三塁手 新井菜那Ⅳ
次の日、菜那が登校すると二年生の教室でも美帆から聞いた噂で持切りだった。
そればかりか、新たな噂も追加されていた。
どちらの噂も同じ生徒がやらかしたということだった。
これまでは女子ばかりで刺激が少なく、共学になるというだけで浮き足立っていた生徒達にとって、男子生徒が入学早々やらかしたというこの出来事は、噂好きの女子高生にとって格好のネタとなった。
恐らくこの様子では、学校中に広がっているだろう。
美帆に「そんなことするとは思えない」と言わせるほどだ、きっと悪い人間ではないのだろう。
当の本人が言うのも何だが、最初の噂も誤解だったし、今回も何かの間違いだろうが、立て続けにこんな噂が流れるなんて不運というか不憫というか、その男子は何か持っているのかと逆に感心してしまう菜那だった。
――ピンポンパンポーン――
そんな中流れた校内放送に、さらに教室が賑わい出す。
生徒指導室への呼び出し、呼び出されたのは噂の男子生徒に違いないと。
その後、理事長である虎子の放送で彼の無実は証明される。
『桜小路虎子』
昨年、桜華女子高等学校の理事長に就任したばかりだが、生徒からの人気は高く、信頼も厚い。
そんな虎子が言うのだから噂は勘違いだと皆思うだろうが、克也の評判が良くなったかといえば、それは別の話だった。
菜那は、先程まで放送が流れていたスピーカーに向かって合掌するのであった。
「新井先輩」
昼休みに購買に向かっていた菜那は見知らぬ男に声をかけられた。
見知らぬとは言ったが、実は那奈が彼と会うのは初めてではない。
「新井先輩ですよね?」
返事のない菜那に、人違いとでも思ったのだろう、遠慮がちに確認してきた。
「そうにゃ、菜那が菜那にゃ」
菜那が肯定すると、ホッとした表情を見せ、姿勢を正し頭を下げる。
「俺、矢野克也と言います。入学式の日はすみませんでした」
「にゃ!」
いかにも体育会系と言わんばかりの声量とお辞儀で謝罪する克也。
そんな克也の『入学式』との言葉に菜那は彼のことを思い出した。
彼こそが菜那と入学式の日、校門の前でぶつかり、最近色々と学校中で話題になっている人物であり、美帆が気にかけている希有な男子『矢野克也』その人だ。
「気にしなくていいにゃ、菜那こそよそ見をしていて悪かったにゃ」
美帆に叱られたこともあり、菜那も克也に謝罪する。
「それにしても、わざわざ菜那を探して謝りに来るとは立派な後輩にゃ」
克也に感心する菜那。少し先輩ぶるも先輩に見えない姿はご愛嬌というやつだ。
「ありがとうございます。それもありましたが、別のようもあって……」
「にゃ?」
あの日一度会っただけの自分に、他に何の用があるというのだろう。菜那は不思議そうな顔で克也を見つめた。
「先輩、野球部に入ってくれませんか」
『野球部』その言葉に菜那の心は揺れ動いた。
「なぜ菜那を誘うのにゃ?」
先日まで何の面識もなかった克也が、自分を野球部に誘うことに疑問を感じた菜那は、その理由を訊ねた。
「それは……」
克也は、野球推薦で桜華女子にやってきた。他にも誘われていた者はいたのだが克也以外、実績のない桜華女子を選ぶことはなく、現在の野球部員はたったの二名、このままでは部活の設立要件である部員五名を満たすことができず設立ができないこと。それを回避するため、理事長から最低でもあと三人部員を集める様に指示を受け、候補者のリストを渡されたこと。そのリストに菜那の名前があったことなど説明した。
「ふ~ん」
「……」
説明を聞き、何か考えている様子の菜那を黙って見つめる克也。
「そのリスト見せるにゃ」
「あっ!」
克也の手からリストを奪い取る菜那。
不意を突かれたとはいえ、菜那の素早さに克也の反応速度は追いつくことができなかった。
「にゃ♡」
リストを見た菜那の口元が僅かに上がる。
二年D組 新井菜那
……
……
リストに書かれていたのは菜那も含めた三名の名前だった。
克也の話を信じなかった訳ではないが、確かに菜那の名前が書かれていた。
真弓という一年生は克也や亜美同様中学でも野球をやっていて虎子の目にとまったのだろうが、「なぜ自分が?」と疑問が浮かぶ。
野球部ではなく、バレー部設立というのなら話は分かる。
現に中学時代いくつかの高校に誘われてもいる。しかしなぜ野球に……。
だが、そんな疑問なんてどうでもよくなる名前がリストにはあった。
『一年A組 新井美帆』
美帆の名前もそのリストに書かれていたのだ。
「また三人で」
先日の亜美の言葉が甦る。
美帆が気にしている男子、矢野克也。
改めて目の前にいる克也を見て「もしかしたらと」期待する菜那だった。
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