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天使の願いは聖夜に叶う  作者: 川崎 春


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9/10

サビアの知らない話(番外編)

 エルシャは気胸の手術の後、サビアとの事で心因性の発声障害を発症して口を利けなくなっていた。

 この病院での様子と見舞いに来るクロースが、サビアから婚約破棄された事を結び付けて酷い噂がが流れ始めた。


 要は、婚約者を奪われたサビアが、エルシャを殺そうとしたと言うものだった。

 そもそも兄のエントとの婚約が解消されたのも、妹を大事にするエントに対する嫉妬のせいではないのかとまで言われ始めた。


 エルシャはその事をだいぶ後で知った。両親も兄も……その噂を全く否定していなかったと言う事を手術後に知り、愕然とした。


『どうして本当の事を言わないの?』

 紙に書いた字を見て母は苦笑する。

「だって、こちらがいくら言っても……ねぇ」

「事実、お前は声が出せなくなっているんだ。否定しきれない。ランド子爵にうちからの金も併せて慰謝料を渡す様に頼んだ。あちらは受け取ったそうだ。向こうがまだ何か言うなら、この事実を公表するだけだ」

 そこでエントが総括の様に言う。

「サビア嬢は、この国を出て行った。だから……今更なんだ。いくら謝りに行っても会えなかったのだから仕方ない」


 これが私の家族なの?!

 エルシャは家族に失望していた。


 彼らはどこに行っても申し訳なさそうな顔はするし、謝罪もするのだ。しかし、本心は微塵もそんな風に考えていない。自分の事しか考えていない偽善者だったのだ。

 愛されていると思っていた。優しいと思っていた。……そうではなかったのだ。


 最低限の責任しか負わない人達の中で、エルシャは無自覚だったが愛や情に飢えていたのだ。そんな時に優しいサビアに出会って縋った結果、不幸にしてしまった。それが全てだったのだ。


 大半の貴族も、噂は面白いから口にするが本心からサビアが悪女だなんて思っていなかった。

 フォトン家は伯爵への昇爵の最有力子爵家のままで、サビアの事も王家が謝罪している。そもそもエントと婚約したのが十四歳の時で少女のサビアに重荷を負わせたのは王家だからだ。


 学業でも優秀であったし、礼儀正しく優しい事は貴族学校の同級生や教師も知っていた。エルシャの為に自分の人生を犠牲にしている様を見ていられず、助言した者は多かった。

 更にエルシャが発作を起こした時に真っ先に救おうとしたのがサビアだ。もし殺す気なら黙って部屋を去れば良かったのにそうしていないのだ。


 それでもサビアの恋に狂って殺人未遂を起こした令嬢と言う噂は、消えなかった。


 エルシャは声が出ないから社交が出来ない。大きな手術痕もある上に人の婚約者を奪ったと言う事も周知されている。だから平民の軍医となるクロースに嫁ぐ事になった。

 ゴーレン家の両親と兄が明るい顔をしている事に、エルシャは酷く悔しい思いをしていた。エルシャが貴族達に本当の事を語る機会が失われたからだ。


 兄であるエントは、予定通りだと思っている。エルシャが居なくなったら始める予定だった花嫁を探すのだ。顔の良さを理解しているから、きっと見つかると思っている。選ぶ側だと。

(お兄様はこれから罰をうけるのでしょうね)

 エルシャは思った。

 サビアと言う美しさと優しさを兼ね備えた令嬢を長年側で見ていたエント。比較してしまうから、相手の令嬢に不満を抱く。縁談がなくなって行き、妥協した結婚をするか独身だ。待っている未来は明るくないのに、それに気づいていない。


 それからエルシャはクロースと小さなアパートに移り住んだ。

「俺達は、サビアに酷い事をしてしまった。会う事は生涯無いだろう」

 エルシャはベッドに並んで座るクロースを見た。

「サビアは国を出る程に貶められてしまった。違うと訴えても誰も聞く耳を持たない。そして俺達はもう平民だ。貴族の噂に口を出す権利すらない」

 その通りだ。サビアに対して何かしたくても、出来る事はないのだ。そう思うと折角病が治ったのに、生きる気が失せていく様だった。


 クロースの目に涙が浮かぶ。

「こんな事になるなんて思ってなかったんだ。サビアは悪くないのに……」

 エルシャも同じ気持ちだった。

 エルシャの目にも涙が浮かぶ。そしてクロースに抱き着いて大きな声で泣いた。

「うわぁぁぁ」

「エルシャ……声が……」

 驚いたクロースはそんなエルシャを抱きしめて一緒に泣いた。


 エルシャはその日から声を取り戻し、看護の勉強を始めた。軍医となる夫を助ける為だと言えば、軍部から診療所の紹介があり、エルシャはそこで勉強をしながら働く事になった。

 病気で寝ている時間ばかりで体力も知識も無かった。辛い事は沢山あってくじけそうだった。しかしエルシャはサビアを思い出す事でそれらに耐えた。

 本当なら生きていられなかった二十歳を越えた。知人や友人も増えて、楽しい事も経験した。生きている事に感謝した。そして……信頼を得て医者からも推薦状をもらい、騎士団の従軍看護師になったのだ。


 数年後……


 西の国との紛争地帯に向かったクロースは、相手国の猛攻に晒され、患者を背負って走っていた。エルシャも並走している。

「先生、看護師さん、すまねぇ」

「黙って背負われていろ」

「そうよ。娘さんが待っているのでしょう?」

 二人は死ぬ気はなかった。同時に患者を見捨てる気も無かった。あと少しで停戦だ。二人はそれだけを希望に走っていた。


 そして唐突に止む砲撃。


「停戦時間だ!」

 自分達以外にもそこら中で走っていた者達が歓声を上げる。クロースはその場に座り込んで、怪我をした騎士も同じく座って笑顔になる。


 数日前、密に前線にやって来た『奇術師』は演説をした。まずは停戦し、その後和平を現実させると。

 その後、奇術師はエルシャとクロースの天幕にやって来て言ったのだ。

「あなたのお兄さんに、二度と手紙をだしてくれるなと伝えてくれませんか?」

 奇術師は、今回の和平のきっかけが、エントからの手紙を気にしたサビアである事を伝えた。

 エルシャは過去の事、平民になった経緯や、軍に従軍している事もあり完全に元家族と縁が切れている事を伝えた。

 すると奇術師は笑った。

「サビアが救った命を真っ当に使っているみたいで安心しました。その調子で長生きしてください。くれぐれもサビアに伝わる様な派手な死に方しないで下さいね」

 それはサビアを最もよく知る人からの激励だった。

 エルシャは涙目で何度も頷いて、クロースはその肩をそっと抱いて奇術師に頭を下げた。


 そして……雲一つない青空を見上げてエルシャは言った。

「ありがとう。サビア」

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