【後日談】追放された元婚約者、チワワを魔獣と信じて村で自滅する 〜「白い悪魔が国を滅ぼす!」と説いた結果〜
『空からチワワが降ってきて、婚約者がビビって失脚した件 〜前世持ちの私は、小動物ひとつ守れない男と婚約破棄します〜 』の後日談です。
王都から追放されて一ヶ月。
元伯爵令息ギルバートは、北の果ての寂れた村の酒場にいた。
かつての高級な服は薄汚れ、髪もボサボサだが、その目だけは異様な眼光を放っている。
「いいか、よく聞け愚民ども! 王都は今、未曾有の危機に瀕しているのだ!」
ギルバートはビールの入った木樽を叩き、店内の客たちに演説をぶっていた。
農夫や木こりたちは、「なんだこの変な余所者は」という顔で彼を見ている。
「俺は見たんだ! 空から降ってきた『白い悪魔』を! あいつは王族を洗脳し、国を乗っ取ろうとしている!」
「へえ、そりゃおっかねえな。で、どんなバケモノなんだ?」
興味本位で一人の農夫が尋ねた。
ギルバートは身を乗り出し、恐怖に震える声で語り始めた。
「……まず、目が異常だ。顔面の半分が眼球で埋め尽くされている。ギョロリとした巨大な黒い瞳が、常に獲物を探して動き回っているのだ!」
「顔の半分が目? そりゃすげえ奇形だな」
(客の想像図:複眼の巨大な昆虫系モンスター)
「それに、奴は常に小刻みに振動している! あれはただ震えているのではない。体内で高密度の圧縮魔力を練り上げている証拠だ! 一瞬でも気を抜けば、その魔力が爆発して国が吹き飛ぶぞ!」
「なんと! 常に魔力を溜めてるのか!」
(客の想像図:全身がバチバチ発光している雷獣)
「極めつけは鳴き声だ! 『キャン!』という甲高い音波攻撃は、人間の三半規管を直接破壊し、思考能力を奪う! 俺の元婚約者も、あの音波で洗脳されたんだ!」
「音波攻撃だと!? 恐ろしい……!」
(客の想像図:マンドラゴラのような絶叫する怪物)
店内がざわつき始めた。
ギルバートは満足げに頷く。ようやく、この俺の警告が届いたか。
これで同志を集め、あの魔獣を討伐しに行けば、俺は救国の英雄として返り咲ける!
その時、酒場の扉が開き、行商人の男が入ってきた。
彼は大きな荷物を下ろすと、店主に明るく声をかけた。
「おやっさん! 王都から面白い土産話と『絵姿』を持ってきたぜ!」
「おお、王都のニュースか! ちょうど今、こいつから王都に恐ろしい魔獣が出たって聞いてたところだ」
店主の言葉に、ギルバートは立ち上がった。
「そうだ! その魔獣の手配書か!? 見せてみろ!」
行商人はキョトンとして、一枚の瓦版(新聞)を取り出した。
そこには、王宮画家が写実的に描いた『レオン公爵令息の新しいパートナー、ポチちゃん』の姿があった。
ウルウルの瞳。
小さな手足。
首にはリボン。
そして「プルプル震える姿が守ってあげたくなる!」という煽り文句。
ギルバートは瓦版をひったくり、指差して叫んだ。
「これだぁぁぁぁッ!! 見ろ! この飛び出しそうな巨大な眼球! 華奢に見せかけて油断を誘う細い四肢! まさに悪魔の姿だ!」
店内が静まり返った。
全員が瓦版を覗き込み、次にギルバートを見て、また瓦版を見た。
「……兄ちゃん」
農夫が憐れむような目をした。
「これ、ただの仔犬じゃねえか?」
「はあ!? 貴様、目が腐っているのか!? 見ろ、この震えを!」
「いや、絵だから震えてねえけどよ……。これ、どっからどう見ても『愛玩動物』だろ」
「そういや昔、南方の国でこういう小さい犬が流行ってるって聞いたことあるな」
「可愛いなぁ。うちの孫に見せたら喜ぶぞ」
酒場の空気が「恐怖」から「ほっこり」に変わった。
ギルバートは顔を真っ赤にして激昂した。
「馬鹿な! 騙されるな! こいつは獰猛なんだ! 俺が剣を向けた時、こいつは鋭い牙を剥いて威嚇してきたんだぞ!」
「(そりゃ剣向けたら怒るだろ……)」
店中の心が一つになった。
「わ、わからず屋どもめ! いいだろう、俺が実演してやる! あの魔獣がいかに恐ろしい動きをするかを!」
ギルバートは四つん這いになり、チワワの動きを模倣し始めた。
「こうだ! こうやって小刻みに震えながら、上目遣いで魂を覗き込んでくるんだ! 『クゥ〜ン』という呪詛を吐きながら!」
大の大人が、汚れた服で四つん這いになり、プルプル震えながら上目遣いをする地獄絵図。
「……なあ、兄ちゃん」
店主がため息交じりに言った。
「もういいから座れ。一杯奢ってやるから」
「違う! 俺は正しい! アリスも殿下も、みんな洗脳されているだけなんだぁぁ!」
その時、店の奥から店主が飼っている猫(茶トラの太った老猫)がのっそりと出てきた。
猫は床を這いつくばるギルバートの目の前に座り、「ニャー(邪魔だ)」とひと鳴きした。
「ヒィッ!?」
ギルバートは過剰に反応し、無様に尻餅をついて後ずさった。
「き、貴様も魔獣の手先か!? その鋭い爪で俺を切り裂くつもりだな!」
猫は呆れたようにあくびをして、ギルバートの膝の上で爪を研ぎ始めた。
ギルバートは「あわわわわ……食われるぅぅぅ……!」と失禁寸前で震えている。
それを見た村人たちは、完全に理解した。
こいつは、ただの「極度の動物嫌い」で「臆病者」なのだと。
その後、ギルバートはこの村に定住することになった。
もちろん、騎士としてではない。
「魔獣の恐ろしさを語る、ちょっと頭の残念な道化師」としてである。
今日も彼は広場で叫んでいる。
「奴の額を見ろ! あの膨らみには邪悪な脳味噌が詰まっているんだ!」
村の子供たちは、王都から届いたチワワのぬいぐるみを抱きながら、そんなギルバートを指差して笑う。
「おじさーん、このポチちゃん、可愛いよー?」
「ヒィッ! 寄るな! その呪いの人形を近づけるな!」
彼がかつての名家の子息であり、王都で一番の笑い者になった男だと知る者は、この辺境にはいない。
ただ、平和な村に一つだけ増えた「お笑い名所」として、彼は今日も元気に怯え続けているのだった。




