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上手く事が運んだ後でサビアはエントと婚約を解消する事になった。
サビアはエントへの思いを断ち切るべく、一つの願いを申し出た。
「あの……私の誕生日である十二月二十五日に二人だけでお会いできませんか?婚約してから、二人で会った事が一度もありません。最後に思い出が欲しいのです」
エントは一瞬目を丸くしてから言った。
「だったら、我が家で君の誕生日を祝うパーティをしたいな。両親もエルシャも君には感謝しているんだ。これからもエルシャの友人でいてくれるのだから、僕との事も思い出になんてしないでいつでも来て欲しい」
躱されてしまった。サビアはそう理解して顔に無理矢理笑顔を張り付けた。
「はい。楽しみにしています」
王女よりも近い場所に居ると思っていた。このくらいの我儘なら聞いてくれると思っていた。しかしそうではなかった。王女と同じ、サビア自身も相手にされていなかったのだ。
サビアは小さなランプの灯を眺めながら、泣いて己を恥じた。
エントは見た目が美し過ぎる為に誤解されがちだが、中身は不器用で平凡な青年だ。
幼い頃から、エリシャの不幸に目が向いているゴーレン家で育ち……本当は疲れていた。サビアが来てくれた事で楽になった。それが分かっているだけに、区切りなど付けさせたくなかったのだ。
何より、言葉にできない恋心もあった。しかし幼い彼女にそれを告げる気は無かった。
エルシャにはサビアから婚約が無くなった話をした。そう、エントに頼まれたのだ。
仲良くしていたけれどエントは兄にしか思えなかった事、エルシャと仲良くしている方が楽しかった事。半分嘘だけれど半分は本当。
エルシャはそれを黙って受け入れた。本当はサビアがエントに恋している事を知っていた。そして兄も憎からず想っている事も。唯一の友達であるサビアとこれからも一緒に居られる上に、いつか二人がまた婚約するかも知れない。エルシャはそう思い、強張った笑みを浮かべるサビアの内面を無視した。
サビアは貴族学校に入学し、以前の様に毎日の様にやってくる事はなくなったが、休みになるとエルシャの元を訪れるようになった。エントにはたまに会うが、以前の様に親し気な笑顔は見せなくなった。
貴族特有の感情を乗せない微笑みがエントには向けられる。エルシャとは相変わらずで、部屋からは楽し気な笑い声が聞こえて来る。
エントはこの頃になって、サビアに対して対応を間違えてしまった事に気付いた。少女から女性へと変化していくサビアは輝くように美しくなっていったが、エントは何も言えないままになってしまった。
サビアは学園に通って一年後に子爵令息と婚約する事になった。クロース・ランド子爵令息だ。
彼は次男である為、将来は騎士爵を得る事を目指している。婿入り先を探す次男三男が多い中、気骨があると父が気に入り、サビアもそれに同意したのだ。
クロースは快活で冗談好きだった。エントへの思いを忘れるにはいい相手だった。エントに断られた日の思い出はまだ鈍く痛むけれど、きっと大丈夫。サビアはそう思った。
「休みの日に、いつもどこに行っているの?」
ある日、クロースにそう聞かれ、迷った末にエルシャの事を話した。
エントと婚約を解消してもゴーレン家に行っている事は、級友におかしいと何度も言われた。しかしサビアはエルシャを見捨てる事が出来なかったのだ。
「俺と丸一日デートしないで行っている場所だろ?興味があるんだ」
既に嫌な予感はしていた。
ゴーレン家に行くのをやめるか、クロースを連れて行くか。サビアはその二択に心をすり減らし、とうとうクロースをゴーレン家に連れて行く事にした。
春の精霊の様なエルシャを見たクロースは息を呑んだ。その様子を見てサビアは嫌な予感が当たった事を悟った。そしてエント以外の若い男を見た事の無かったエルシャも……驚きだけではない熱のこもった目をクロースに向けていた。
そこからは、サビアにとって地獄の様な日々だった。
卒業が近づく。卒業後に結婚するなら準備が必要だ。アパートを借りる話をしている間も、クロースはうわの空だ。休日には必ず一緒にエルシャのところに行く事になり、二人でデートをする事がなくなった。エルシャから届く手紙の内容も、クロースの話ばかりに変ってしまった。
エルシャは二十歳まで生きられないと言われている。年々悪化する発作を見ていれば分かる。クロースと恋をしても……それが叶う事などないのだ。そう言い聞かせてサビアは無理をし続けた。
そんな努力はかえって状況を悪化させた。
サビアの誕生日に個室で食事をしているときにクロースは言った。
「……俺は、軍医になる」
彼が言うには、騎士団に所属する軍医の枠は、騎士と共に行動する為騎士の中から志願者を募ると言う。それに志願すると言い出したのだ。
もう、クロースはサビアを見ていない。サビアはあえて明るい……けれど少し震えた声で言った。
「じゃあ、婚約は解消しましょう。騎士爵をとるって言うのが、私と婚約する時の約束だったでしょう?」
(気づいて。あなたと婚約しているのは私なのよ。十八歳になったお祝いで一緒に食事をしているのよ)
サビアは嘘でもいいから、誠意のある対応をして欲しかった。邪魔じゃないと言って欲しかった。
しかし、クロースはそこで初めて目の前にサビアが居る事に気付いたような顔をした後、
「分かった」
それだけ言って、食事の途中だと言うのに去って行ってしまったのだった。




