表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

チワワ降臨シリーズ

【後日談】追放された元婚約者、チワワを魔獣と信じて村で自滅する 〜「白い悪魔が国を滅ぼす!」と説いた結果〜

作者: さこ丸
掲載日:2025/11/29

『空からチワワが降ってきて、婚約者がビビって失脚した件 〜前世持ちの私は、小動物ひとつ守れない男と婚約破棄します〜 』の後日談です。

王都から追放されて一ヶ月。

 元伯爵令息ギルバートは、北の果ての寂れた村の酒場にいた。

 かつての高級な服は薄汚れ、髪もボサボサだが、その目だけは異様な眼光を放っている。


「いいか、よく聞け愚民ども! 王都は今、未曾有の危機に瀕しているのだ!」

 ギルバートはビールの入った木樽を叩き、店内の客たちに演説をぶっていた。

 農夫や木こりたちは、「なんだこの変な余所者は」という顔で彼を見ている。


「俺は見たんだ! 空から降ってきた『白い悪魔』を! あいつは王族を洗脳し、国を乗っ取ろうとしている!」

「へえ、そりゃおっかねえな。で、どんなバケモノなんだ?」

 興味本位で一人の農夫が尋ねた。

 ギルバートは身を乗り出し、恐怖に震える声で語り始めた。

「……まず、目が異常だ。顔面の半分が眼球で埋め尽くされている。ギョロリとした巨大な黒い瞳が、常に獲物を探して動き回っているのだ!」

「顔の半分が目? そりゃすげえ奇形だな」

(客の想像図:複眼の巨大な昆虫系モンスター)


「それに、奴は常に小刻みに振動している! あれはただ震えているのではない。体内で高密度の圧縮魔力を練り上げている証拠だ! 一瞬でも気を抜けば、その魔力が爆発して国が吹き飛ぶぞ!」

「なんと! 常に魔力を溜めてるのか!」

(客の想像図:全身がバチバチ発光している雷獣)


「極めつけは鳴き声だ! 『キャン!』という甲高い音波攻撃は、人間の三半規管を直接破壊し、思考能力を奪う! 俺の元婚約者も、あの音波で洗脳されたんだ!」

「音波攻撃だと!? 恐ろしい……!」

(客の想像図:マンドラゴラのような絶叫する怪物)


 店内がざわつき始めた。

 ギルバートは満足げに頷く。ようやく、この俺の警告が届いたか。

 これで同志を集め、あの魔獣を討伐しに行けば、俺は救国の英雄として返り咲ける!


 その時、酒場の扉が開き、行商人の男が入ってきた。

 彼は大きな荷物を下ろすと、店主に明るく声をかけた。

「おやっさん! 王都から面白い土産話と『絵姿』を持ってきたぜ!」

「おお、王都のニュースか! ちょうど今、こいつから王都に恐ろしい魔獣が出たって聞いてたところだ」


 店主の言葉に、ギルバートは立ち上がった。

 「そうだ! その魔獣の手配書か!? 見せてみろ!」


 行商人はキョトンとして、一枚の瓦版(新聞)を取り出した。

 そこには、王宮画家が写実的に描いた『レオン公爵令息の新しいパートナー、ポチちゃん』の姿があった。


 ウルウルの瞳。

 小さな手足。

 首にはリボン。

 そして「プルプル震える姿が守ってあげたくなる!」という煽り文句。


 ギルバートは瓦版をひったくり、指差して叫んだ。

「これだぁぁぁぁッ!! 見ろ! この飛び出しそうな巨大な眼球! 華奢に見せかけて油断を誘う細い四肢! まさに悪魔の姿だ!」


 店内が静まり返った。

 全員が瓦版を覗き込み、次にギルバートを見て、また瓦版を見た。


「……兄ちゃん」


 農夫が憐れむような目をした。


「これ、ただの仔犬じゃねえか?」


「はあ!? 貴様、目が腐っているのか!? 見ろ、この震えを!」

「いや、絵だから震えてねえけどよ……。これ、どっからどう見ても『愛玩動物』だろ」

「そういや昔、南方の国でこういう小さい犬が流行ってるって聞いたことあるな」

「可愛いなぁ。うちの孫に見せたら喜ぶぞ」


 酒場の空気が「恐怖」から「ほっこり」に変わった。

 ギルバートは顔を真っ赤にして激昂した。


「馬鹿な! 騙されるな! こいつは獰猛なんだ! 俺が剣を向けた時、こいつは鋭い牙を剥いて威嚇してきたんだぞ!」

「(そりゃ剣向けたら怒るだろ……)」

 店中の心が一つになった。


「わ、わからず屋どもめ! いいだろう、俺が実演してやる! あの魔獣がいかに恐ろしい動きをするかを!」

 ギルバートは四つん這いになり、チワワの動きを模倣し始めた。


「こうだ! こうやって小刻みに震えながら、上目遣いで魂を覗き込んでくるんだ! 『クゥ〜ン』という呪詛を吐きながら!」

 大の大人が、汚れた服で四つん這いになり、プルプル震えながら上目遣いをする地獄絵図。


「……なあ、兄ちゃん」

 店主がため息交じりに言った。


「もういいから座れ。一杯奢ってやるから」

「違う! 俺は正しい! アリスも殿下も、みんな洗脳されているだけなんだぁぁ!」


 その時、店の奥から店主が飼っている猫(茶トラの太った老猫)がのっそりと出てきた。

 猫は床を這いつくばるギルバートの目の前に座り、「ニャー(邪魔だ)」とひと鳴きした。

「ヒィッ!?」

 ギルバートは過剰に反応し、無様に尻餅をついて後ずさった。

「き、貴様も魔獣の手先か!? その鋭い爪で俺を切り裂くつもりだな!」

 猫は呆れたようにあくびをして、ギルバートの膝の上で爪を研ぎ始めた。


 ギルバートは「あわわわわ……食われるぅぅぅ……!」と失禁寸前で震えている。

 それを見た村人たちは、完全に理解した。

 こいつは、ただの「極度の動物嫌い」で「臆病者」なのだと。


 その後、ギルバートはこの村に定住することになった。

 もちろん、騎士としてではない。

 「魔獣の恐ろしさを語る、ちょっと頭の残念な道化師」としてである。

 今日も彼は広場で叫んでいる。


「奴のアップルヘッドを見ろ! あの膨らみには邪悪な脳味噌が詰まっているんだ!」


 村の子供たちは、王都から届いたチワワのぬいぐるみを抱きながら、そんなギルバートを指差して笑う。

「おじさーん、このポチちゃん、可愛いよー?」

「ヒィッ! 寄るな! その呪いの人形を近づけるな!」

 

彼がかつての名家の子息であり、王都で一番の笑い者になった男だと知る者は、この辺境にはいない。

 ただ、平和な村に一つだけ増えた「お笑い名所」として、彼は今日も元気に怯え続けているのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ