勝負
休日のグラウンドに亜美の姿があった。
普段と違う私服姿の亜美は、心なしか緊張しているように見える。
「今度の日曜、9時にグラウンドの前で待ってる」
克也の言葉を思い出した亜美は、顔が熱を帯びるのを感じた。
これは巷で言うデートの誘い、これまで野球一筋でデートなどしたことがない亜美は、克也の誘いに気分が落ち着かず1時間前にはグランドに来ていた。
「おはよう、早かったね」
俯き、そわそわしながら待つ亜美に聞き覚えのある声がかかる。
9時にははまだ30分以上あるというのに、克也も落ち着かず早く来たのだろうと思うと、少し嬉しくなった。
「おは――」
顔を上げ克也を見た瞬間言葉が止まる。
「どうしたのその恰好?」
今まさに自分が言おうとした言葉が克也の口から聞こえる。
こともあろうに克也は練習着を着ていたのだ。
まさかデートでバッティングセンターにでも行くつもりなのか? 克也ならあり得ないことではないが、それでも練習着はないだろう。
「おはにゃー」
「おはようございます」
困惑する亜美の前に菜那と美帆が現れた。
二人を見た亜美は更に困惑した。なんと二人も練習着を着ていたのだ。
「亜美?」
心配した美帆が声をかける。
「な、なに」
何とか状況を理解しようとする亜美だったが、何が何だか分からなかった。
「あーみん道具は?」
「道具?」
菜那の言葉に益々困惑する亜美。
「今から練習ですよね?」
そんな亜美の姿に美帆が不安気に克也に訊いた。
「まあ、練習というか勝負かな」
菜那と美帆は、この状況を理解しているといった様子で克也と話をしているが、亜美は呆然とその様子を眺めていた。
「小林さんその恰好で投げるの?」
「投げる?」
突然話を振られた亜美は我に返るも、やはり亜美には理解できない。
「勝負で勝てば入部してくれるって子がいて、言ってなかったっけ?」
ここで亜美は真実を知る。克也はデートに誘ったのではなく、新たな部員を獲得するために亜美を誘ったのだ。
「知ってたわよ!」
実際は初めて聞いたが、デートと勘違いしていたなどとは恥ずかしくて言えるはずもなかった。
「怒ってる?」
「怒ってないわよ!」
真っ赤な顔で言い放つと亜美はドカドカと歩き出した。
「ちょっ、ど、どこに行くの?」
亜美がいなくなると困る克也は、慌てて声をかける。
「着替えてくるのよ!」
振り向きもせずそう言うと亜美は寮へ帰っていった。
幸い寮は高校の敷地内にあるため時間には十分間に合った。
亜美が着替えを済ませ戻ってくると、グラウンドに知らない顔があった。
ジャージ姿の女性は中性的な魅力があり、そこいらの男よりイケメンだった。
「あ、小林さん。紹介するね。こいつは鳥谷真琴。おれの幼馴染で新入部員だよ」
「鳥谷さん、ポジションは?」
新たな部員に嬉しくなった亜美は、早速真琴に質問をした。
「試合はやったことがないんだ。それと真琴でいいよ」
「でも、実力は保証するよ。それに真琴は器用なので守備はどこでもこなせると思う」
一緒に練習しその実力を知る克也はハッキリとそう言った。
顔には出さないが真琴も克也にそう言われ嬉しそうに見える。
「真琴は野球好き?」
「好きかどうかはわからないけど嫌いじゃないよ」
真琴は自信を持って「野球が好き」とは答えられなかった。
真琴が野球を始めたのは、克也と遊びたかったからだ。
野球は嫌いではないが、あの時、克也が野球をやめていたら自分も野球をしていないだろう。
それに、真剣な表情をした亜美に嘘は吐きたくなかった。
「そう、よろしく真琴。野球、これからきっと好きになるわ」
「わたしのことも亜美でいいわ」と続け右手を差し出す。
「よろしく亜美くん」
亜美と真琴は握手を交わした。
「もしかして勝負の相手って真琴なの?」
「違う違う、真琴はもう入部してくれたから、相手は――」
克也が説明しようとしたちょうどその時、勝負の相手である彼女が現れた。
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