女の子が差し出したのは、銀貨が数枚とそれにも満たない小銭がいくらか。それが、この冬を越えるために必要な最後のお金であることはコータローにもアリサにもわかった。
「でも! でも、できることならなんだってします! か、体でも心でも差し上げます! 奴隷にだってなります、売り飛ばしてください! ですから……ですから……お願いですっ! お父さんの仇を討ってください!」
お金を差し出し、身を差し出すと叫び、女の子は頭を下げる。
命も人生も売り払うと宣言した女の子に、コータローは近寄り、
「――そういう子を助けるのが『勇者』の役目さ」
と、女の子の手から一番安い硬貨を一枚だけ摘み上げた。
「前金はこれで。成功報酬は君の笑顔がいいな」
「恩人さん……」
女の子を安心させるようにコータローは力強く笑んだ。
「アリサ」
「はい、コータローさん。サポートは任せてください」
「悪いな。俺のわがままに付き合わせちゃって」
「まあ、しかたないのではないですか? わたしのパートナーは『勇者』らしいので」
ひょい、とアリサは冗談めかして肩をすくめた。
「ははっ。そうだな。よし、アリサ行くぞ!」
「はい!」
がさりがさり、とコータローとアリサは森に入る。
先頭にはコータロー。邪魔な枝を打ち払い、体力のないアリサに少しでも楽をさせつつ前進する。
そうして、周囲に警戒しながら歩くこと十分ほど。ようやく、開けた場所にたどり着いてアリサは、ほっと一息吐いた。
「それで、コータローさん。森にはアーボがたくさん居るわけですけれども、どうやってあの女の子の仇であるアーボを見付けるのですか?」
「え」
コータローは目を見開いて硬直した。
「……コータローさん? まさか、何も方法を考えずに安請け合いしたわけでは……ないですよねぇ?」
「は、はは、いやだなあ、おれだって、なにも、かんがえてないわけ、ないです、よ?」
思い切りカタコトになってコータローは目をそらした。
「ちょっとちょっと、コータローさん。考えなしの行動は不幸を呼びますよ?」
「ず、頭脳労働はアリサの仕事なんだろ?」
「……確かにそう言いましたけれども、何でも解決できるというわけではないのですよぅ?」
「なーんだ、『北部一の賢者』ってのも大したことないんだなー」
「こ、コータローさん? それは聞き捨てなりませんよ? これは、わたしの家が代々皇王陛下から賜る称号で。若輩ながらもわたしだって誇りある――」
「はいはい。あーあ、無駄足になっちゃった。あの子かわいそうだなー。せっかく仇を討ってもらえると喜んでたのになー」
ちら、と挑発的な目でコータローはアリサを嗤う。アリサもそうされては黙っていられない。
「い、いいでしょう。やってみせましょう。やってやろうじゃないですか」
「よっしゃ! さっすがアリサ! よっ、『北部一の賢者』!」
「でも。今度からはわたしに相談なくこういうことを決めないでください。いいですね? 絶対ですよ?」
めっ、とアリサはコータローを睨んだ。
「おっけーおっけー。で、方法ってのは?」
「きゅう……まじめに聞いてくださいよぅ……。方法は単純ですよ。どれがその個体かわからないのなら、範囲を定めて一掃してしまえばいいのですよ」
アーボの群れは、平原を縄張りとする動物に比べてかなり小さな範囲だけで活動する。
諸説あるが、少数の群れでも領域に踏み込んだ獲物を確実に狩るために特化したのではないかという説が有力視されている。
「あ、なーるほど。該当するやつ全部倒せばそりゃ当たるか」
「はい。ですから、あの女の子の父親が当日どう行動したかを詳しく調べれば、おのずと倒すべきアーボの群れがわかり――」
「うっしゃああああああ、群れ一個目発見! 森中のアーボ全滅させるぞぉおおおおおおお!」
ばひゅん、と土煙を上げて、コータローはアーボの群れに突っ込んでいった。
どったんばったん、ばきばき、とチート腕力全開で木々ごとアーボが吹っ飛んでいく。さながら冗談のような光景であった。
「ははははは、チート『勇者』コータロー、ここにあり! さあ、獰猛な人喰い魔獣どもかかってくるがいい! ……っておい、逃げるな! 待てぇ!」
散り散りに逃げるアーボを追って、コータローも走っていった。
「……あの、コータローさん? ……ですからですから、別に全滅させなくていいんですよー」
そして、残されたアリサの声が虚しく響いた。
翌日の朝。森の入口に積み上げられたものを見て、集落の全員が驚いた。
そこに、森に居るはずのすべてのアーボが居たからである。
毛皮にすればいくらになるのか、いやそれより森の安全がどうなったのか、そもそもこれは誰がやったのか。ざわざわと困惑を続ける集落の人々の中、たった一人の少女だけが違っていた。
「……ありがとうございます。本当にありがとうございます……『勇者』様」
祈るように両手を合わせ、受け取り手の居ない報酬を、何分も何十分も涙混じりに輝かせ続けるのであった……。
「――どうよ?」
「自慢げな顔をしたコータローさんのその一言がなければ、英雄譚でしたね」
がさごそ、と少し離れた木の上から様子をうかがっていた二人である。
「いやいや、これでも悩んだんだぜ? 顔を出して女の子に抱きつかれてキスされるべきなのかとか未来のハーレム要員として期待するべくパーティに誘うべきなのかとか。でもまあ、やっぱ『そして、名も告げず彼は去って行きました』が一番格好良いだろ! これぞ『勇者』って感じでさぁ!?」
「ところでコータローさん? 今、わたしたちの馬車を隠してある方向に集落の人が歩いて行ったのですけれど」
「げぇっ!? ば、バレたら格好悪すぎる! 行くぞ、アリサ! 次の冒険へ!」
「はいはい」
走るコータローを、アリサはこっそり笑いながらゆっくりと追いかけた。