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桜華女子高等学校野球部  作者: name


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三塁手 新井菜那Ⅴ

「先輩、返してください」

 リストを返すよう懇願する克也に、菜那はリストにある他の子たちのことを訊いた。

「新井先輩が最初です」

「なんで菜那が最初なのにゃ?」

 いきなり二年生の教室を訪ねるより、同じ一年生の方が気軽な気がするが、なぜ最初に自分を選んだのか理由を訊く。

「それは……」

 答えは簡単、リストの中で唯一菜那だけは顔を知っていたからだった。

 入学式の日ぶつかった女子生徒が、リストにある菜那だと教えられ、顔も知らない他の二人より探しやすく、何より入学式の日のことを謝りたかったため、最初に菜那の所に来たということだった。

 入学式の出来事は克也が悪いというわけではないが、不可抗力とはいえ、菜那の下着を見てしまったことや、先輩に対し子供扱いするなど失礼な態度を取ってしまったことは、克也自身悪いと思っていた。

「それで先輩、野球部の件は」

 理由を答えた克也は話を戻す。

「菜那、バレー部に入ってるにゃ」

 そう答えると、克也はがっかりしたように肩を落とした。

「かつニャン、落ち込むには早いにゃ」

「かつにゃん?」

 まさかと思い自分を指差す克也。

「そう、克也だから、かつニャンにゃ」

「……」

「嫌にゃ?」

 さすがに高校生にもなって「ニャン」と呼ばれるのは恥ずかしいと正直に言おうと口を開きかけたその時、克也の態度が急変する言葉を菜那は発した。

「野球部に入らなくもないにゃ」

「ま、まさか、嫌なわけがないですよ。かつにゃん、可愛いし、いいあだ名だな。ハハハ」

 菜那は純粋に、ある条件さえ満たせれば野球部に入ってもいいと思い、そう言ったのだが、勘違いした克也はかつニャンと呼ばれるのを了承するのだった。

「じゃあさっそく入部届にサインを」

 克也はポケットから取り出した入部届を菜那に渡そうとする。

「ちょっと待つにゃ」

「えっ?」

 かつニャンを受け入れれば入部してくれると思っていた克也は、菜那の制止に戸惑いを見せる。

「さっきも言ったように菜那はバレー部に入ってるにゃ」

「ええ」

「野球部は掛持ちでもやれる部なのかにゃ?」

「いえ、甲子園目指す予定ですし」

「それじゃあ野球部に入るには、バレー部を辞める必要があるにゃ」

「そうなりますね」

「かつニャンの話では野球部設立には五人必要にゃ」

「はい。先輩が入ってくれればあと二人です」

「そうあと二人にゃ。リストの二人が入部する保証はあるにゃ」

「……。ないです」

「今、野球部に入れば、五人集まらなかった時、バレー部を辞めた意味がなくなるにゃ。リスキーにゃ」

 菜那の言うとおりだ。野球部が設立できなければバレー部に戻るというのはあまりにも虫のいい話で、戻れるとしても他の部員はいい顔をしないだろう。

 克也は返す言葉が見つからなかった。

「そこであと一人、みーちゃんが野球部に入れば菜那も入部するにゃ」

 みーちゃんというのはリストにある新井美帆のことだろう。美帆が入部しても一人足りないわけだが、あと一人くらいどうにかなると思っているのだろうか。

 もしかして菜那に当てがあるのかもしれない。とにかく美帆を入部させることができれば、もれなく菜那が付いてくるというわけだ。

「約束ですよ」

「嘘つきは泥棒猫にゃ、菜那泥棒猫じゃないにゃ」

 何の保証もないが、今は菜那の言葉を信じるしかなかった。

「かつニャンは野球上手なのかにゃ、他にもいっぱい誘われたのにゃ」

 菜那の興味は、理事長が目を付ける程の逸材である克也の実力に移った。

「他人と比べれるほど試合出てませんし分からないです。俺レギュラーじゃなかったので」

 意外な答えに驚く菜那。

 克也は虎子が野球推薦としてまで入学させた選手だ。その克也がレギュラーじゃないとは……。虎子の眼力を疑うわけではないが、レギュラーでもない選手をスカウトして大丈夫なのだろうか。

 それに亜美のこともある。

 亜美は野球を楽しんでいるが、亜美の『楽』は、バレー部のような『らく』という意味ではない。

 野球に本気で取り組んでおり、一緒にやっていた頃もくたくたになるまで練習していた。だが、だからこそ味わえる楽しさもあるのだ。

 亜美の野球に取り組む姿勢は、あの頃と変わってないだろう。そんな亜美が、がっかりするような結果にだけはならなければいいと菜那は思った。

 考えていたことが顔に出ていたのか、克也が補足するかのように言った。

「上手いかどうかは分からないですが、野球を始めてからずっと基礎練は続けてるので、体力はあると思いますよ」

「基礎練?」

 克也は、たとえレギュラーになれなくても好きな野球に対して適当なことはしたくないと早朝や帰宅後など素振りや筋トレ、ランニングなどずっと自主練を続けていたという。

 そう言われて、改めて克也を見ると、確かに筋肉が付き見た目よりがっしりしているようだった。

 それに克也の野球を語るときの顔や、取り組む姿勢は亜美に似ており、これこそが、美帆が男子である克也を気にしている理由かもしれないと思うのだった。

「ランニングはどこを走ってるにゃ?」

 先程話しに出た、ランニングのコースを訊かれた克也は「桜舞島に来て日も浅く適当に走っている」と答える。

「いいとこ教えるにゃ」

 菜那は満面の笑みで、海沿いにある公園を教えた。

「ありがとうございます。明日はそこにします」

「朝日が最高にゃ、ぜったいそこで朝日を見るにゃ」

「わかりました」と克也が答えると、笑顔で頷いた菜那は、時計を確認し「にゃ!」と奇声を発した。

 何事かと驚く克也に奪ったメモを返しながら、朝日を見るように念を押し、「鮭サンド売り切れるにゃ」と言い残し購買へと消えていった。

 去り際に見えた横顔はニコニコしていて期待に満ちあふれていた。

お読みいただきありがとうございます。

次話もご一読いただければ幸いです。

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