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天使の願いは聖夜に叶う  作者: 川崎 春


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1

 サビアは裕福なフォトン子爵家の次女だった。

 知的な父、優しい母、強い兄と美しい姉。彼らに護られ愛される日々には一点の曇りもなかった。

 兄が婚約をし、美しい姉が伯爵家に嫁ぎ、サビアにも正式ではないが婚約者が出来た。エント・ゴーレン子爵令息だ。


 エントはとても優しく美しい令息で、王女が身分を捨てても結婚したいと王に願い出る程だった。

 しかし、彼はどんな高貴な令嬢との婚約にも首を縦に振らなかった。理由は彼の妹にある。

 エルシャ・ゴーレン子爵令嬢は、エントの五歳年下の妹だ。先天的な病を患っており、二十歳まで生きられないとされていた。彼は妹の最後を見守るまでは結婚しないと決めていたのだ。


 王女が思い詰めているとの報告があり、王は悩んだ末に『近い身分で令嬢と婚約をするように』とゴーレン家に王命を出した。王からすれば大切に育てられた王女が、病弱な妹を中心に回っている子爵家で夫人になるなど許せる事ではなかったのだ。

 しかし無理矢理引き離せば、衰弱するか自死しかねないと言う報告を受け、失恋を受け入れさせてからにしようと決めたのだ。


 そこで選ばれたのがサビアだ。


 サビアは当時十四歳で、まだデビュタントもしていなかった。婚約者として名前があがっても、まだ貴族の通う学校に通っていなかったから害しようもない。同じ子爵家同士であり、文句をつける事のできない相手だったのだ。

 国王は一年以内……つまりサビアが貴族学校に通うまでに王女の婚約を決めるとゴーレン、フォトン両家に伝えていた。つまり一年限定の婚約なのだ。


「これはお前の将来を決めるものではなく、人助けだ」

 父親にそう言われてサビアは素直に了承した。どうせエントに会う事はないのだからと、のんびり考えていたのだ。しかし……そうもいかない。王女を欺くのだから、交流は必須になってしまったのだ。


「初めまして、エント・ゴーレンと申します。この度は私の都合に巻き込んでしまい申し訳ありません」

「いえ、大丈夫です!」


(王女様が思い詰めてしまうのも無理はない)

 初対面で、サビアは自分の高鳴る鼓動を必死に意識の外に追い出して考えていた。神話に出て来る夏を告げる精霊が受肉すればこうなると思える様な、さわやかな美青年だったのだ。

 一年限定の人助け。初恋は叶わない。サビアはそう脳内で繰り返し唱え、何でもないフリをした。


「あの、厚かましいお願いになるのですが……できれば妹の話し相手になってもらえないでしょうか?」

「話し相手ですか?」


 エルシャは、王都に住む高名な医師を主治医にしており、生まれてからずっとタウンハウスで暮らしている。

 彼女は気胸(ききょう)と呼ばれる肺に穴の開いている病気だ。幼少期よりも悪化している。月のものが来始めて以来、その時期に激しい呼吸困難を伴う症状が出るようになってしまったのだ。それで学校にも通えない。だからエントはエルシャの友達になって欲しいと頼んできたのだ。


 サビアはこれも人助けだと了承し、エントの婚約者と言うよりもエルシャの友人として足しげくゴーレン子爵家のタウンハウスに通う様になった。


 エルシャは、エントと同じくまばゆい程の美貌の持ち主だった。ただ今にも儚く消えてしまいそうな風体で、とても庇護欲をそそる。サビアも守ってあげたい気持ちになった。

 両親やエントの前では気丈に振る舞い笑っているが、サビアの前では、死ぬのが怖いと泣く事もあったから、その気持ちは余計に強くなった。

 サビアはそんなエルシャが心配で放っておけなくて、できるだけの事をしてあげたいと思った。


 タウンハウスの裏庭を少し散策したり、一緒に刺繍をしたりしながら、色々な話をして過ごした。色々な小説を読んで、互いに感想を言い合ったりもした。

 体調のいい時には、一緒に観劇や公園に行く様にもなった。勿論これにはエントも付き添った。


 サビアは、エントの事を「友人の兄」だと己に言い聞かせて恋心を上手く封じ込めた。エルシャが目の前に居れば、気持ちは自然とそう切り替わる様になった。

 そうして過ごしている内に、ゴーレン家でも娘や妹の様に扱われるようになっていった。


「来年からは婚約も無くなって学園があるから、今の内だものね」

 サビアの母であるフォトン夫人の言葉に、サビアはあれ?と思ったが、十四歳のサビアはそれをどう言葉にしていいのか分からなかった。


 外出時にエルシャだけでなくサビアにも優しい表情や笑顔を向けるエントの姿は目撃され、王女の耳に入る事になった。そして、城が頃合いを見て手配した歌劇に出かけて……エントとサビア、エルシャの三人を目の当たりにする事になったのだ。

 この席の配置は、わざとエント達が王女の座るボックス席からよく見える場所にされていた。


 オペラグラスで斜め下の座席に座る彼らを見ていた王女は、エントが自分に欠片も恋情を持っていない事を理解してしまった。王女はエントの硬い表情しか見た事が無かったのだ。

 歌劇から戻り、部屋で泣きながら寝込んだ後失恋を認めた王女は、隣国の王太子との婚約を受け入れたのだった。

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