勝負Ⅳ
「主審は私が務めよう」
虎子が審判用のマスクをつけると、黒服はそれぞれ一塁、三塁に向かう。どうやら若林ら黒服は、助っ人ではなく審判だったようだ。
「どうした、早く守備につかんか」
虎子&虎覆面の登場に、呆然としていた野球部の面々はその声に我に返る。
「ちょっといいかな、虎男さんもいいですか」
克也の言葉にメンバーが集まる。
「真弓さんもいいですか」
勝負の相手である公子は一瞬驚いた表情を見せたが克也に従った。
「まずは自己紹介をしよう。じゃあまずはおれから」
皆が集まると克也はそう言って自己紹介を始めた。
虎男はもちろん真琴や公子も初対面のものばかりだ。さっき克也が紹介はしたが、同じ野球部の真琴にしても直接会話したのは亜美だけだ。
自己紹介をする中で皆が落ち着きを取り戻す。
克也の狙いはそこにあった。浮足立って普段の力が出せなければ悔いが残る。
それは公子に対しても同じだ。せっかく野球をするのだ、野球を愉しんでもらいたい。克也はそう思った。
「よし、行こう!」
克也の掛け声に皆それぞれのポジションに散っていくと、公子はバットを持ち右打席に入った。
克也は公子の構えや立ち位置など観察する。
左足を後ろに引いたオープンスタンス。テニスをやっている公子はピッチャーの方を向いている方が球を見やすいのだろう。
(まずは)
克也のサインに頷いた亜美はゆっくりと振りかぶった。
サインは練習の時に使っている簡単なものだ。
マウンドに触れそうなほど低い位置から公子の胸元にストレートを投げ込む。
打ち気にはやり踏み込んでいた公子は胸を逸らした。
「ボール」
インハイのストレートは外れ、初球はボール。
だがこれは克也の狙い通りだ。
(次は)
克也がサインを出すと亜美は頷いた。
二球目。
今度はアウトコース低めのストレート。
そのボールを公子は見送ると、スパーンと心地のいい音を立てボールがミットに収まった。
「ストライク!」
コールとともに虎子の右手が上がる。
外角いっぱい。公子はボールと思ったに違いない。
オープンスタンスは内角への対応がしやすい反面、外角への対応が難しい。
しかも、プレートの三塁側ギリギリから投げられた角度のあるボール、公子はかなり遠く感じたはずだ。
しかも、初球のインハイが効いており踏み込みも浅く、仮にバットを振っていたとしても届かなかっただろう。
三球目も二球目と同じアウトコースのストレート。
今度は見逃すことなくスイングする。
「ファール」
ボールはバットの先に当たるも前に飛ばすことはできなかった。
さらにアウトローを続ける。
最初は食らいつくのがやっとだったが公子だが、目が慣れてきたのか徐々にタイミングが合ってきていた。
(よし、最後は――)
投げられたボールにタイミングを掴んだ公子は左足を踏み込んだ。
(えっ!)
だが、さっきまでとは軌道が違う。
ボールは公子に向かってきていた。
初球と同じインコース高め、しかも今度はストライクゾーンに入っていた。
インコースなど頭になかった公子は思いきり中へ踏み込んでいた。
「くっ」
窮屈なスイングとなり、バットの根元でボールの下を叩いた。
力のない打球が真上に上がる。
「オーライ」
克也は立ち上がり後ろを向くと落ちてくるボールをキャッチする。
「アウト!」
虎子の右手が上がり、グラウンドにコールが響いた。
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