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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

爺が弱い?それ迷信じゃぞ?

「貴様ぁ、なんだその態度はァ!」


「お主こそ、なんじゃその態度は?こちとら、ただの旅行客じゃぞ?」


「やかましい!!」


衛兵が激高し、無抵抗の老人へと斬りかかる。


悲劇の幕は、もうすぐ開ける。





ごきげんよう、諸君。


わしの名はトラム。


 しがない旅行者じゃ。歳は今年で八十といったところかのぉ。


 今日は我が愛する妻メイアと共に、旅行に来ておる。年甲斐もなく心躍っておるわい。


「まあまあ、お爺さんったら、お上手なんですから。」


「ほっほっほ。一日に一度は口説かんと、目の前の美人に失礼というものじゃ。」


「あらまあ♪」


 毎朝こんな感じで、わしと婆さんは仲良しじゃ。結婚して六十年、ご近所でも評判のオシドリ夫婦なんじゃぞ?


「さて、そろそろ出かけようかの。」


「ええ、行きましょう。」


 わしと婆さんは豪華なホテルを出る。


 さて、わしらが今回来ておるのは、出身国の隣国にある街じゃ。この国の王都からも近く、人も多く賑わっておるの。


 わしらはホテルから続く豪華な街並みを散歩して素通りし、平民街へとやってきた。


「こりゃまた、なんというか・・・」


「極端ですわねえ・・・」


 わしらは富裕層じゃ。魔物が闊歩する世界で旅行なんてできる時点で、それは金持ちか実力者、もしくは商人だけなのは当たり前じゃがの。


 ともかく、わしらがさっきいたのは、貴族や豪商といった富裕層が滞在する区画。対して、今、足を踏み入れたのは自国の商人や平民の住民が生活する区画じゃ。


 煌びやかだった富裕区画とは一転して、なんだか寂れておる。すれ違う住民の表情も、どことなく暗いしのぅ。


「堅苦しいのは苦手故、こっちに来たが・・・デート先としては失敗だったかのう。」


「まあまあ、とりあえず行ってみようじゃありませんか。こういうところにこそ、掘り出し物があるかもしれません。」


「ふむ、そうじゃな。どれ、それではエスコートさせてもらおうかのう。」


「ええ、お願いしますわね。」


 わしは婆さんに促されて平民街を進んでいく。こういうとき、婆さんの方が思い切りが良いのは昔からじゃ。


 ぽつりぽつりとある労働者向けの屋台や出店を冷やかし、ときに買い食いしながら進んでいく。もちろん、婆さんといちゃつきながらの。


 最初は不安じゃったが、なんだかんだで街歩きを満喫していたその時じゃ。


ドン!と道行く若い女子(おなご)とぶつかってしもうた。


「あいたたた・・・?」


 危ないのぅ。見た目よりも鍛えているわしでなければ、転倒しておったぞ。


「お嬢さん、大丈夫かのぉ?」


とりあえず、声をかけてみたのじゃが・・・


「いやー!痴漢―!!」


このお嬢さん・・・いや、こやつ、唐突に叫び声なんぞ上げおった。


「どうしたー!?」


そして都合よく衛兵も駆け付けて来おるし。


いや、本当に都合が良すぎるのぅ?


「こ、この人があたしに襲い掛かってきて!」


「何ィ?」


「待ちなされ。どう見てもそんな体勢ではないじゃろ。」


そもそも、横に婆さんがおるのが見えぬのか。


「うるさい!このような狼藉、許されんぞ!」


「何を言っておる。周りの者も見て・・・・・・そういうことか。」


まばらにいた通行人はいつの間にか周囲からいなくなっておった。遠巻きに見てる連中も、わしが見ると目を合わせないように顔を伏せておる。


なるほどのぅ。ここでは、これは日常というわけじゃ。


「衛兵と町娘が組んで、よそ者をターゲットとしたハニートラップとは・・・。終わっておるのぅ。」


「何を言っている、この犯罪者が!」


 誰が犯罪者じゃ。仮に本当だとしてもまだ容疑者じゃろうが、まったく・・・。


 思わず、呆れた目を向けると衛兵は気に食わなかったのか怒り出しおった。


「貴様ぁ、なんだその態度はァ!」


偉そうじゃのぅ。ここは平民街じゃし、権力を傘に着て好き勝手やってきたんじゃろうなぁ。


 これまでは。


「お主こそ、なんじゃその態度は?こちとら、ただの旅行客じゃぞ?」


 せっかくの婆さんとの旅行が台無しじゃわい。


 ・・・むぉ!?い、いかん!静かにしておったから気づかなんだが、婆さんの機嫌が氷点下じゃ!婆さん、こういうの嫌いじゃからのぅ。


「やかましい!!」


 そんな風に気もそぞろに相手をしていたせいで、余計に癇に障ったのじゃろう。衛兵は腰にはいた剣を抜くと、問答無用でわしに斬りかかってきおった。


 無抵抗のよそ者の老人が無残にも切り殺される・・・そんな光景から目を伏せるように、住人たちはさらに深く目を伏せる。


 「なっ!?」


 ま、そんな光景はないんじゃが。


 わしは半歩だけ横に動き、衛兵の斬撃を避けた。


「鈍いのぅ。止まって見えるわい。」


 かくいうわしもゆっくり避けたから、衛兵も何で当たらなかったのか不思議そうにしておるのぅ。というか、こやつ、碌な鍛錬をしておらんのではないか?・・・腐っておるの。


「攻撃というのはのぅ・・・」


 一歩、踏み込む。


「こう・・・」


そして、剣を持った手に素早く触れ、


「やるんじゃ。」


「ぐあっ!?」


 思い切り捻る。ゴキッという音がしたし、手応え的にも関節は外せたかの。


 カラン!剣を取り落とした衛兵は脂汗をかきながら、こちらを見て後ずさる。


「まったく・・・」


思わずぼやきながら視線を巡らせると、ぶつかってきた小娘が目に入った。まだ同じ場所に座り込んで、ポカンと口を開けてこちらを見ておる。


「き、貴様、こんなことをして、ただで済むと・・・」


 衛兵が青い顔で何かほざこうとする。


「富裕街はキレイでも、平民街に降りてくればこのザマか。どうなっておるんじゃ、この街は。」


 しかし、わしが溜息交じりに吐き出した言葉を聞いて、顔面が青を通り越して白くなりおった。


「わしはよそ者で老人じゃぞ?少し考えればわかるじゃろうに。」


「だ、だが・・・」


「そんな風には見えんと?平民街に来るのにそんな立派な服を着てくるわけがないじゃろうが。」


 わしは妻と気楽に買い物がしたかっただけじゃしの。


「お爺さん、もう行きましょう。せっかくの旅行が台無しだわ。」


「そうじゃな。」


「ま、待て・・・待ってくれ・・・」


歩き出すわしらを、それでも衛兵が引き留めようとする。じゃが、そんなの知ったことではないと離れようとしたときじゃ。


「お待ちいただきたい。」


少し離れたところから、別の衛兵が声をかけてきおった。それも、さっきの衛兵よりも立派な装備を着て、部下を六人は引き連れて。


「お主は?」


「隊長!!」


「・・・その者の言うように、この街の衛兵隊長です。」


「隊長が来てくれた!なら、貴様なんか・・・どう・・・して・・・?」


 嬉しそうにする手首を外れた衛兵を、他の衛兵が剣を抜いて取り囲む。


「実は先日、装備が盗まれる事件が起きましてな。どうやら犯人が見つかったようです。ご迷惑をおかけして、申し訳ない。」


 ふむ、じゃから衛兵隊は関係ない、と?


「おや、不思議じゃのぅ?さっきのそやつの動きは正規の訓練を受けたものだと思ったが?」


「ええ、その者は元衛兵でして、素行が悪く、以前に解雇されたものなのですよ。」


「そんな・・・!?」


囲まれた衛兵の顔が絶望に染まる。


・・・ふむ。確かに、さっきわしにやられた時点で解雇したのだとしたら、元衛兵ということになるし、こやつを切り捨てれば責任は衛兵隊には向かない、と。


 それに、いくら強かろうが相手は旅行者の老人。富裕層にいるとしても、面倒ごとにわざわざ首を突っ込むはずがない、とでも読んでいるんじゃろう。


 ・・・甘いの。


「そうか。じゃがのぅ、そやつはわしに・・・いや、わしらに預けてもらうぞ。」


「なんですって?」


 衛兵隊長の眉が怪訝そうに上がる。


「なんせ、()()()()じゃからな。真相を解明するために、身柄を拘束した上で尋問せねばならん。」


「はい?何を言って・・・」


「こやつはな、旅行中の隣国の貴族を襲撃したんじゃ。衛兵の鎧も着ているのでな。こちらで預からせてもらう、と言うておるんじゃよ。」


「!?」


 隣国の貴族という言葉を聞いて、ごまかしがきかないとわかったのじゃろう。目論見がくずれ、衛兵隊長の顔が青くなる。


 同時に、へたり込んでいた小娘が逃げようとするが、


「あらあら、そんなに慌ててどこに行こうというのかしら?」


 我が妻のメイア(婆さん)がその前に立ちふさがる。


「どけ!ババア!!」


「よせっ!!」


 状況が見えていない小娘は、貴族という言葉でパニックになったのじゃろう。婆さん相手に小娘は強行突破を図る。


衛兵隊長は慌てて制止するも、距離的に間に合わない。


「えい。」


 じゃが、心配はいらん。婆さんは突っ込んできた小娘の懐に素早く潜り込み、その体を投げ飛ばした!


「あいかわらず、綺麗な一本背負いじゃのぅ。惚れ惚れするわぃ。」


「やですよ、お爺さんったら。」


 婆さんといちゃいちゃしつつ、衛兵隊長たちの反応を見てみれば、呆気に取られて硬直しておる。


 この隙にわしは衛兵どもの包囲をするりと抜けて、さっき手首を外した衛兵・・・いや、元衛兵の隣に立つ。


「どれ、それじゃこやつはもらっていくぞい。」


「・・・はっ!?お、お待ちを!それは容認できません!」


「じゃが、この案件はお主程度には手に余るじゃろう?おとなしく上に指示を仰いだらどうじゃ?」


 わしとしては、権力を盾にしつつも、衛兵隊長を促したつもりじゃった。じゃが、衛兵隊長はわしの言葉を聞いた途端、周囲の衛兵へとサインを出して自身も剣を構えおった。


「これはどういうつもりかのぅ?」


「へっ!迂闊だったな、爺さんよぉ。ここはあんたの国じゃないんだぜ?」


「ふむ、それが素か。見せても良かったのかの?」


「いくら強くても、この人数が相手なら・・・!あんたに恨みはないが、消えてもらう!!」


 ふむ・・・上にバレたらまずい、と。それで、隠蔽できそうにないから強硬手段か。


「お前ら、やれえええええ!!」


 手首が外れている衛兵ごと、周囲の衛兵はわしに斬りかかってくる。


 じゃが、のう・・・この程度でわしはやれんよ。


「ふんっ!!」


 わしは全身に力を籠める。すると肉体はたちまち励起し、細かった肉体はあら不思議。あっという間にクマと見紛う程のムキムキマッチョメンに。


「とおっ!!」


「な!?あいつを抱えて飛んだぁ!?」


「ほっほっほ、空の旅へご招待じゃ!」


「うわあああああああ!?」


 元衛兵を抱えてジャンプしたことにより、証人の保護と逃亡を同時に達成。そしてここからの動きじゃが・・・


「ただ逃げるのも癪じゃし、お仕置きも必要じゃと思うのじゃよ。」


「あああああああああああ!?」


「聞こえとらんじゃろうが、お主も入っておるよ、っと。」


 空中で元衛兵を縦に半回転。頭を下にして、がっつり組み付く。そしてドリルのように回転しながら落下!!


「こやつのも兼ねた、きつめのお仕置きじゃああああああああああ!!」


「「「「「「ぎゃああああああああああああああ!?」」」」」」


 わしらを囲んでいた衛兵どもはキレイに吹き飛んだ。それに・・・


「おぬしを地面に突き刺しては死んでしまいかねんからのぅ。しっかり寸止めして・・・むぉ?」


 こやつ、恐怖で気絶しておる。まあ、無理もないのう。


「さて、残りは隊長のお主だけじゃぞ?」


 少し離れたところにいる衛兵隊長に目を向ける。


 やつめ、明らかにビビッて腰が引けておるわ。全身ががたがた震えておるしのぅ。


「こ、こうなったら!!」


「わしに背を向けるなど・・・なぬ!?」


 やつめ、尻尾を巻いて逃げるのかと思えば、婆さんの方へと向かうではないか!


「あらあら。」


「う、動くんじゃねえ!!このババアがどうなってもいいのか!?」


「やーん、こわいわー。たーすーけーてー。」


 メイアのやつ、遊んでおる。


 そもそも、さっき小娘を見事に投げ飛ばしたメイアを人質にとれるはずが無かろうて。


 じゃが、これはわしに助け出して欲しいという、婆さんからのオーダー。


「応えねば、男が廃るというものじゃあ!!」


 この筋肉は、パワーだけではない!スピードも飛躍的に向上する!


 わしは一瞬で衛兵隊長の目の前に現れると、婆さんを拘束する腕を捻り折る。


「ぎゃあああああ!?」


 そしてその頭をアイアンクローでつかみ上げ・・・


「わし以外が婆さんに触れるなど、許せぬわあああああああああ!!」


「ぎゃぼっ!?」


思い切り地面へと叩きつけた!


「うふふ、素敵よ、()()()()()()。」


「照れるのぅ。いつまでも可愛いやつよ、()()()()()()。」


 うふふおほほと笑いあうわしら。


 しかし、周囲はそれどころではないようじゃ。


「と、トラミリダスって、隣国の前の王様の名前じゃ!?」


「『騎士姫救出物語』のトラミリダス!?え、本人!?」


「きっとそうよ!だって騎士姫の名前がメイアマリィだもの!!」


 『騎士姫救出物語』とは、わしと婆さんの若いころの逸話を、吟遊詩人が面白おかしく脚色して広めた話じゃな。隣国にまで広まっておるとはのう。


「なんとも、こそばゆいのぅ。」


「うふふ、でも思い出しますわ。あのときのお爺さん・・・いいえ、トラムは素敵でしたよ。今でも昨日のように覚えていますわ。」


「そ、そうかのぅ?メイアになら、何度言われても、嬉しいものじゃわい。」


「あらあら、お爺さんったら赤くなっちゃって。」


「これこれ、からかうでない。」


わしらはそんな風に穏やかに談笑してから、容疑者どもを回収した。


その後、わしらは国元へ連絡し、応援を要請。悪徳衛兵どもやぶつかってきた痴漢冤罪小娘は無事に逮捕された。


また、隣国の前国王夫妻を襲撃したとして、なかなか重めの国際問題へと発展。その際の監査で、衛兵隊含む街の行政にかなりの不正が発見されたそうじゃ。


まあ、隣国の政治腐敗は有名じゃったが、我が国への釈明のために頑張ったようじゃな。というより、外交官が頑張った結果と言うべきかの。


 しかし、結局のところ、隣国は責任者の首だけで済まそうとしたため、民の不満が爆発寸前。その噂は周辺地域にまで伝わって、国が二つに割れそうだとか。


 我が国としては、工作員でも送り込んで反乱軍を支援することになるのかのぅ。なんせ、今の腐った政府なんぞ、倒れてくれた方が都合がいいからの。


 とまあ、これがわしらの旅行が発端で起きた事件の顛末じゃ。隣国の腐った者どもにとっては、まさに悲劇の幕開けといったところじゃな。


 それだけでなく、内戦などという本物の悲劇も始まってしまいそうじゃが、そうはさせん。


「どれ、婆さんや。また旅行にでも行こうかの。」


「あらあら・・・少々、荒っぽい旅行になりそうですね。」


「なあに、たまにはこういうのも良いじゃろう?」


「うふふ、そうね。人生には刺激が必要だもの。」


 では、行くとしようかのぅ。ちょいと隣国でひと暴れじゃ!!


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