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サビアが後で知ったのは、エルシャがショックで声を出せなくなってしまい、当時の事が誰にも伝わっていなかった事だった。つまり、サビアは発作でベッドから落ちたエルシャを助けただけだと思われていたのだ。
だから、偶然発作の時に居合わせて助けてくれた上に、エルシャが生きる方法に辿り着けた事をエントはただ喜んでいた。しかしフォトン子爵夫妻は、自分の娘がこれ以上傷つかない為にも、はっきりと事実を伝える事にした。
そもそも、暗くなるような時間にわざわざサビアが訪問するなど、過去に一度も無かった事を指摘した上で、エルシャの為にゴーレン家全体で当たり前の様に『サビアを都合よく使っていた』事を告げた。
「手術でエルシャ嬢の病が治るのであれば、娘との縁はもう不要でしょう。お帰り下さい」
エントは落胆して家に帰った。
翌日、エントから話を聞いたゴーレン子爵夫妻もフォトン家を訪れたが、彼らにも両親は同じ事を告げた。ただエントと違い、同年代の大人であり親としてより厳しい言葉を使った。
「家族の様に接すると言えば聞こえはいいでしょう。しかし身勝手な信頼で束縛し、裏切れない様にしていただけです。王命の婚約はとうに終わっているのですから、娘を巻き込まないで頂きたい」
涙ながらに夫人も言う。
「サビアは……学校で誘われてもその多くを断わってエルシャさんの為に時間を使っていました。カフェやお茶会を令嬢が断ると言うのは、交友関係を築けない事になります。それでも、エルシャさんが一人になってしまわないようにとあの子は。……あの子にだって楽しい時間を過ごす権利はあったのです。その善意をあなた達は当たり前に受け取るばかりで……あんまりです!」
ゴーレン子爵夫妻は真っ青になって頭を下げるが、フォトン子爵は許す事なくゴーレン子爵夫妻を追い返した。
そして、クロースの家にも不貞を糾弾して婚約破棄を突きつけた。
クロースの方針転換の理由を知らなかったランド子爵夫妻は、息子がサビアと婚約を解消したいと言ってきたときの理由とのあまりの違いに唖然としていた。
クロースは、サビアに軍医になると言ったら婚約を解消しようと言われたとしか伝えていなかったのだ。自分から興味を持ち、会いたいと言い出したエルシャに恋してしまった事を伝えなかったのだ。
クロースはランド子爵に殴られ、怒鳴られた。
「サビア嬢がゴーレン家の息子と王命で婚約していた事は周知の事実だ。王家絡みでもあったし、円満に解消し、良好な付き合いをしていた。だからなかった事になった。しかしお前がサビア嬢を捨てた事で皆が思い出すだろう。二度目なのだと」
クロースははっとして父親を見上げる。
「解消で誤魔化さなかったのは、フォトン子爵なりにサビア嬢を守る為だ。サビア嬢に瑕疵は無かったと周囲に知らしめねば……知らしめたところで、次に釣書きを送って来る者は、ロクなものではないだろうな」
深く考えていなかったクロースは呆然としている。
「我らは下位貴族でしかない。これが伯爵以上の家であれば、まだ何とかなったかも知れないが……我らは使い捨てに出来る貴族なのだ。さんざん教えた筈なのに。愚か者め!」
クロースは思考が急速に晴れていくのを感じた。
甘ったるいピンク色のモヤの中で、麗しい薄幸の美少女を救うヒーローと言う立場に酔っていた部分が消え失せたのだ。
きっと立派な騎士になれると言ってくれたサビアを好きになった事、婚約式の時に笑顔で見上げていたサビアの顔を思い出し、エルシャに会ってからの酷い態度に吐き気がした。
婚約を解消しようと言っているときの顔も強張って笑顔もぎこちなかった。そもそもサビアの誕生日を祝う食事だったのに……。
気づいて謝罪に行ったところで、屋敷には入れてもらえなかった。
ランド子爵にも娘が居る。同じ親として心から謝罪し、子爵家としては莫大な額を慰謝料として支払った。だからフォトン子爵はランド子爵は許した。……その金の半分がゴーレン家からのものである事をフォトン子爵は知っていたが、そのままにした。突っぱねてまた関わり合いになるのは嫌だったし、もらっていい理由が十二分にあると思っていたからだ。
フォトン子爵は全額をサビア個人の資産として国に申請し、城の貸金庫を借りて中に保管した。もし自分や嫡男に何かあっても、サビアが生きていけるようにと。王家もこの顛末を知り、サビアを巻き込んだ事を申し訳なく思っていた為、この申請は即座に受理された。
ランド子爵の言う通り、もう国内で真っ当な縁談を探すのは難しい状態になっていたサビアは、姉の夫のツテで隣国のリンディア伯爵家に令嬢の家庭教師になる事が決まった。
「隣国でご縁があるかも知れないわ。……体に気を付けてね」
「はい。お姉様もお元気で」
姉をがっかりさせたくなくてサビアは微笑んだが、もう婚約はこりごりだった。
リンディア伯爵家は、隣国でもかなり北にある。
進む馬車の中、視野が白くなっていく。サビアはこの中に埋もれてしまいたいと思っていた。




