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ノエルは立つと、サビアの横まで歩いてきて跪いた。
「捨てません」
「でも、行ってしまうのでしょう?」
「あなたの元に必ず戻ってきます。だから……結婚してください!」
サビアは、跪くノエルの顔を見て呆然と言う。
「けっこん」
「はい。結婚です。お付き合いというなら、今までさんざん二人で食事をしましたよね?それにリンディアは出かけたくても温泉くらいしかありません。温泉には一緒に入れません。ピクニックに行くにはもう寒いので、今年は諦めて下さい」
ノエルは必死でサビアの両手を自分の手で包んで懇願する。
「離れても、あなたは俺が守ります。その権利を俺に下さい」
サビアは目を見開く。
「ミスルト様の側近と言う立場は、なろうと思ってなれるものではありません。俺は騎士団で凄く出世してしまうと思います。俺の妻になれば、不自由はさせないし、おかしな奴からは俺が居なくても騎士団の者が必ず守ります」
ノエルは続ける。
「リンディア騎士は、一年の半分を妻と離れて暮らします。でも、その分一緒に居られる時には妻をとても大事にするんです。俺もあなたを大事にします。だから……俺を選んでください」
あまりに必死なノエルに、サビアは聞いた。
「どうして、いきなり結婚なんですか?」
「婚約者と言うのは、あなたの中では嫌な存在でしょう?俺はそんなものになりたくありませんでした。でも告白すれば、あなたは周囲に気遣い型どおりの婚約から始めようとするでしょう?」
「そうですね」
「俺がその型を壊します。誰にも文句は言わせません。だから結婚してください」
サビアはノエルの理屈に呆れながらも、妙に納得していた。
婚約者と言う立場は、すぐ他人になれてしまう。細くて頼りない関係だ。ノエルはそうではない確固たる立場に居て欲しい……ずっと守るといってくれているのだ。
「そのお話、お受けします。でも一つだけ聞かせて下さい」
サビアは真剣に続けた。
「いつから、そのつもりだったのですか?」
「あなたが引っ越してきた翌日からです」
ノエルは少し凄みのある笑顔でそう告げた。
二人の結婚はすぐに認められて、あのアパートの部屋はサビアの居る角部屋だけになり、二人はそこで新婚生活を始めた。
ベテラン騎士達がじれじれだと思っていた関係は、ノエルの中では計算の内だった。
結婚したい子が出来た。どうしたら結婚できるのか。ノエルは考えた末に善き隣人として関係を深め、赴任命令を告げると共に結婚を申し込むと決めていたのだ。
ノエルは憶病なサビアに強引に迫る様な事は一切せず、周囲がじれる程の距離感を維持した。……サビアの気持ちも焦れる程にしなくては、この作戦は上手くいかないと分かっていたからだ。
ちなみにノエルはリンディア騎士団だけでなく辺境伯の騎士団でも『奇術師』の異名で通っている。ノエルが騎士になってから、辺境伯家の領地に異民族の部族を五つ招き入れると言う事態になっているのだ。
サビアはてっきり長い時間をかけて五つの部族を招き入れたと思っていただけに、その事実を聞いて唖然とした。
「異民族を全部辺境に移住させてしまえば、俺はずっとサビアの側に居られます。頑張ってきますね」
ノエルはそう言って春になるとリンディアの街を旅立った。
「あの子が言うと、冗談に聞こえないわね……」
リンディア夫人が半眼で呟く。サビアもそう思った。
案外筆まめなノエルは、国境から分厚い手紙を毎月送って来た。入れ替わりでミスルトやリンディア伯爵が戻ってきたり、他の騎士の妻とも交流を持っていると日々はあっと言う間に過ぎていく。国境から戻って来る都度、ノエルはサビアにべったりで周囲を呆れさせた。
やがて子供が生まれ、サビアもノエルもその可愛い様子に夢中になった。二人は幸せだった。
八年が過ぎて、サンディが結婚する事になった。
サビアはサンディに結婚式に出て欲しいと頼まれたが断った。……家族には会いたいが、行く事で過去の事が話題になるのを避けたかったのだ。ただの家庭教師ならこっそりと里帰りも兼ねて帰国したのだが、サビアは今侯爵夫人だ。さすがに目立ってしまう。
サビアが何故侯爵夫人になったのか。三年前、異民族が全て辺境伯家に取り込まれ、辺境伯家やその他傘下の騎士団は国軍に組み込まれた。その際にノエルはある将軍の養子として家督を継ぐ事になった。当然、サビアと子供達も迎え入れられた。長年の紛争を終わらせた褒賞だったのだ。
そして更に一年が過ぎた頃、突然エントからサビア宛に手紙が届いた。中を見る気になれず、ノエルの執務室にそれを持っていくと、ノエルは肩をすくめた。
「サンディ様が、夫のヘクセン殿にあなたの事を話したそうです。ハウザー家はこれを脚本に仕立てて、歌劇場で上演したのですよ」
サビアは驚いて手紙を取り落としてしまった。滑る様に床を移動した手紙は、ノエルの足元に移動した。ノエルはそれを拾うと手でもてあそぶ。
「あなたの母国はうちを敵に回したくないのです。国境の騎士が全て国軍に加わり、自由に動かせる軍事力はあなたの母国のおおよそ五倍になりましたから」
サビアが母国に居た当時から、母国は西側の国との小競り合いがある。
この国は、母国だけでなく西の国とも接している。どちらもこの国を味方に付けたいのだ。
「心配しなくても、我が国はどちらの味方もしませんよ。……ただ俺の名は有名になってしまいました。あなたはその妻。名誉を回復しておかないと落ち着かないのでしょう」
ランド家とは和解しているが、ゴーレン家とは和解していない。当主を継いでいるであろうエントは肩身の狭い思いをしているのだろう。
「読まなくていいですよ」
ノエルはそう言って暖炉に手紙をくべてしまった。
サビアは名誉を回復するのはいいが、変に持ち上げられたくなかった。エントがそれで肩身の狭い思いをする都度、サビアを思い出してしまうのかもと考え、凄く嫌な気分になったからだ。
平和になれば、持ち上げる必要は無くなる筈だ。サビアはそう考えた。
そこで両親に手紙を書いて王城の貸金庫に入れられていた慰謝料を回収すると、それをノエルに渡した。
「お願い。このお金を使って二国の争いを終わらせて欲しいの」
大胆な妻のお願いを、勿論奇術師は叶えてみせた。
二国が和平を結んだ日は12月25日。サビアの誕生日だった。
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