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天使の願いは聖夜に叶う  作者: 川崎 春


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3/10

3

 サビアは、エントに恋をしたが、想いを伝る事も、一つの願いも叶えられなかった。

 サビアは、クロースと互いに合意の上で婚約したのに、心変わりで捨てられた。

 エルシャは、エントに無償で愛情を注がれ続けている。

 エルシャは、会っただけでクロースの心を奪い去ってしまった。


 意地悪な子になりたくない。エルシャに悪意が無い事も分かっている。でも……もう限界だった。


 エントにサビアが選ばれたのはたまたまの事だ。そのたまたまでここまで苦しんでいるのに、何故誰もサビアの気持ちに気付いてくれないのか。どうしてここまでされなければならないのか。

 嫌な事から遠ざけられて、ただ家に居るだけのエルシャだけが幸せになっていく。短くても、幸せだけを詰め込んだ宝箱みたいな思い出を抱きしめて……。


 サビアはその思い出の宝箱に毒を入れてやろうと決めた。


 暗くなる時間にエルシャを訪ねた事で使用人達も驚いたが、いつも通り温かく迎え入れられる。

 エルシャも、驚きながらも嬉しそうに迎え入れてくれた。エントも彼の両親も留守で、家にはエルシャと使用人しか居なかった。


「サビア、来てくれて嬉しいわ。御夕飯は一緒に食べられるのかしら?」

 エルシャの言葉は好意に溢れ、サビアを全く疑っていない。

(大好きな友達。でも世界で一番大嫌い)

 サビアは考えがぐちゃぐちゃになったまま言った。


「クロースと婚約を解消する事になったの」

 その言葉にエルシャは一瞬きょとんとした後、自分のせいだと悟りみるみる顔をこわばらせた。

「エントに次いでクロース。私はもう貴族令嬢としての価値がなくなってしまった。健康な体があっても、社会的には死んだも同じよ!」

「サビ……ア…」


「あなただけが悪い訳ではないって分かっている。でも、でもね、私は幸せになってはいけないの?ただ、あなたのお兄さんの仮初の婚約者に選ばれたってだけで、どうしてこんな目に遭うの?」

「ごめんなさい!わ、私……そんなつもりは……ごめんなさい」

 エルシャが目に涙をためて謝る。

 エントもクロースも謝ってくれなかった。やはりエルシャはいい子だと思いながら、それでもサビアは言った。


「大事にしてくれるお兄さんが居て、愛してくれるクロースが居るもの。私はいらないわよね」

 驚いた後、必死に首を左右に振るエルシャに言う。

「私は、もう嫌。疲れてしまったの。さようなら」

 そう言って部屋を出ようとサビアは背を向けた。

「待って、待って!ケホッ……ゴホゴホ!」

 ドサリを大きな音がしたので振り向くと、エルシャがベッドから落ちていた。

「エルシャ!」

 慌てて駆け寄ると、ヒューヒューと細い息をして何か話そうとしてくる。

「喋っちゃだめ!誰か!誰か来て!」

 エルシャはベッドから落ちて体を打っている為、病院に入院する事になった。


 ただ傷つけたかった。私の苦しみ、辛さをわかってもらうにはそれしかないと思ったから。でも、こんな事は望んでいなかった。


 サビアは家に帰ると事実をありのまま伝えた。

「どうしよう。エルシャが死んでしまったら……私のせいだわ」

 一緒に居た兄と両親は、サビアの震える手を握り、抱きしめて慰めた。

「人助けはいい事だと軽く考えていた。私はサビアに献身を強いていたのだな。好きでやっているとてもいい子だと思っていた。……すまなかった」

 フォトン子爵はそう言ってサビアに詫びた。

「エルシャさんの事は、落ち着いて連絡を待ちましょう。あなたは頑張ったわ。今日はゆっくり休みなさい」

 フォトン子爵夫人も娘に必死で言い聞かせた。サビアの方こそ、本当に死んでしまうのではないかと不安になる程に顔色が悪かったからだ。


 数日後、エルシャは持ち直したが長い入院生活に入る事を知らされた。

 それを知らせる為にやって来たエントは、サビアに会いたがった。しかし両親はサビアから聞いた話を全てエントに伝え、もう関わる事はないと追い返した。

 それでもエントは毎日フォトン家にやって来る。更にクロースまでもが家にやってくるようになってしまった。


 そこでサビアは姉の嫁いだ伯爵家に身を寄せる事になった。

 子爵の令息が呼ばれてもいないのに伯爵の家に直接行くのは、身分上軽犯罪に近い扱いを受ける。二人ともさすがに伯爵家までは訪ねて来なかった。


 そこで姉に伝えられたのは、エルシャが入院した事で気胸の手術を受けられ、健康を取り戻せると言う話だった。

「お父様もお母様も、それを伝えてくれなかったわ」

「手術で大きな傷が残るそうなの。それを言うとあなたが気に病んで見舞いに行きそうだからって」

 確かにそう思った。できれば見舞って謝りたい。サビアはそう思った。

「行ってはダメよ」

 姉は真剣な表情で釘を刺してくるので、サビアは頷いた。

 あの美しいエリシャに傷が……。

「エント様も複雑な気持ちでしょうね」


 すると姉は眉尻を吊り上げて言った。

「いいえ、とても喜んでいたそうよ。あの人は……あなたに感謝を告げる為に訪れていたの。だからお父様が、ゴーレン子爵令息に何故ああなったのかを説明して追い返した。今度は謝罪に来たみたいだけれど、お父様もお母様も許さないって……ランド子爵令息にも婚約破棄として慰謝料を取る事にしたのよ」

「別に解消でいいのに」

「浮気したのだからあちらが有責に決まっているでしょ!何処まで心が麻痺してしまったの?可哀想に」

 姉に再び抱きしめられて、サビアは目を閉じた。今は何も考えたくなかった。

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