4話 encounter
俺とローズは嫌な予感に急かされるように、急いでダンジョンのエントランスから外へと飛び出した。
しかし、そこから見渡す景色は、俺の知っている退屈で平和なものではなかった。
「な、なんだ......あれ」
見上げた空に、あるいは遠くの平原に。空間そのものを引き裂くような漆黒の『裂け目』が無数に発生していた。
そして、その悍ましい裂け目の奥から、得体の知れない異形の兵士たちが、まるで泥水が溢れ出すように次々と這い出してきているのが見えたのだ。
「......ッ」
戦慄し、足がすくんでいる俺の横で、ローズは既に裂け目の方角──────ロンベルの市街地へと向けて迷いなく走り出し始めていた。
「お、おい! 待ってくれ!!」
今、ロンベルの街はあの不気味な兵士たちによって蹂躙されているはずだ。行けば確実に危険だ。
俺はただの魔法技師だ。死にたくない。こんな時は、頑丈なダンジョンの中に隠れて避難しているべきだ。俺の脳は、ひたすらにそう告げてけたたましい警鐘を鳴らしている。
だが、どうしてか。
俺の体は、ただ一人で死地に飛び込んでいく彼女の背中を追うように、勝手に前へと走り出していた。
◇◇◇◇◇
おいおいおいおい......嘘だろ。
息を切らして駆け戻ってきたロンベルの街は、既に俺の知っている美しく平和な姿ではなくなっていた。
目の前で群れを成している不気味な兵士たちは、確かに同じ『人間』という枠組みの形はしているが、根本的な何かが決定的に違うのがよくわかる。
身体のほぼすべてが冷たい機械に置き換わっており、頭部には様々な情報が駆け巡っているであろう特異なヘッドギアを装着している。生命の温かさを微塵も感じない。
敵は三人。統率の取れたグループで行動しているようだ。そいつらは今まさに、逃げ遅れて尻餅をついているロンベルの市民に、無慈悲に襲い掛かろうとしていた。
「......ッ!」
そんな恐ろしい未知の敵に向かい、ローズは俺が徹夜で制作したばかりの特注銃剣を片手に、一切の躊躇なく一直線に突撃していった。
......あれじゃあ、死にに行くようなものだ。何とかサポートをしなければ
心拍数が跳ね上がる。極度の緊張で身体が震え、本能が退避を告げる警鐘を鳴らしている。
でも、退却はあり得ない。
目の前に居る、たった一人の勇気ある者の背中が、俺の臆病さを打ち消してくれている。
ローズの銃剣に使う魔弾と、そのマガジンの構造は頭に完璧に入っている。だから、俺は機材や設計図なしでも生成できるんだ......!
俺は自身の内にあるなけなしの魔力をありったけ込め、ただの破壊兵器ではない、彼女に”託す”ための弾丸をその場で錬成した。
その重量感のあるマガジンを、俺は思いきりぶん投げ、
「これを使ええッッ!!!」
声の限り叫んだ。
ローズは空中でそれを片手で鮮やかにキャッチした。
ガシャン!!!
既に長年使い込んでいるかのような慣れた手つきで、ローズは銃剣のチャージングハンドルを引き、俺の作った新しいマガジンをリロードする。その勢いを一切殺すことなく、敵の懐へと飛び込んだ。
しかし──────
ギィィィィィィィンッ!!!
「ぐッッ......」
どうやら、敵の兵士一人一人が異常な硬さを持っているようだ。ローズの尋常ではない膂力と特注銃剣の刃をもってしても一刀両断とはいかず、激しい火花が散っている。
でも、これは好機だ。敵三人の注意が、完全に脅威であるローズへと向いた。
今なら、襲われかけていた市民を逃がすことができる。そう思い、俺は震える足に鞭を打ち、瓦礫の陰から市民の元へと駆け出した。
「......早くこの町から出るんだ! あっちの路地の先に裏道があったハズだ。そこなら奴らに見つかる可能性は低いから、急いで!」
俺は恐怖で腰が抜けていた市民の背中を押し、安全な避難経路へと誘導した。
その横目で、三人の機械化兵士を相手に孤軍奮闘するローズの姿を捉える。彼女の超人的な動きをもってしても、敵の異常なまでの堅牢さを前に、じりじりと後退を余儀なくされていた。
......だが、それは想定内だ。俺が渡したあのマガジンには、仕掛けがある
俺の長年の銃剣研究の成果。平和ボケした世の中で「無駄なロマン」と切り捨てられてきた理論を見せる時が、ついに来た。
魔弾には魔力を込めることができる。それはこの時代の常識だ。トリガーを引き、充填された魔力と大気中のマナを結合させて物理的な破壊力へと変換する。
だが、この時。
術者の意志──────もっと根源的な『概念』を込めることができるという事実に、俺は気づいてしまったのだ。
俺は震える手を前方へとかざし、胸の内で”祈り”を再度、強く復唱する。
これは、持たざる弱者が、圧倒的な強者へと送る最悪で最高の「祝福」。
祈りを弾丸に宿し、その出力を理論上の限界を超えて何倍にも引き上げるという、現代魔法科学の最先端すら辿り着いていない拡張術式。
「──────シルバーバレット......!!」
俺の祈りは、ローズが握る銃剣のマガジンへと伝播し、魔弾を通してその鋭利な刃へと一気に充填された。
キィィィィィィィンッ!!!!
「......ッ! いけるッ!!」
ローズの瞳に、確信の光が宿る。
銃剣から溢れ出した眩い閃光が、オーバーヒューマノイドの冷徹なセンサーを灼いた。
「おおおおおぉぉぉぉぉぉッッ!!!」
ローズの渾身の一閃が、空気を切り裂き、因果を断ち切る。
先ほどまで火花を散らすだけで傷一つ付かなかった敵の強固な胴体を、紙細工のように容易く、鮮やかに一閃した──────。
凄まじい爆発音と共に、機械化兵士が崩れ落ちる。
その隙を突き、俺とローズは混乱の極みにあるロンベルの市街地から、命からがら逃げ出すことに成功したのだ。
◇◇◇◇◇
俺たちは極力無駄な戦闘を避けつつ、一人でも多くの市民を炎上するロンベルの町から退避させていった。
......その中で、無惨に殺され、どうしても救えなかった人もたくさんいる。
しかし、その一人一人に涙を流し、己の無力さを悔やんでいる時間はない。今は立ち止まれば死ぬ。そう自分に強く言い聞かせ、数十人を瓦礫の中から逃がした後。俺とローズも、どうにかロンベルの市街地から逃げ出すことに成功した。
「......それじゃあ、俺たちも向かうか」
この数時間、絶え間なく動き回り、未知の硬度を誇る機械化兵士たちと斬り合い続けたローズの疲労はひどいものだ。
今は俺が肩を貸し、彼女の体重を支えながら何とか歩いている状態になっている。俺の問いかけにも、こくりと小さく頷くだけになるほどには、あの規格外の体力を持つ彼女でさえ疲弊しきっていた。
そして、俺たちが重い足を引きずって向かう先は、ここに来る直前まで居た『ロンベル近くのダンジョン』だ。
市民を避難させている死地の最中、運良く冒険者ギルドの管理者と合流できた。その時に、生き残った人々をあの堅牢なダンジョンに集め、そこを強固な『防衛拠点』にするという話を聞いたのだ。
背後を振り返れば、かつて美しかった街並みから黒煙が立ち上っている。
だが、幸いにも、あの不気味な兵士たちはロンベルの街中を徹底的に占領することに必死なようだ。今のところ、街の外まで執拗に追ってくる奴らの姿は見えない。
......とにかく、今は休むんだ。休んで、態勢を立て直す。
俺はローズの身体をしっかりと支え直し、絶望に染まったロンベルを背にして、防衛拠点となるダンジョンへと急いだ。
◇◇◇◇◇
あれから、数か月。
防衛拠点での抗戦も虚しく、戦局は悪くなる一方だった。
しかし、幾度もの絶望的な戦闘を重ねる中で、敵の詳細は大体わかってきた。
彼らは自らを「オーバーヒューマノイド」と呼称している。その身体の大部分を未知の機械物質に入れ替え、寿命や病気といった生物としてのあらゆる制限からの解脱を可能とした、悍ましい存在だった。
睡眠欲も、食欲も、その他の欲求も全て削ぎ落とされ、ただ”存在すること”と”征服すること”しか考えていない。まるで、終わらない戦争という概念そのものに全てを飲み込まれてしまった、人間の悲しき成れの果て。それがオーバーヒューマノイドなんだろう。
そして、俺たちが逃げ込んだこのダンジョンの最終防衛地点も、皮肉なことに日に日に大きくなっている。
北からは、かつて軍事国家であったヴァイドヘイムの生き残りが血まみれで流れ着き、防衛の戦力は補強された。リスタリアとリベルタスの民は、その大半が侵攻の犠牲となって命を落としたが、それでもここまで逃げ切った集団がいくつかあった。
だが、東のセイラムからは、未だに何も情報が無い。恐らく......。
世界は確実に終わりへと向かっている。
だが、俺たちの希望はまだ完全に潰えてはいない。それが、ローズ=アーゼリアという存在だった。
おとぎ話に謳われる勇者も剣聖もいない今、絶望の淵に立たされた人々が縋るのは、先陣を切って無敗の戦果を挙げ続けるローズ、彼女その人だ。
......まあ、俺もその一人なんだがな。
ローズとは、俺が彼女の特注銃剣を極限までメンテナンスし続ける代わりに、実践的な剣術と戦い方を教わるという関係を築いている。その地獄のような特訓のおかげで、ただの臆病な魔法技師だった俺も、今では少しは前線で戦えるようになった。
「......さて、今日も本部へ行って、作戦会議に参加しないとな」
終わりの見えない戦況報告を聞くだけの、憂鬱な時間。
そうして、俺は陰鬱な気分のまま、固く冷たい寝床を発って本部へと歩き出した。
「......おはよう。リンネ」
薄暗い本部の前には、既にローズが待っていた。俺は小さく頷き返し、いつも通り彼女と共に重い扉を開けて作戦会議室へと足を踏み入れた。
「......どうやら、かなり良くないことがあったらしいな」
会議室に入った瞬間、空気がいつにも増して異常なほど重いことに気づく。張り詰めた沈黙の中、幹部たちの中には既に絶望に打ちひしがれ、頭を抱えて震えている者すらいた。
そのひどく沈痛な雰囲気のまま、生存者の代表としてギルド長が重い口を開き、決定的な詳細を話し始めた。
「セイラムの残党が......先ほど、完全に殲滅された。奴らはかの地を制圧した全戦力を用いて、こちらへと一直線に進軍を始めているようだ」
「つまり、正真正銘”ここ”が、人類の最終防衛地点になったってワケだ」
ローズが、誰よりも冷静にその事実を口にした。
......遂に、この時が来たのか。
敵の途方もない総戦力が、俺たち人類の残滓を完全に滅ぼす準備を完了した。その冷酷な絶望が、燦然たる事実として俺たちの肩に重くのしかかる。逃げ場は、もう世界のどこにもない。
「......なら、最後まで徹底的に抵抗するだけ。そうでしょ? みんな」
だが、その底なしの暗闇の中でも。
ローズ=アーゼリアだけは、決して折れることのない一筋の光として、俯く皆を導くように力強く、そして美しく微笑んでいた。
人類最後の抗戦の火蓋が、今、切って落とされようとしていた。




