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第3話 光を生み出す魔法

「こういうやりとり、もうやめよう。もう連絡してくるな?」

なんでもないことのように笑って彼は言った。

仕事場の人と職場以外の場所で会う。仕事以外の話をする。彼と一緒に出掛けたり食事をしたことが数回ある。手を繋いだことはない。そしてそれは突然終わった。彼は最近付き合い始めた人がいる。その彼女をシヨウも知っている。仕事場では比較的仲の良かったと思える可愛い人だ。二人が付き合い始めた時期は知らない。飲み会の二次会の一角でしくしく泣いていたのを見たことがある。「彼のあの性質を直したい。でもわかってくれない」と言っていたと思う。よく覚えていない、というより記憶していない。手作りのプレゼントを持って、彼の為に何かしたいと言っていた。



この街は大部分を山に囲まれている。

今は建物に囲まれているので見えない。

山を越えた先にある、大きな街への中継地として栄えている。

シヨウはある家に近づく。普通の民家。庭もあり、花が咲いている。

そこが、彼女の所属する会社の支社だ。

その扉を開ける。来訪を告げる鐘は付いていない。

「すみません。連絡が遅くなってしまって」

広い空間。ソファがある。椅子もある。

一際大きい机に座る女性が笑顔で迎えた。

茶髪で肩下からロールした髪が広がっている。

「シヨウさんですね。連絡は貰っております」

品の良い笑みである。これぞ受付嬢といった風だ。

「次ですが、実はあなたにうってつけです」

「うってつけ?」

面白かったので思わず反復してしまった。

「そうです。急で申し訳ないのですが午後からです」

彼女が地図を出し広い机に広げる。

「少し離れたところに小さな集落がございます。魔女の集落です」

指で指した部分を確認する。街の外れだ。

「そこで今夜、祭りが行われます」

「部外者が行ってもいいのですか? その・・・」シヨウは言葉を選ぶ。「血を重んじる、魔女の住むところへ」

「祭りといっても怪しいものではなく宵宮といった感じです。特に規制はされていません。これは確認しました」

二人は顔を見合わせる。

「わかりました」

「夜には戻ってきて、報告をください」

生まれたときから読める文字がある、とうの昔に消えた古語を使う、

何百年も生きる、どれも魔女の噂だ。

シヨウは家の奥に進む。普通の住居をそのまま使っている。

彼女のような労働者が住むこともできる。

ソファに座る。少し眠る。

先日貸した物を受け取りに行くために朝から歩いた。

それから勤務なんてまだまだ若いなと少し思った。


目が覚めたのは昼。時間を確認する。

そんなに眠っていないが頭はすっきりしている。

家を出る。地図を思い出す。

どうにも気が乗らない。しかし仕事とは元来そういうもの。

その鎖から解放される瞬間を想像し、休日を楽しみにして人は働く。

ストレスの無い生活を送ると、それは味わえない。

仕事を生き甲斐にしている人がいるとする。

行き詰まったらどうするのだろう。

生き甲斐が無くなる。

つまり、もう生きている理由がなくなる?

世襲で家業を営んでいたとしても、

それが理由で死んだという人をシヨウは聞いたことはない。

死んだ人がいるならばそれは金銭の問題だろう。

彼女の気が重かったのは、

今から行くのは市場調査という名の内偵だからだ。

1万年前、この星にノス・フォールンという種族が降り立ったとき、

魔女の一族は姿を消した。残ったのは、大半を占めていた原住民と、

魔女と原住民との子供の混血ばかりだった。

今の人類の魔女の血を引く者たちは、彼らの子孫といえる。

元々、気質が高い彼らは自然と同じ場所に集まる。

文化や思想はあまり知られていない。

過去に大きな争いがあったわけではないが、色々な噂がある。

シヨウにはあまり興味がなかった。


魔除けの効果があるらしい木が二本立っている。その間をくぐって村の敷地へ入る。左へのカーブ、それに沿う家々。手摺りのない橋。水底を覗きながら渡り、右へ曲がるとすぐ山の斜面が迫っていた。その下の道。木の根が所々から出ている。昼過ぎなのに暗く涼しい。そしてどこを見ても人がいた。子供ではなく大人のほうが多い。仕事をしているわけではなかった。藁を積み、束にして結ぶ人。大きな野菜の中身をくりぬく人。その大人がシヨウに気が付く。

「おめえ、どっから来たんだ?」

彼女の頭から足へと視線が動く。最後に顔に戻ってきた。

「なんだか楽しそう。知らなかったです。この街の人間ではないのですが、お邪魔しては駄目でしたか?」

もう一度視線が動く。一拍あって返事がきた。

「うーん、いいんでないか。そのかわり」大きく手振りする。「準備に参加すること! これは必須だべ」

後片付けはしなくてもいいのか、とシヨウは思った。

「それに、今年の舞い手はすごいんだ。見ていくといい」

「舞い手? 踊りがあるんですか」

「そうだぁ、最後のトリってやつだ。そこで踊るやつなんだがなんと、ロエなんだ」

「ロエが使える人なんですか。すごい! 楽しみです」

「ああ。最近は」声が小さくなる。「ロエが使えないやつしか産まれねえからな」

ロエは女しか顕れない力だ。

電気が無くてもかろうじてだが生きていける時代に、必要とは思えない。

時代は移り変わっていく。人の考えも。

魔女は寿命が平均して長いのは知っている。

昔からのものを抱えすぎているのではないか、と分析。

「そうだ、あいつ、まだ完成してないんだ。あいつを手伝ってやってけれ。ほら、あっち」

少し離れたところに小屋がある。そちらに向かう。

女の子が前から走ってくる。シヨウは避けたがその脇で転んだ。

「大丈夫? 立てる?」

女の子は無言で立った。口をきゅっと結んでいる。

眼に強く力を入れていた。膝の砂を払ってやる。

持っていたハート型の焼き菓子が割れていた。

ほぼ真ん中の位置で二つの膨らみは割れていた。2人はそれを見つめる。

「はあ、こんなんじゃだめだ」

女の子は溜息をついた。

「これじゃあだめなの。あーあもういい。これ、お姉さんにあげるわ」

「い、いいの?」

「何?」

「このままでもいいんじゃない。これをあなたがくれたという事実が大事なわけだから、割れたくらいでプープー言うような奴はだめだよ」

「そう、これを作ったことは私にはいい経験になったわ。けれど外面的にはどうかしら? 制作過程を見ていない人には、結果でしか私の努力は表現できないじゃない。私は知識を得た、という証拠、証が無ければそれは失敗と思わない?」

「でもその努力は知っている人が知っていればいいし、制作過程が楽しいと思う人もいるし、完成品に興味がなくなる人もいる。どこに価値があるかは自分が決めるんじゃない?」

「けれど他人の為にやったのなら、結果はそれなりに掲示しなくては」

女の子は笑った。

「ふふ、魔女は長寿なのよ? 経験はいくら積んでも損はしないわ」焼き菓子を差し出す。「つまり作り直すっていう結論でいい?」

「多分。あと、気をつけて歩いてね」

女の子が行ってしまって見ると、小屋の庇の下に布が大量に積まれている。

山というたとえも頷ける場所で裁縫をする人物がいた。その人物に近づく。

「あのー・・・手伝えと言われたのですが、何か出来ることはありますか」

「うん、ちょっと」

しかしその後の言葉がない。

こういうとき、辛抱して待つようにしている。

昔は全然待てず、口を挟んだり替わりにやったりした。

この頃待てるようになった。自分に、我慢しろ、と言い聞かせるのだ。

針の動きを目で追った。運針が乱れる。

縫い目が、乱れる。その乱れはもっと大きくなる。

そしてとうとう針は止まった。

「お願い! 見ないで!」布で壁を作る。「どうしても無理なの!」

布の向こう側で「ああああ・・・」など言っている。

「完成したら、届けてもらうから。それまで、ちょっと待っててくれる?」

「は、い・・・わかりました」

後退して、布の山の陰に隠れる。女の視界に入らない位置だ。

針の動きをもっと見ていたかったが仕方ない。

それからほどなくして声があがった。

「やったわー」

女の歓声。布の山に倒れこむ。

再び起き上がる。目の下の隈が一層酷い。

「これと、これと、これ。これは舞い手用のね。これをまず届けてあげて。着付けに時間かかるから。あと、これも・・・ああ、もうだめだ。二往復すれば持っていけるわ。ふふ、ふははは、これで私は解放された、ははは」

両腕に衣装をかけ、首に薄い半透明の布を掛けられた。

「さあ行くのよ! 最高傑作だ! ぎゃふんと言え、民衆共!」

別人格に切り替わっていたので特に逆らわなかった。

気を付けて歩いた。女のいうとおり、

そこには鉄の骨組みに布を被せた簡易の建物があった。

布の切れ間から中を覗く。

笛、打楽器、台、祭りに使うと思われる物があった。

しかし人誰もいなかった。辺りを見る。魔女たちの気配などなかった。



白い紙にはこう書かれている。

『祭を中止せよ。さもなくば舞い手を殺す』

薄暗いテントの中、なんとか読む。手渡しながらリアは言った。

「どうするの? もういっそのことやめようよ」

「無理。だめよ」赤毛の女が言う。

「なんでよ?」

「長老たちは構わないって言ってる。それにここにはロエは使えなくても、魔女がたくさんいるんだから大丈夫よ」

リアは引き下がることにした。どんな悪罵でも思い付くが、

言ったとしても何の効果もないことは経験上わかっていた。

無駄な体力は、今は使うべきではない。

「衣装来ないわね」赤毛の女が呟く。

「きっとサーシャが撃沈したのよ」

とりあえずリアは返す。

外から声がした。布から顔が覗く。

「リア、外に掛かっていたぞ。これ着るんじゃないのか?」

「あ、ありがとうー! 素敵! やっぱり冴えてる」

「連絡しなかったのか? あっちのほうが居心地がいいだろうに」

「リアが我儘言うから」

「そんなこと言ってないし」

魔女は笑って行ってしまった。

リアはまだ赤毛の女に大きい瞳を向けている。

「あなたにもしものことがあったらどうするの。それに中止にしたらなんと言われるか・・・」

そう言って、赤毛の女は黙ってしまった。



シヨウは見たことのない天井を見ていた。ずっと朦朧としていた。

意識はあったが認識しているだけの状態だった。

ベッドの上に寝ている。しかし柔らかくはない。

自分で自分の体を動かせそうになったので、

まずは首を動かす。銀色のトレィ。ガラス戸の棚。

その中に瓶がいくつも並んでいる。

計測器、本棚など、何かの実験室のようだった。

腕を見た。うっすらだが赤くなっている箇所がある。

あの男が何かしていた。

テントの横で、酷く甘い匂いがして、体も口も動かせなくなった。

腹が立って意識がはっきりするのがわかった。

シヨウはこういう、自分の性格を把握している。

誰だってコントロールしている。

人間の輪の中にいるためにそれが必要だとわかっている。

体を捻って起き上がる。とりあえず異常はない。

頭蓋骨も外されていない。床に立つ。靴は履いたままだ。

そこは室内だった。周りは壁。窓にカーテンが引かれて薄暗い。

まだ夜ではないことがわかった。

剣が無くなっていることにはいち早く気付いていた。

室内を見る。色とりどりの瓶が並んでいる。

茶色っぽい瓶、粉が入っている瓶、赤い液体、

黄色い液体、透明な液体、透明な袋に入っている液体。

扉がある。壁に耳を当て、しゃがんでそっと開けた。

そこは外ではなかった。誰もいない。先に見えるのはしっかりした扉。

そこはエントランスだった。すぐに閉めてベッドに座りなおした。

シヨウは理由を考える。扉に施錠はされてなかった。

悪意のある人間の仕業とは思えなかった。

もしそうならあの場で殺されている。

そこまで考えて、考えるのをやめる。保留ではなく、終了だ。

再び扉を開ける。先程よりも慎重ではない。

相変わらず人の気配はない。右に見える扉を開ける。

構造的に南を向いている部屋だ。暗かった。カーテンが閉められていた。

また実験室に戻る。車綸の付いた台を掴んで動かしてみる。

思ったよりも車輪は回るし台車自体が軽かった。チューブを結び長くする。一方の端を動く台車の上部にきつく結び、部屋の扉を開け外へ出る扉のドアノブにもう一方を結ぶ。こちらもきつく結んだ。蝶番を見る。扉は外側に開くようだ。チューブが自然に伸びきる位置まで台車を移動。台車の両脇に箱を置く。左右に動かないようにするためだ。前方の、少し離れた床に瓶の蓋を一つ置き、テープで固定。最後に、蓋を外した瓶を台車の上の段に乗せた。瓶の蓋はすべて外す。瓶は玄関方向の一角だけにびっしり並べる。

立ち上がって全体を確認。少し前方への重量が足りない気がしたので後方の車輪の下に瓶の蓋を置き、前傾にする。更に確認。シヨウの腰程度の高さの台車では、この厚さの瓶は割れないのでは・・・。

そう思えて全ての仕掛けを外した。

苦労して築き上げたものを潔く壊すのは嫌いではない彼女だ。

破壊が好きというわけではなく、それを決断した自分が好きなだけだ。

眠っていたベッドを実験室付近まで引っ張る。台車をその上に乗せる。ちょっと苦労した。人が横になるには少し固いが車輪には柔らかいので足場を固定。包帯を留めるテープを台車の前方から貼り、端を台車よりも後方の位置でベッドに固定。チューブはもっと長くなってしまった。全部結んでギリギリ繋がった。ベッドに上り、瓶を前方に配置。実験室の扉は室内へと開くものだったので閉めたら台無しだ。

落ちてきた台車が扉にぶつかる、台車が綺麗に着地、台車が人に直撃・・・。

全ての可能性を考えればこんな仕掛けは成功率は低いしでたらめだ。距離や重さを変えて、実際に試してみたいがそうはいかない。そもそも、玄関の扉を勢いよく引いてもらわないと台車は転ばない。普通に開けても転ばないかもしれない。

成功しなければそれで構わない。

作業をする前はあんなにも怒り狂っていたのに、

今は完全に平静を取り戻していた。

あの怒りはどこへ一体どこへ行ってしまったのだろう、

なぜあんなにも怒っていたのだろうと分析できるほどになっていた。

成功したときを想像したためか、

怒りの熱量を物体ではなく作業という別方向へ

発散させたためかはわからなかった。しかしいい勉強になった。

部屋を出る。右に出るとまっすぐ奥に続いている。

キッチンがある。古いが最近使われている形跡があった。

小物も整頓されている。バナナがあった。

房に六本付いている。それを一つ千切ってポケットに仕舞った。

時計を探したがなかった。

「誰・・・?」

背後を振り返る。ガラス戸だった。真ん中で仕切られていて、

下は擦りガラスでひびが入っている、上は透明なガラス。

その向こうに視線。高い位置に女の顔があった。

その部屋は先程覗いただけの南向きのリビングだった。

素早く見えない位置に動く。

「そこにいるのはわかってます・・・お願いします・・・こちらへ来てもらえませんか・・・」

シヨウは動かない。息を殺す。

頭脳が必死で計算していた。決断まで数秒かかった。

ガラス戸を開ける。

さっきソファだと思っていたものはベッドだった。

床まで届く大きな窓の近くに配置されている。

そこに女が寝ている。ゆっくり歩いてベッドの側まで行った。

シヨウの心の準備と覚悟は、女性を見て簡単に打ち砕かれた。

顔に皺が寄り、目は落ち窪んで頬は痩せている。

首も手首も細い。もう人間としての寿命がきていた。

彼女が搾り出すように声を出す。

「何を、してたの?」

「食べ物を探していました」

「どうして、こんなところに、いるんですか?」

「さあ。気が付いたらあちらの部屋に寝かされていました」

「え? あなたは、誰?」首を動かそうとしている。でもごくわずかしか動いていない。「あの人は? どこ?」

探し人は見付からないと諦めたのかシヨウに向き直る。

「あら、あなた・・・?」首を傾げる。「手を・・・」

女は手を広げた。躊躇していたが手が伸びてきて掴まれた。

そしてもう一方の手が服の袖を捲り上げた。

視線が手首から上に走り、止まる。赤い跡を指でなぞりながら眉を寄せた。

「まさか・・・」ますます苦しい顔になる。

「ああ・・・すみません・・・本当にすみません・・・」

女の目はみるみるうちに濡れて、顔を覆い泣いている。

「・・・なんて馬鹿なことを」

「あ、あの・・・」

「大丈夫ですか? 体調は? どこか悪くないですか?」

「えっと・・・特には」

それを聞いて彼女は少し笑顔を浮かべる。しかしすぐにまた泣く。

「もう手遅れなのに・・・何を・・・ああ」

「私が、どうしました? どうして連れてこられたのか知っているのですか?」

「ええ、はい。多分・・・」

女は息を吸って涙を拭う。

彼女が語り始めるまでシヨウは部屋を見渡していた。

「あの人は、魔女の血をノス・フォールンに輸血しようとしてました。日頃から魔女の血には不老の力があると・・・。私も本気で言ってるとは思ってませんでした。でも・・・私の静養のためにこの地に移り住むと言い出して・・・」

「長寿の魔女と短命のノス・フォールン・・・」

面白い発想だ、という言葉は飲み込む。

しかし感心はすぐに消える。

素人の思いつきなんて大昔に検証済みだろう。

その能力故の短い寿命。

そして、ノス・フォールンの寿命はシヨウの知っている範囲では延びていない。

「ごめんなさいね・・・」

赤く泣き腫らした眼で女が言った。急に老けこんで見えたので、

なんと返したらいいかわからなかった。虚ろな目が窓の空を見ていた。

「あの人、見境なくて、でも悪い人じゃ、ない・・・の。ちょっと、真っ直ぐすぎて。自分にも訪れる、自然の摂理が、理解できないのよ・・・。私達、出会わなきゃ良かった・・・」

「そっれは違う。別れを呪うんじゃなくて、・・・出会えたことに感謝しないと」

最初の言葉に力が入って、でも抑えた。

「二度と、触れられないのが・・・悲しい・・・。生まれ、変わったらまた、どこかで、会えるかなあ・・・会いたいなあ」

目を閉じ、涙が頬を伝う。

「生まれ変わりを信じているの? ここには生きている人しかいないのに?」

「そんな、こと、ない」

もう、よく聴き取れない。シヨウには微笑んでいるように見えた。

「この世界は双子で、見えないけど隣合ってる・・・そこを魂が、行き来してる」

普段から睡眠時間が多いノス・フォールンだが、

それがどんどん短くなりほとんど眠らなくなる。

最終段階に入ると老化症状が現れ、

徐々に眠るようになり最終的にほとんど眠っているという状態になる。

末期のノス・フォールンを見るのは初めてだった。

いくら、本で見ても写真で見ても所詮、それは情報だ。

実物には比べ物にならない。

呼吸がゆっくりになり彼女はやがて、目を閉じた。



リアは椅子に座っていた。サーシャの作った衣装を着て、

今は髪を結ってもらっている。リアの髪は長いので時間がかかる。

「たのもー!」

布の扉を開けてサーシャが飛び込んでくる。

「ちょっと、さっきの子戻ってこないんだけど?」

「さっきの子?」

「ここに衣装届けてくれた外の子。戻ってきてって言ったんだけど・・・あれ言ったっけ」

少しだけ振り向いてリアは答える。

「どこかにいるか帰ったんじゃない?」

「衣装ならちゃんと届いたわよ」

赤毛の女性がリアを指した。

「何言ってんの。外にかけられてたって言ってたじゃん・・・え、まさか」

彼女は手紙を握り、年上達を見る。

「どこにも証拠も痕跡もない。捜しようがない、というより騒いで要らない動揺をさせるだけよ」

「でも! 人の命がかかってるのよ、何かあってからじゃ遅いっていつも皆が言ってることじゃない。今こんなことしてる場合なの?」

「それがいつ起きるか、本当に起きるのかは誰にもわからないわ。そして起きてしまったものはしょうがないの。皆、楽しみにしてたのは知ってるでしょ」

それでも引かないリアを見て赤毛の女は折れる。

リアは貴重な、ロエを使える魔女だ。

「あとは大人に任せて、ね? リア、あなたは踊りのことだけに専念しなさい。今は、お願い。わかるわね? 誰か、ノス・フォールンを呼んで」

赤毛の女は行ってしまった。

椅子に座ると、頭の飾り付けが何事もなく再開した。

自分の替わりに連れ去られたかもしれない人がいる。

全然関係のない人。魔女ですらないかもしれない。

リアは立ち上がる。

「あの・・・どちらへ」

着付けの女が困惑した様子で訊いた。

「お手洗いです。一人で行けます」

優しく言ってテントを出た。衣装の裾を摘んで歩く。

数人の魔女に囲まれたノス・フォールンがいる。

民家の前で話している。きっと協力してくれるだろう、そう見えた。

彼等は総じて優しい。呼び止めるにも自分の格好は目立ちすぎた。

どうにか声をかけようと考える。

自分と間違う魔女に興味があったが今はそんな時間もない。

衣装も汚すわけにもいかないので草むらにも飛び込めない。

突然、彼は気が付く。右を見て、左を見る。

『こっち、後ろよ』

リアのほうを振り向いた。

見ている。自分が呼んだと、今度は目で頷いた。リアは待った。

すぐに動かない賢さ。話し終えて自然な足取りでこちらに向かってきた。

手招きをして家と家の間の細い道に入る。

ノス・フォールンは彼女を見て多少困惑しているようだった。

無理もない、周りの連中は架空の生き物の仮装。

リアはそれとは無関係、見せるためだけの衣装だ。

「すみません。魔女はこのとおり、頭の堅い人間ばかりで。本当なら私が・・・。ノスのあなたなら捜せるかもしれない」

そう言ってさきほどの手紙を差し出した。

「その紙の裏に書かれている場所へ行ってみてください。恐らく、多分・・・。このくらいしか私には出来ません。すみません」

もう一度頭を下げた。


伝統だとかいう祭りだけど、続ける価値はどこにあるのだろう。続けているから伝統なのか、伝統だから続けているのか。昔から続く数々の伝統がありすぎて、未来を生きる若者は荷物が多い。抱えるものが多すぎて、自分達は何一つ新しいものを生み出せない気がする。魔女は総じて寿命が長い。この村ももう人が減ってきている。昔にあったよっぽどな圧制でない限り、どこで生きても自分は自分。それでいいと思うのに、維持することに固執するのはなぜだろう。拘るのはなぜだろう。

テントへ戻り舞台に立つ。

リアは完璧に踊った。

祭りも魔女もどうでもいい。けれど、自分は魔女だ。

光を生み出す魔女だ。

ノス・フォールンとは生きる長さが違う。

魔女以外、一緒に生きることができない。



シヨウは部屋を出た。仕掛けを避けて実験室に入る。

赤い液体の入った瓶や袋の中身を床に落とす。床は赤く染まる。

その部屋の窓は開きそうになかった。奥の扉を開ける。

そこは倉庫に使われているようだった。その窓を開けて外に出た。

家の回りの地面の草は刈られていたが

離れるにしたがって手付かずになっていた。

その先の、高い位置に林が広がっている。もう暗い。

「どこ?」

あたりを見回す。家の中にシヨウの剣は無かった。

上の林の手前に目印が。

彼女は微笑む。急に体が軽くなる。早足でそこまで登った。

剣が二本、捨てられていた。

「大丈夫だった? ありがとう・・・良かった・・・」

草の間から剣を拾い上げる。腰の革のベルトに差した。

「やっぱり。剣じゃなくてあなたが魔のようね」

振り返ると建物の影から、女性が出て来た。

髪は長く、結っていない。

肩は素肌、二の腕まで届く長い手袋、体のラインに沿った服。

長めのスカートには切り込みが入っていて、

前後左右四枚の布を垂らしているように見えるデザイン。

そこから足が覗いている。ブーツが光を反射していた。

理想的な目の位置、形のいい唇、綺麗な顎のライン、

若い顔に不釣合いの大きさの胸。今時の若者といった女性だった。

「逃げちゃあ困るのよ」

女がスカートの切れ間に手を入れた。引き出したときには指の間に細い棒が光っていた。1本ではなく2本はある。両手を交差させてシヨウに放った。5本までは軌道が見えたが薄暗いせいで正確な数はわからない。すり鉢のような地形の底にこの家はある。シヨウはその斜面を家の正面へと向かって走った。草のせいで走りにくい。林に入れば剣は抜けない。もっと暗くなれば身動きすらとれなくなる。

すり鉢の上へ続く道が家の正面から伸びている。

直線では急勾配になってしまうせいか、ゆっくりカーブしている。

その道を男が走っていた。

女が下から短剣を投げる。シヨウは躊躇なくその中へ飛びこむ。

女めがけて飛んだ。短剣と短剣の間をくぐり抜ける。

精度は低い。掠るくらいは気にしない。

女は避けて、シヨウは地面を転がる。転がりながら女の背後へ回って髪を掴んだ。長いのですぐ掴まえることができた。手入れの行き届いた柔らかい髪だった。髪を引っ張り、足で女のヒールを払った。高めのヒールだったので転ばせてみたかったのだ。横に崩れていく女を、髪の毛と足で蹴って制御する。

女のスカートの裾を掴む。こちらも捉えやすかった。靴の裏で背中を押さえる。裾を足の付け根が見えるまで一気に捲った。女が羞恥で呻く。何か悪罵を吐いている。

見られて恥ずかしいと思う箇所、というより急所、肩や太ももといった部分を晒す、なぜそんなことが出来るのかシヨウにはわからない。この女が本気で自分の命を奪いにきていたら、シヨウは間違いなく真っ先にそこを狙っていた。そういう世界だ。肩の腱を切り、太ももの神経を切り、血管を切る。そんなシミュレーションをした。

うつ伏せになっている女は地面に掌をつき、一気に上体を起こす。地面との間にわずかに空間ができる。上体を器用に捻り、シヨウの足をつかもうと手を伸ばした。しかし手は空を掴んだだけ。シヨウは女の背中に全体重をかける。女の耳の横の地面に短剣を突き立てる。刃は彼女のほうを向いている。

「おい、やめろ」

坂道を下りてきた男の声。

しかし、2人の手前で止まりこちらまで来ない。

シヨウは無言で背中からどく。女の目には涙が溜まっている。

口を硬く結び、スカートを直しながら起き上がりすかさず手を揚げた。

頬というより耳に近い部分に平手打ち。鈍い音だった。

シヨウには音よりも衝撃のほうが速く伝わったのでわからない。

そのせいか耳鳴りがする。

頭がぼおっとして、何秒か目の前が認識できなかった。

「おいおい! ちょっとやめろ」

男がようやく近づいて言った。

「もういい。終わりだ」

「終わりって・・・何言ってるの」

女も駆け寄る。男とシヨウと、交互に見ている。

女は男の腕を叩く。何事かと、小声で話している。

シヨウは首が叩かれたままの位置で止まって、そのまま動いていない。

「誰と間違えたのかしら?」

ゆっくり首を向ける。

「ロエを使える魔女・・・私が、そう見えるの?」

笑わずにはいられない。

「あなたは馬鹿か何かなの? 見分ける能力がとことん無いようね、この頃の若者は。いや、それは違うか・・・」

これ以上は失言しか出てこないのがわかったので打ち切った。

「面白い発想だけど」

突然、笑いが止まる。笑っていたようだ。

頭を傾けて微笑む。

「でも彼女、もう死んでいたわよ?」

男の顔が目に見えて変わる。見開かれる眼。

それをじっと観察する。男がシヨウの肩にぶつかる。

倒れるように走った。女も後を追った。

遅れて、物が落ちる音と悲鳴。

動くという機能を思い出したかのように歩き始めた。

すり鉢の上へ直線で登る。

急勾配というほどの角度ではないが草が邪魔で歩きづらい。

斜面をゆっくり登る。自分の踏み出す足を見ながら歩いた。

ゆっくりゆっくり。

もう次には地面に出ると思っているのにまだ草。

次も草。

見上げればどこまで登ったのかわかるのに、見ない。

息が切れる。

頭が痛い。頭脳に痛覚はあったか?

どこまで計画通りに割れたか確かめたかった。

二度と元に戻らない物ばかり選んだ。損害はごく小規模だ。

本当は部屋の全てを壊したかった。しかし逆に反感を買ってしまう。

反感なんていくらでも買ってやると思っている。

そしてそれを返り討ちにしようといつも考えている。

それで死んでも構わない。

むしろ誰かそうしてほしい、とも思っているのに。

それはまだ成就していない。

「なぜ、ここに?」

「シヨウの心が見えたから」

なんでもないことのように言う。言われて思い出す。

心の一部は、たしかに感情のままに悪罵を爆発させていた。

でも表面上は、いつもの彼女が担当している。

何かを言わないといけない気がしたが、うまく出てこない。

饒舌な彼が黙っているのに気が付き顔を上げたら、

もうこちらを見ていなかった。すり鉢の底を、見ていた。

何の感情も読み取ることが出来なかったことに

逆に疑問を感じて、視線の先を確かめる。

さきほどの男女が乱れて走って外に出てきた。

その先に誰かがいた。

体型からあのノス・フォールンの女性だと気が付く。

ジイドがそちらへ向かう。

「ちょっと」

思ったより大きな声が出て驚く。

「ごめん、ちょっと、行ってくるよ」

「待って」

歩みは止まらない。

「ちょっとだけだから」

届かない。

「ジード!」

行ってしまう。現実を、見てしまう。

シヨウも追いかける。思った以上に下りにくい斜面と、

変に高鳴っている自分の鼓動が邪魔で足が上手く動かない。

ジイドは女性の傍らに跪く。

2人は見知らぬノス・フォールンに首を傾げているようだ。

近づくのが躊躇われて、彼の背中を見ていることしか出来ない。

「ああ・・・。やっと見ないで済むね。お疲れさま」

首にも手の甲にも皺が寄っていた。若い人間を無理矢理老化させた顔、末期の症状の一つだ。この女性は三十代前半だろう。まともに脳や体が動いているのは三十歳くらいといわれている。そして程度や速さは違えど、シヨウも自分がその領域に入っていることにここ数年で気が付いている。

死への準備だろうか。

劇的ではなくゆっくりとしていることに、余計に思い知らされる。

ジイドはどうだろう。

「これはですね、ノスの慣用句みたいなものなんです」


シヨウはあれ以上近づけず、無言のまま立ち去った。

さっきより速く登った。斜面の上に出る。

民家が数件あるが知らない場所だった。

道が右と左に伸びている。右はカーブしており先が見えない。

左は広く見渡せるがその範囲には何もない。

左の道を進んだ。影を落とすほどもう明るくない。

まだ耳鳴りがする。打たれたこめかみを押さえた。

誰もいない。皆、暗くなる前に家に帰るのだ。街灯はただの飾り。

道の脇で止まる。膝に両手を置いて上半身を支える。

「どれだけ取られたか、聞いたら歩けなくなりそう・・・」

「400だ」

「嘘」

「その程度で体調を崩すのは健康管理が行き届いていない証拠だ。現に昨日の夜から何も・・・」

「うん、わかった。わかったから・・・」

背後からの声で一層体調が悪くなる幻想。

病は気から、という格言がこういう場面だけに本当だと思ってしまう。

気持ちだけで病は治せないと思っているのに。

「なぜだ? 倒れないのか?」

レヴィネクスが問う。

「倒れたら帰れなくなるでしょう」

「あのノス・フォールンに助けてもらえばいい」

道に沿って光が並んでいた。

シヨウは驚く。街灯に火がついていた。

そこに向かうと女の魔女がいた。ランプを持って、街灯に火を点けている。

ランプの燃料は赤い液体。あちらも気付く。

こちらに向かって微笑んで、角を曲がり行ってしまった。

ロエである。シヨウは初めて見た。

「すごい・・・あれが本物の魔女」

灯りがあったおかげでそこは魔女が集中して住んでいる区域だとわかった。

安心したのでバナナを取り出す。

あっという間に食べてしまった。水も欲しい。

ノス・フォールンの女性を思い出す。

どうしようもない。誰にも止められない。

生き物なんて、産まれたら、あとは死ぬだけ。

それがこの星の絶対の法則。2度と戻らない命、そこに生まれる意思。

でも残るのは人の記憶の中にだけ。

それも、時間とともに擦り切れ、改竄し、捏造される。

救いという終着点、忘れるにはシヨウはまだ若い。


支社に戻ったはいいが、そこは食べ物を作る設備はあっても食べ物がなかった。

何の成果もない報告を終え、空腹で眠れないかと思われたが、

すぐに意識はなくなったようだ。意識を失う瞬間はいつもわからない。

そして、目が覚めるという不思議。

早朝だが幸いにも、開店しているパン屋を見つけた。

皆、寝るのが早いので起きるのも早い。

肉が挟まっているパン、野菜が挟まっているパンを買った。

テーブルのあるベンチに座り、広げていた。

住宅地の真ん中にひっそりとある公園と言うには狭い土地。

ずっと昔に作られた鉄棒が敷地の隅で錆びている。

足音が聞こえる。振り向いたら後悔した。

「おはよう」朝焼けを背景にジイドが微笑んでいた。「ここ、いい?」

目の前のベンチを指して言った。

シヨウが返事をしないので動かない。動かない。

根負けしたのはまたもやシヨウ。

ジイドは座った。そして見ている。テーブルの上のパンを。

「私はね、相手が食べていなくても全然気にならないの」

「うん。俺も相手だけが食べてる状況はちっとも気にならない派」

微笑は崩れない。そして居直して言うのだ。

「昨日は何か大変だったみたいだね~」

どこからどう聞き及んだのか、彼は知った風だった。

「いくらなんでもロエと間違うなんて・・・。あの男の感覚は相当おかしい、としか思えない」

「シヨウを魔女だと思うなんて?」

「父方がそちら方面だったのは聞いたことがある」

魔女の血を引く者が父親だけだと、

生まれた子は何の力も持たない場合が多い。

「というか、ジード? 魔女の血を拝借しようと考える人間に関わるな。頭蓋骨開かれて脳みそ・・・」

「嘘、全然気が付かなかった。まさか七十歳のおばあちゃんというオチが」

「それはない。人類皆きょうだい、誰でもノス・フォールンの遺伝子を持っているでしょう。もちろん私も」

長寿の種族という安易な発想である。

「うん、まあ、そうなんだけど・・・へええうわあ」

感心ではなく、関心の感嘆だ。

「あ、知ってる? 魔女同士でもノス・フォールンは産まれるんだよ。ここで面白い話をしよう。あるところに純潔の魔女の一族の男女がいました。そして二人に子供が産まれました。その子供は、ノス・フォールンでした。終わり」

「・・・」

「・・・」

ジイドはいつもの顔だ。

「それで? 続きは?」

「続き? ご先祖様がそう名乗ってただけなのか、本当のところはわからないけど、とにかく二人は自分達が純潔でないことがわかっちゃってわああああとなり姿をくらましました。・・・これで本当に終わり」

「・・・で? それが?」

「どう、とっても面白かったでしょ」

「あんまり・・・」

シヨウの反応を受けて大袈裟すぎる動作で肩を落とす。

「ほら、小さい頃って自分ちの話になるときがあるよね。家族とか習慣の話になって、他の家と違ったりしてお前んち変、てなるあれ。そういうとき話したことがあるんだけど、やっぱりおかしいって言われて。それっきりもうしなくなったんだけど、この歳になったら面白味も出るかなって思ったんだけど」

また肩を落とす。

「つまり、ご両親はどこかで生きているの?」

それには肩を竦めるだけだった。

この問いかけは失敗だったと頭脳がまごついていたが、

ジイドは気が付かないのか続けた。

「ところで、シヨウはこのあとは、なんか用事あったりする?」

「ないよ」

強いて言うなら仕事、と続けようとした。

「俺は、課題の提出期限がもうすぐ・・・」

「はあ? 何よ、それ」

「だから、学校の」

「ちょっと、帰りなさい。今すぐ。速く、とっとと行きなさい。何をしているの。食べていいから帰りなさい」

立ち上がり、ジイドの前頭葉に掌を落とす。

「ええ? いや、そんな切迫してるわけじゃ・・・」

「切迫していないけれど作業はしていないじゃない。何、余裕こいてるの」

「必要な資料を探しに・・・」

「見付かったの? 手伝うから、見付けたらさっさと戻る!」

そう言ったがジイドは座ったままだ。

「何を笑っているの」

「いやあ・・・だって」顔を背ける。「なんでもない。でもこれから仕事なら無理しなくていいよ」

時間はまだある。

シヨウは、聞いておかなければならなかったことの1つを訊こうと思った。

どう訊こうか、ここ数日迷っていたが結局巧い言葉が見付からなかった。

巧いってなんだ。

計算して話さないといけない相手ではないだろうに、

と思い至ったら冷静になった。笑えた。

つくづく、自分とは無縁だ。

「ジードは、大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。俺は意外と優秀なのです。あれ、意外は要らないか」

「ではなくて、その、具合というか。調子はあれから」

「ああ」気が付いて笑顔の質が変わる。「全然。大丈夫だよ~俺は意外と鈍感なのです。それと、シヨウがいたから、そこまで酷くならなかったのかもしれない」

殊更明るく言っているように聞こえたので余計に申し訳なくなる。

「ところで前のあれってさ、何?」なんだろうと首を傾げる。「なんかのおまじない?」

そう言われ思い当たる。

あの時、彼の目に掌を置き念じた。

「ここには誰もいない。自分一人だけの世界」と。

「昔の・・・知り合いのノスに聞いたことがあって。彼はとても強いノス・フォールンで、人混みなんかではそう思うようにしていたそうよ」

「へえ・・・」目を細める。「確かにそれは、わかる」

その状況に置かれ、実践している自分を想像しているのだろう。

「思い込ませることによって、脳を騙すって言い方はあれだけど、脳の負担を減らすのね」

「効果も多分それなりにあるけど・・・」考え込む風の仕草をやめて続けた。「でもそれってなんか寂しい考えだな」

シヨウの座っている所は木陰だ。陽の光を避けて彼女は座ったが、

ジイドはシヨウとの位置関係のみを考えて座ったのだろう。

彼の座っているところは陽が当たっている。

シヨウは瞬きをした。

ああ、確かに。

そう思ってしまった。


この前のノス・フォールン、いい感じだったではないか。

馬鹿っぽく見えるのは性格の所為で、

本当は頭の回転も悪くないはず。そして優しい。

だってノス・フォールンなのだから。

見付けたお目当ての人物は、樹の下の石で出来たベンチに座っていた。

けれど。

リアは勝負にならない、と思った。

一緒に座っている彼女がライバルならば勝てたはず。

リアは結構もてるのだ。

でも逆だ。あれでは勝負にならない、なりもしない。

あーあ、やはり自分にはあいつしかいないかも、

と最初から腹の底にずっといた人物を思い浮かべる。一途なジブンに酔ってみる。

「こんにちは~」

近づくと、2人は話を中断しこちらを向いた。

「覚えてます? この前・・・」

「ああ」予想通りの反応、想像通りの笑顔でノス・フォールンは応えた。「先日はどうも」

隣の彼女は、2人を見渡す。

「いえいえ、こっちこそ、どうもありがとう。すっごく助かりました」

「お役に立てたみたいで良かったです。でも本当になんにもしてないんだけどねー」

そして隣の人物を見る。彼女が、そうだ。

しかし。

「あれっ」

リアは気付き、まじまじと見てしまう。

彼女の、血液に近い目の色は珍しい部類に入るせいか、

あちらも真っ直ぐ目を見返す。

「あなた・・・本当はいくつ? そのままの見た目の年齢なの?」

隣のノス・フォールンが何事かと動いている。

「ゆっくり、歳をとっていない?」

「つまり、ノスフェラトゥ?」

その発言に、戸惑う色を纏った瞳の温度が、急激に下がるのが見てとれた。

「まさか」

2人の反応を見て、彼女がさらに続ける。

「それって、どこか、病院か何かで判断してくれるのですか?」

この言い方。

この子とっても変わってる。

「それはわかんないけど・・・ねえねえあなた、面白いって言われない?」

「言われませんけど・・・」

「えーっ 嘘ぉ」

この反応がまた可笑しくて笑ってしまう。

悪い意味では全然ない。

「シヨウは変わってるんだよ」

「シヨウっていうの? 私はアーシェリア。リアでいいよ。せっかくだから今から三人で、どっか遊びに行かない?」

「ごめんなさい。私は今から仕事があるので」

そう言って辞した。

それなら、彼と2人で。そちらのほうが好都合だ。

この2人にかけがえのない何かの共有が無ければ、自分はまだつけ入る隙がある。

「そっか残念。じゃ今度、ゆっくり話そうよ。女二人で。甘いものでも食べてさ」

そう言ったときのシヨウの反応が、

今までで1番強かった。






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