1 船と共に沈め
アメリカの人気TVドラマシリーズ「スタートレックヴォイジャー」で女性船長ジェインウェイは、
船長の三つの心得として、①シャツをズボンに入れろ、②仲間を見捨てるな、③船と共に沈めと言います。
「船と共に沈め」は船長だけに言われる伝統で、パイロットや車掌ではあまり言われない表現だと思います。おそらくこれは、パイロットや車掌と違い、船長は逃げようと思えば助かることができる時間的猶予があるということが大きいと思われます。
助かる道があるのに船と共に沈めとは、かなり厳しい気がしますが、実はかつて法律で定められていました。
船長最後退船義務と言われているもので、旧船員法第12条に
「船長は、船舶に急迫した危険があるときは、人命、船舶及び積荷の救助に必要な手段を尽し、且つ旅客、海員その他船内にある者を去らせた後でなければ、自己の指揮する船舶を去つてはならない。」
と明記され同義務違反には懲役刑の罰則(第123条)がありました。
当時から船長会では、同法の是非が論じられていたようですが、
「殉職を必ずしも肯定することではないが、船長はこうした覚悟を以って職務を執ることで本船の運航の安全と船内の指揮統率の実を上げる事に繋がる」
という意見が主流であったようです。
そのことからも、同条文は、船長は沈む船と運命を共にしなければならないという精神論にまで、強く影響を与えたと思われます。
現実社会では、戦中はもとより、戦後も、播但汽船せきれい丸(1945年)、紫雲丸(1955年)、石炭運搬船波島丸(1970年)、鉱石運搬船かりふぉるにあ丸(1970年)、いずれも船長らは退船を拒否して、船と運命を共にされました。
その後、日本船長協会から衆議院へ提出された要望書を端緒として、船長最後退船義務の条文は削除され、人命等の救助に最善を尽くすという文言に改正されました。
かつて同条文は、
事故の責任を死をもって償わなければならないほど、船長を精神的に追い込んでいたのは紛れもない事実だと思います。
法の理念は、まじめでまっすぐに生きている人に対してほど、厳しく強く響きます。
そのことからも私は、すべての法律は、常に謙抑的であるべきと考えます。
本文章は、「南柏リビング通信」2024年6月号「虎に翼 法律を考える」に掲載されたものを加筆修正しました