異世界×エイリアン
「外惑星軌道から観測してた通り、この惑星はレアメタルが豊富だね。知的生命体が居るけど、まだ核融合炉すら実用化出す来てない文明レベルだから、見つかってもどうって事はない。ごっそり持って帰りましょ」
『油断は禁物ですよHAL。地上の設備にレーダー障害を起こさせて、その隙に上陸出来るように準備します』
地球の大気圏の一番外、地上から約800km上空の外気圏を、イルカの胴体を縮めたような形の宇宙船が飛んでいる。この宇宙船に、一人の少女が乗っていた。中空に浮かび上がるモニターをタッチ操作しながら、データを精査している。
「それも、あんまり派手にやると目立っちゃうんじゃない?」
『宇宙ゴミの影に隠れながら、じっくりと行けば大丈夫です』
彼女が話してるのは、左手首に装着している端末のサポートAIだ。サポートとは言っても宇宙船のコントロールからHALの生体データ管理まで、航行に関する全ての業務に携わっている。このAIの事をHALは”アイビー”と呼んでいた。
『ルート構築完了。熱圏に突入します』
宇宙船はメインエンジンを吹かし、重力制御を効かせて高度を落とす。地上から約100km、北半球の中緯度帯ほ飛行中に、異変が起こった。あたり一帯に紫色の発光現象が起こり、その渦の中に宇宙船が巻き込まれる。
「な、何が起こったの?」
『オーロラのようです。この緯度付近では起こらないはずなんですが』
直後、船内に緊急警報が鳴る。
「アイビー! ダメージコントロール!」
『核転換炉停止、重力制御70%ロスト、慣性制御60%ロスト、電装系30%ロスト』
「うそ。落ちるでしょ。それは」
『落ちます。スラスターを目一杯利かせて船体へのダメージは抑えますが、耐衝撃防御を』
「うそだと言って」
宇宙船は、大陸の西の方にある山の中にフラフラとした軌道を描きつつ墜落しないように耐えながら着陸した。
◇◇◇
親征中のジーク王太子は危機に陥っていた。
王国内の軍権を掌握していた王太子であったが、有力貴族の分家筋が起こした反乱を鎮める遠征中に王都でクーデターが起こった。
9代目の先王が無継子で亡くなったため、8代目の弟の血筋からジークの父が10代目の王に即位していたのだが、その権力基盤は脆弱だったのだ。
そもそも摂政のリヴィエールはジークの父の即位には反対派で、8代目の異母兄の血筋の者を推していた。リヴィエールは、反乱を起こした貴族の分家筋の者と繋がっていたという訳である。
ジークは反乱を速やかに沈めて、父の権力基盤を固めたかったのだが、まさか遠征中に新王を擁立し、父を退位させる暴挙に出るとは想像が出来なかった。
さらに計画は周到で、遠征軍の半分を預けていたキーファ将軍もリヴィエールに買収されていた。ジークの本陣は壊滅して、散り散りになって敗走した。
ついに単身、名も知らぬ山の森に逃げ込むことになろうとは。だが、まだ諦める訳には行かない。
リヴィエールのやり方に反感を覚える貴族は少なくないはずだ。その貴族の力を結集すれば……。
「わっ、わっ、わっ!」
山中を歩くジークが声のする方を向くと、左側の斜面を滑り落ちてくる物体がある。よく見るとそれは人型の形をしていた。ただ、その姿は異様だ。青を基調としたスーツで全身を覆い、それは見る限り肌にひったりと張り付いている。
ジークは、目の前を転がってくる人型の物体を抱き止めた。
◇◇◇
ふらふらと着陸した宇宙船の中では、HALがアイビーと協力して状況を確認している。
『電装系全回復。核転換炉も無事ですが、航行系に関わる電子部品に障害過多。修理が必要です』
「部品のストックは?」
『足りません。原料の鉱石が調達できれば合成炉で錬成、それを基盤プリンターに入れて作成は可能です』
「鉱石はこのあたりにあるの?」
『おかしいですね。付近の地形データが観測時と一致しません』
「誤差じゃないの?」
『誤差ではないと言い切れるだけの相違が確認出来ます』
「何が起こったんだろう……? そうだ、大気データは?」
『大気成分は、二酸化炭素が観測時より若干少ないですが……これは誤差の範囲です。ヘルメット無しで船外活動をしても問題ありません』
HALは、モニターを操作して周辺の地形データを確認している。
「ふらふらと落ちながらもなんとか都市部への不時着は避けられたけど、この近くには小さな集落が一つあるだけだね」
『それよりHAL、重大な問題が発生してるのですが』
「なに?」
『超光速通信の公共ネットに接続が出来ません』
「通信障害とか、機器の故障とか?」
『どちらでもないです。電波のノイズもなくクリアな状態なのですが』
HALは、モニターを操作して船のメインコンピューターから通信機器の状態を確認する。
「本当だね。あんなこともあったし、船のいろんなところに不調が出ても仕方ないのかな。一度、全システム再起動して様子を見ようか。わたしは少し外に出てみる」
『了解です』
◇◇◇
この後、HALは誤って足を滑らせ山の斜面を滑落し、どうにもならないところをジークに抱き止められて助けられた。
「おや、君は人間だったのか。大丈夫か?」
HALはキョトンとするばかりだ。当然だ。言葉が通じるはずはない。
(アイビー、この人の言葉分かる?)
『1時間もしゃべらせれば言語解析が出来る可能性はあります』
(当たって砕けろかー)
HALは、宇宙探索者の講習で習った”言葉の通じない現地人とのコミュニケーションのためのジェスチャー術”を頼りに意思疎通を試みることにした。
”大丈夫、どこも怪我はしていない。助けてくれてありがとう。感謝している”
「おっ、無事そうだな。それはよかった」
ジークの表情からジェスチャーは通じたとHALは感じた。ほっとして、HALは笑顔を返す。
「それにしても、きみの服装は奇妙な感じだな。何者だ?」
そう言われても、何を聞かれているのか分からないHALはキョトンとするしかなかった。ジークは、そんなHALの素直な表情の変化に少し癒される思いがする。直近で彼に向けられた感情は権力闘争による駆け引きと悪意しかなかった。
そんな時、ジークの腹の虫が派手に鳴った。思えば、丸一日何も食べていない。
「ふふっ、あははははは」
二人して声を出して笑った。
”この斜面の上にわたしの船がある。お礼に食事を提供したい”
ジークには少なくとも食事の部分は理解してもらえたようだ。ジークは手でお腹を押さえた後、手を合わせて感謝の意を示す。HALはジークに付いてくるように促した。HALの左手の端末に表示された周囲の地形データを参照して、宇宙船までの道のりを急いだ。
(アイビー、分かってるね?)
『ぬかりなく』
「なんだこれは……。きみはここに住んでたのか?」
宇宙船を見たジークは驚いてはいるが、HALの服装を見ている分それは想定の範囲内と言えた。問題は、ジークはこれを船ではなく住居だと認識したことだろう。
HALは普段の食事をサプリメントのみで賄っている。だが、ジークに提供されたのは冷凍ではあるが普通の食品だった。長旅のため、気分転換にと若干数用意していたものだ。1つのプレートに5つの仕切りがあって、それぞれに料理が入っている。ジークはあっという間に料理を平らげると、すぐに眠ってしまった。
HALはジークを抱き上げると、メディカルルームへと彼を運んだ。
◇◇◇
「何かわかった?」
『結論から言うと、”ここは私たちの宇宙ではない”ですね』
HALは宇宙船のブリッジにいた。中空には数十のモニターが浮かび上がって、解析されたデータが表示されている。
『まず天体観測ですが、この惑星の主星恒星以外の星の動きがデタラメです』
「どういうこと?」
『円運動をしていないんです。東から西に直線的に流れるだけ。まるで、天動説を実証しているのかのようです』
「意味が分からない」
『私にもわかりません。陳腐な言い方をすれば、ここは”異世界”です』
「剣と魔法の世界のあれ?」
『魔法は分かりませんが、今眠っている男は腰に剣を下げていましたね』
「彼の装備から、文明レベルは推定できる?」
『おそらくは一次産業革命以前かと』
「うー……、宇宙船の修理出来るのかなぁ」
『それは案外可能かもしれません』
「そうなの?」
◇◇◇
「おはよう」
ジークはメディカルルームのベッドで目を覚ました。すぐそばにHALが立っていてジークを見つめていた。
「あれ……、きみ言葉が通じないはずでは……?」
起き上がったジークは、HALが言葉を発したことに驚く。
「何を言ってるの? 初めからお話ししてたでしょ?」
「そうだったっけ……。まあいいか」
ジークは、戦場からの敗走で疲労困憊だった。食事を摂った後に眠ってしまった記憶もない。そのせいか頭も少し重い。記憶違いなのかと思い言葉の件は気に留めないことにした。
「自己紹介がまだだったね。わたしはHAL。ハルと呼んで」
「僕は……ジークだ」
HALは、後ろのデスクからキャスター付きの椅子を転がしてきて逆向きに座り、背もたれに両手を置いてジークを見つめて言った。
「ジーク、あなた私に聞きたいことがあるでしょう?」
「そうだな……。まずキミが何者なのかが知りたい」
「正直に答えたら、わたしの質問にも答えてくれる?」
「答えよう」
ジークは即答した。
「わたしは、この星の生まれじゃないの」
「星? 星とは?」
「そこから……? まあ、夜空に浮かんでる星のこと。どこから来たのかと聞かれたら、私は天に指を差す」
「すまない。理解が追いつかない」
「じゃあごく簡単に、この地と地続きじゃないずっとずっと遠くからと考えておいて」
「わかった」
「わたしは空を飛ぶ船に乗って旅をしていたの。でも船が故障して空を飛ぶ力を失って、ここに着陸していたところだったの」
「船? それはどこに?」
「わたしたちが今乗っている、これ」
HALは人差し指を下に向けた。
「そ、そうか。しかし残念だな。空を飛べるというのなら是非見てみたいものだ」
「そろそろ、わたしから質問してもいい?」
「いいだろう」
「ジーク、あなたの腰の剣を見せて欲しいのだけれど」
「これか?」
ジークは剣を鞘ごとHALに手渡す。HALは、剣を抜かずに鞘ごと右手で掲げて左手の端末にスキャンさせる。
(どう?)
『イリュミナイトで間違いないです。純度は高くないですが、これは技術的な問題でしょう』
(当たりね)
アイビーの確証は得られた。宇宙船が修理できる可能性がグッと高まったとHALは感じた。
「ジーク、この柄にある丸い装飾なんだけど、この金属について知っている?」
「ルミノライトだ。軽くて加工がやりやすく光沢もある。装飾にもってこいの素材だ。柔らかいので武器には出来ないが」
この世界ではイリュミナイトはルミノライトと呼ぶようだ。
「この金属の元になる鉱石が取れる場所を教えて欲しいの」
その質問に、ジークは表情を暗くした。
「それは、いくつか知っているが……。実のところ僕は今迷子でね。自分がどこにいるのか正確に分かってない」
ジークは現在自分が置かれている状況について思い出す。彼は討伐の対象だった貴族の分家の者、部下のはずだった将軍、そして摂政リヴィエールから追われている身だ。
「地図と現在位置が把握できれば大丈夫かな?」
「それなら大丈夫だ」
◇◇◇
HALとジークはブリッジに移動した。HALはモニターに周辺の地形データを表示させた。
「これがこの辺りの地図」
「……」
ジークはモニターを見つめると険しい表情になった。
「……ジーク?」
「……ああ、すまない。現在位置はどこだ?」
「赤い点が点滅しているところ」
「ならば、一番近いのはここだ。こっちの山の麓にルミノライトを含んだ鉱石の岩場がある」
「ここから25kmというところかな。往復で2日あれば十分……」
HALは目的地をモニター上の地形データに示し、推奨ルートを表示させた。
「おいおい……、険しい山道ばかりじゃないか。倍の日数はかかるぞ」
「大丈夫。わたし、これが仕事だから」
「仕事? 鉱石を取るのが?」
「うん」
HALは静かな笑顔を見せる。ジークはその雰囲気に逆に心配になった。
「よし、僕も同行しよう。実は、その先に用事があったんだ」
「いいの?」
「ああ。熊とか、人を襲う獣が出るかもしないし」
「それもまあ、大丈夫だけど。そう言うなら……来て。装備を貸してあげる」
◇◇◇
「これを着て」
用具保管室に来ると、HALは自分の物と同じ宇宙服をジークに渡す。
「これを!?」
「うん。上に今の服を着てもいいから」
「なんなんだ。これ」
「活動支援スーツだよ。筋肉の動きをサポートする働きがあって、5倍の運動効率で活動できるの」
「そうなのか。じゃあお借りしよう。着替えるからちょっと外してくれ」
「わかった」
ジークが服を脱いでスーツに身を包むと、ゆったりとしていた生地が縮んで肌にぴったりと張り付いだ。
「ひゃっ!」
その感覚に驚いて、ジークは変な声をだsてしまった。
「驚いた……。しかし、運動効率を上げるというのは本当のようだな」
ジークは腕を振ってみると、その軽い感覚にまた驚いた。全身に羽が生えたように軽い。
着替えを終えたジークがHALの前に出ると、HALは左手の端末でその姿をスキャンする。
「気密チェック」
結果が表示されると、HALはジークにダメ出しをした。
「やり直し。下着も脱いでから着て」
「うそだろ!!」
◇◇◇
「そうだ」
宇宙船の外に出ると、HALはジークに一つの小さなカプセルを渡す。
「これを飲んで」
「なんだ?」
「ナノマシンのセット。疲労が感じにくくなったり、毒も無効化できる。浄水はある程度持っていくけど、それが切れて生水を飲むことになっても大丈夫というわけ」
「そうか。生水を飲んでも平気なのはいいな」
ジークはカプセルを口に入れて飲み込んだ。異物感はあまりなかった。
「じゃあ行こう」
「もう数時間で日が落ちる。今からで大丈夫か?」
「大丈夫。野営の装備も背中のバッグに入ってるし。それに……」
「それに?」
「ジークの言ってた”用事”の方が急ぐんじゃないかって思った」
「……!!」
確かにそうだ。強引な手で政変を起こした摂政リヴィエールは早急に周辺の貴族に根回しをしているはずだ。反リヴィエールの貴族を集めて決起するなら出来るだけ早い方が良い。HALには自分が何者かなど一切話してないが、なにか察しているところがあるのだろうか?
「そうだな。行こう」
HALが先導して、二人は山道を歩き始めた。
◇◇◇
HALとジークは山間部の道なき道を歩み進めている。先行するHALは小型の鉈のような刃物を持ち、必要とあらば小枝や藪を断ち切って進路を確保していた。
「仕事だというだけあって山中行は慣れたものだな」
ジークはHALの手際を素直に褒めた。
「うん、まあ。可能なら採掘場所のそばに船を降ろすけど、そう都合のいい場合ばかりじゃないから」
「そういえば、鉱石はどれくらい必要なんだ?」
「それもちょっと分からないから、とりあえず持てるだけ持っていく。余っても無駄にはならないし」
「そうか」
「ジーク、山を降りなくて良かったの?」
「ん?」
「いや、目的地が同じ方向でもさ、そっちは山を降りた方が早いでしょ」
「そうでもないさ」
「そう? あんまり人目に付きたくないのかと思っちゃう」
HALは立ち止った。二人の目の前には高さ5メートルほどの岩壁は立ちふさがっている。
「機械で出されたルートは直線的過ぎたのか? これはさすがに迂回しないと」
「行けるよ?」
HALは壁の小さなデコボコに手をかけて、壁を登り始めた。
「おいおい! 僕にこれを登るのは無理だぞ」
「後て引き上げるから大丈夫」
HALはスイスイと数分で壁を登り切った。そして、バックパックからロープを取り出して崖下に垂らす。ジークがそのロープを掴むと、HALは軽々とジークを引き上げた。
「何か助けられることがあればと思ってたけど、これじゃ足手まといだな」
「そんな事はないよ。話し相手がいるというのは悪くない」
その後も二人は順調に歩みを進め、陽の光りがオレンジ色になる頃に野営の準備を始めた。
◇◇◇
HALは簡易テント2つを設置できるだけの平地を見つけると、その周囲に”結界”を張る。具体的には、野生動物全般に効く”本能的にヤバイ”と感じさせる匂いを放つ薬品を撒いている。効果は12時間ほどだ。テントの設営はジークが担当した。広げればテントの形になる簡単なもので、それを杭で固定するだけの簡単な作業だった。
「焚き木は集めなくていいのか?」
「結界を張ってるから火は焚かなくても大丈夫。スーツが体温調節もしてくれるし、灯りはランプがある」
「食事は?」
「今日のことろはこれで」
HALは、チューブ状の携帯食をジークに手渡す。
「野営の痕跡も、出来るだけ残さない方がいいんじゃない?」
「……きみは、何処までお見通しなんだ?」
「さあ……。聞いてないことは分からないよ。ただ……」
「ただ?」
「ジークに追手が付いているなら、それ相応の警戒はしておくことに越したことはないでしょ?」
「そうだな。きみにはぼくの方の事情も話しておこう」
◇◇◇
二人はそれぞれの簡易テントの入口に腰を下ろしている。ジークはHALに自分の置かれている状況を話した。
「そうか、ジークが目指しているのは反摂政派の貴族の領地なんだね」
「ああ、そうだ」
「ただの落ち武者にしては、身なりが立派だとは思ってた」
「まあ、ただの一兵卒なら、そこまで追手がかかることはないだろうが……」
「事情は理解したわ。ルミノライト鉱石の採取地からその領地まで、人目に付きにくいルートを構築しておきましょう」
「そうしてくれると助かる」
(そういう訳だから、お願いね)
『了解しました』
HALは、アイビーに宇宙船のメインコンピューターに接続してジークの手助けになるようルート構築を指示した。
◇◇◇
翌朝、早朝に出発したHALとジークは、午前中に目的地であるルミノライ鉱石の採取地に到着した。山の3合目あたりにある崖の岩の一部がその鉱石で、切り出した跡がいくつか確認できる。
「思ったより早く到着したね、ハル」
「そうだね。ジークはすぐ発つ?」
「ああ」
シークは清々しい笑顔を見せて言った。
「じゃあ」
HALは左手の端末を操作して中空に周辺地図を投影させる。
「この崖を迂回して北に真っすぐ進めば麓まで安全に下山出来る沢に行き当たるわ」
「普通、沢を下るのはタブーだけどな」
「そうね。遭難した場合はそうだけど、このスーツなら少々の崖なら飛び降りでも平気だから」
「おいおい……」
「まあ、地形をスキャンした感じだと、崖と言えるほどの高低差はないよ」
「わかった。信じよう」
「そして、沢の先の川を下った先の集落をいくつか超えたら、城のある都市が確認できた」
「なるほど。これがビクトリアス伯爵領のハニバニっぽいな」
ジークは決意を滲ませながら地図を見つめる。
「……ねえ、聞いてもいい?」
「なんだ?」
「ジークは何故奪われた地位の回復に固執するの?」
「と、いうと?」
「政変で王太子の地位を追われたのは分かる。でも、それなら身元を隠して静かに暮らせばいいじゃない。わざわざ危険に身を投じなくてもいいと思うのだけれど」
「そうだな……。その理由は3つある」
「3つも?」
「1つ目、身元を隠しても僕の安全は保障されない。リヴィエールは僕の死亡が確認できるまでは安心して眠れないだろう。どこで暮らそうが必ず追ってくる」
「……うん。それはそうかも」
「2つ目、父は恐らく生かされていないだろう。敵を討たなければならない」
「……そうね」
「3つ目、リヴィエールは新王を傀儡にするだろう。まともな政権運営がされるはずもない。これを早く鎮めないと国全体が戦乱に巻き込まれかねない。これが一番大事だ」
「そっか。責任重大だね」
「応援してくれるかな?」
「うーん、政治的なことには関われないけど……、そのスーツはジークにあげるよ」
「……恩に着る」
ジークは苦笑した。
「じゃあね、ジーク。……武運を」
「ありがとう」
ジークはHALに背中を見せて歩み出す。背中越しにHALに手を振り、キザっぽく立ち去った。
「さて、わたしも仕事を始めよう」
HALは、鎌の刃をツルハシ状の物に取り換えて作業を始めた。
◇◇◇
手際よく鉱石を採取したHALは、昼過ぎには採取地を出発してその日のうちに宇宙船に戻った。
鉱石からイリュミナイトの生成、修理部品の作成までは自動で行われるのでHALは手すきになる。ジークに飲ませたナノマシンの位置情報を元に、彼の動向を推察していた。
「順調にあの都市へ向かっているようだけど、この速さは徒歩じゃない。乗り物を手に入れたのかな」
『この世界の文明度ならば、馬に相当する騎乗動物以外には考えられませんね』
アイビーがHALの疑問に答えた。
「ねえ、アイビー」
『なんでしょうか?』
「宇宙船の修理が完了したら、わたしは何をするべきなんだろう?」
『と、申しますと?』
「率直に聞きたいんだけど、今の状況、宇宙に出ても母星には帰れないよね」
『この世界に来てからの天体観測の結果からはそう考えられます』
「宇宙が存在するかも怪しい……違う?」
『その可能性はあります』
「この世界に来た時の状況がそうだと思うんだけれど、ある程度以上の高さの上空にいることは、この世界の禁忌に触れることじゃないのかなって」
『非科学的ですね』
「この禁忌に触れると宇宙船が壊れる。仮説ではあるけれど、宇宙に出ようとするのはリスクしかない」
『その点は共感出来ます』
「この世界で為すべきことを探すしかないのかな。それがあるのかすら分からないけど」
椅子の背にもたれかかったHALは、ブリッジの天井を仰いだ。
◇◇◇
ジークがHALと別れてから3日、馬上の彼は城塞都市ハニバニに到着した。ビクトリアス伯爵の本拠地である。
ジークは下馬して門番に堂々と名乗り、伯爵に面会を求めた。十数分後、城内から大慌てで駆けつけてくる貴族がいた。彼はジークの前で跪きジークの目を見据えて言った。
「殿下!! よくぞご無事で! 王都での政変のあと、自領でじっとしているしかない自分が不甲斐なく!」
「よい。よくぞ反攻の機会を待っていてくれた」
ジークはビクトリアスの手を取って立たせた。
「さあ! まずは疲れをお取りください!」
「すまん。世話になる」
ビクトリアスはジークを城内に案内した。
その日の夜は当然酒宴になった。
ジークは、酒の量こそ自重したものの信頼のおける伯爵との食事を楽しんだ。酒宴の後、来賓用の客間に案内され遠征軍の出立以来、久しぶりにベッドで安眠が出来る……、はずだった。
床に就いてしばらくして、激しい腹痛と嘔吐感がジークを襲う。ジークは耐え切れなくベッド脇にひとしきり胃の中の物を吐いた。
毒を盛られていたか! と考えた直後、HALに飲まされた薬品のことを思い出す。
「ナノマシンのセット。疲労が感じにくくなったり、毒も無効化できる。浄水はある程度持っていくけど、それが切れて生水を飲むことになっても大丈夫というわけ」
毒も無効化……、その効果は本当だった。吐き気が収まると、腹痛も引いていた。
(ビクトリアスめ! 謀ったか! ……いや、ビクトリアスなら毒を盛らずともいつでも僕を殺せたはずだ。ビクトリアスに感づかせずに僕を始末しようとするのは……)
その時、来賓質の扉が開く。入ってきたのはビクトリアスの脇に控えていた男だった。男は衛兵を10名ほど連れている。
「なぜ王子が生きている! 毒は致死量をゆうに超えていたはずだ!」
聞くまでもなく男は犯行を自白した。
「リヴィエールの差し金か?」
「はっ! さてどうでしょうかね」
この期に及んで黒幕が誰であるかをすっとぼけた男は、手の動きで衛兵を前に出す指示をします。剣の腕に自信のあるジークだが、さすがに多勢に無勢だ。
「しかし……、ここは5階だぞ」
窓から逃げることをジークは考えたが、さすがに躊躇した。
「普通、沢を下るのはタブーだけどな」
「そうね。遭難した場合はそうだけど、このスーツなら少々の崖なら飛び降りでも平気だから」
またHALとの会話を思い出す。
「くっそ、この高さは想定内か?」
ためらったが、ジークは窓を乱暴に開いて飛び出した。衛兵たちは慌てて窓に駆け寄る。
「おおおおおおお!」
ジークは思いのほか静かに両足を付いて着地した。
「凄い! 全然平気だ。なんともない」
スーツの性能に感激しつつ、ジークはすぐに駆けだした。
来賓室の窓から覗く衛兵たちは呆気に取られている。
「何をしている! 追え! 追わんか!」
ジークが無事なことを確認した男は、慌てて衛兵に指示を飛ばす。
◇◇◇
黒い馬に乗っていたジークは、何もない荒野を駆けていた。その後を、十数騎の衛兵が追っている。
ジークが選んだ馬は思いのほか足が遅かった。懸命に走ってはいるものの、次第に追いつかれつつある。
「ダメだな。追いつかれる。せめて多対一に向いた地形を選びたいが、このあたり何も無いしな……」
追ってくる衛兵と斬り結ぶ覚悟を決めたジークだが、勝機は見つけられずにいた。
その時、ジークの右手前方の遥か先に見える山の向こうから近づいてくる物体があった。その物体から発せられる乾いた排気音がジークの耳に届くと、ようやくジークがその物体の存在に気付く。
「あれは……。HALの乗っていた……」
宇宙船はジークから100メートルまで接近すると、船体と反転させつつ慣性制御でブレーキをかけた。
宇宙船は、ジークの右側面ぎりぎりを飛んでいる。
ジークの後を追う衛兵たちは、戸惑いながらも追跡を止めなかった。着実に距離を詰めつつある。
「ジーク!!」
HALの声がした。幻聴ではない。ジークが声の方を向くと、宇宙船のハッチが上向きに開いていてHALが身を乗り出し手を伸ばしていた。ジークも応じて手を伸ばしてみたが、微妙に届かない。交錯した指先がかすかに振れる程度だった。
「ハル!」
「これ以上は無理! ジーク! 飛んで!」
無茶を言う、とジークは思った。それは曲芸の域だ。しかし、追いつかれるのは時間の問題だ。勇気を出してを実行するしかない。
ジークは、まず左足のあぶみを外し膝を曲げてすねを鞍の上に乗せる。次に右足のあぶみを外して足裏を鞍の上に立てる。
この時点でバランスを取るのに精一杯だ。しかし、迷うより先に勇気を振り絞る。着座から右足一本のジャンプだが、集中してHALを目掛けて飛んだ。
右手でハッチの取っ手を掴むHALは、飛んできたジークを左手で抱きかかえた。そして右手の力でジークを宇宙船の内側に投げ込む。二人の身体は重なり合いつつ倒れこむ形になった。
至近距離で目が合った。ジークは、かけるべき言葉を思いつかない。
「助けに来たよ」
先に声をかけたのはHALだった。HALは、優しい笑顔を見せると右手でジークの頭をかかえて抱き寄せる。
ほっとしたジークの瞳からは涙があふれていた。
◇◇◇
HALとジークは宇宙船のブリッジにいる。
「ハルはどうして僕がピンチだって分かったんだ?」
「ああ、えっと……生体データをモニターしてた。毒が盛られてるのが分かって、それを輩出した後何かに乗って移動してるから、何かに追われてるのかもって」
「そうか……。そういえば船の修理は成功したんだね」
「うん、おかげさまで。あそこでは何があったの?」
「ビクトリアス伯爵は恐らく僕と一緒に毒を盛られたんだろう。大事な味方を失ってしまった」
「これからはどうするの?」
「もちろんリヴィエール打倒を目指す」
「そっか。これからはわたしも協力するよ」
「どうして?」
「うん。まあ、やる事はないし行く当てもないのが本音」
「そうか。でもありがたいよ。ありがとう」
「これからどこへ行こうか?」
「西に行こう。ネドベッド辺境伯を味方に付けるんだ」
「その人は信用できるの?」
「西方の蛮族を戦ってると中央からは装いつつ、じつは彼らと交易して金儲けをしている油断のならない奴だ」
「あら」
「だから時の利を説けば信用できる味方になり得る」
「なるほどね」
実物かどうかも分からない月の光りを浴びて、イルカの形をした宇宙船は西の空に消えた。
END
異世界の物語を綴るものは、その世界の絶対的創造主でなければなりません。
しかし、この世界の設計はいささか手抜きでした。宇宙船の飛来などは想定外で、物語の範囲外に侵入されたためエラーを起こし宇宙船を故障させたのです。
世界観の設定は大事ですね。異世界の宇宙も無限に広がっていなければならないのですから。
作中の政変劇は1493年の明応の政変がモデルです。つーことはリヴィエール=細川政元か……。やっぱりいい死に方出来ないですね、彼。